チョコレートはそのままに 4

 朝食を我慢してよかった。

 朝の通勤ラッシュ時は、乗る車両を間違えることも許されない。乗り換えに間に合うように、到着ホームの階段に一番近い車両を選ばなくてはならないのだ。もちろん同じように考えている人が多いため、乗る車両は必ずラッシュ車両になってしまう。回避方法は無い。一本遅い電車に乗れば遅刻することになってしまい、毎朝一本早い電車に乗るのはカツヤにとっては少々辛い。

 毎朝九時に出勤するために、七時半には家を出る。夕方六時までの通常勤務と、一時間ほどの残業。夜九時頃に帰宅して、食事や家事を済ませ、あれやこれやと考え事をしていたらもう寝る時間だ。そんな生活をかれこれ二年も続けている。

 たまの休日に友人と飲みに行く度に、カツヤは自分の甘さが嫌になってくる。誰かが営業成績を上げて昇格しただとか、誰かが上司のパワハラに悩まされて二度目の転職だとか、誰かが出張続きでろくに家に帰る時間もないだとか、どこにでも誰にでも色々な事情があるらしい。自分はまだまだ楽なほうだ、自分より辛い思いをしている人は山ほどいる。しかし、別に現状不満があるわけではないと思っていたけれど、他人の愚痴に共感してしまうところは、なんとなく、それを表しているようにも思えた。共感するが、口に出す前に言われてしまう。「お前は本当に楽で良いよなあ」


 車内の空気は、ぬめっとして重たい。今日も明日も、この吊り革を握る誰かがいる、あの座席のシートに体を沈める誰かがいる、各々の捨て切れない何かが、常にそこら中に漂っているような気がした。

 うまい具合に乗り換えをこなす予定だったが、失敗してしまった。人身事故により、電車の遅延が発生していたからだ。こんな経験も既に何十回目になるだろう。死ぬなら他人に迷惑をかけずに死ねよ、という声がどこかから聞こえた。縁起でもない、死んだとは限らないだろ、と思いながらカツヤは呟いた。「死にたくもなるよな」

 自分勝手が溢れている。お前もいつか、誰かに迷惑をかけながら死んでいくんだよ。

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