チョコレートはそのままに 2
「昼、行ってきます」
早めに済ませてこいよ、という言葉も聞き取らないうちに、カツヤはいつもの公園に足を運んだ。「時間いっぱい休ませてもらいますっつーの」
ベンチに腰を下ろして、昼食の入ったビニール袋を漁り始めると、一羽の鳩が近づいてきた。喉元あたりをコロロ、コロロと言わせている。
「何もやらないぞ」
言葉が通じたのだろうか、名残惜しそうに引き返す素振りを見せるが、袋をガサガサ鳴らすとまた近づいてきた。
「やらないってば」
しわになったスーツのジャケットを脱ぐと、汗でシャツの張り付いた肌に、風が当たって涼しくなる。このタイミングでちょうど三分くらいになる。コンビニでお湯を注いだカップラーメンが、絶妙に仕上がっている計算だ。
「いい匂いだろ。やらないからな」
蓋を綺麗に剥がして割り箸を勢いよく割ると、鳩はビクッとして羽をばたつかせた。それと同時に太ももに振動が伝わった。チカからの着信だ。
「なんだよ」
「ごめんね。あの、返事、いつ頃になりそうかな」
チカの声は少し怯えているようだった。こういう時は大概、何を言っても無駄だ。既に心の中では答えが決まっていて、何を言ったところで機嫌を損ねてしまうだけだ。よくあることだ。知っている。
何もかも期限切れなんだ。
「いいよ、もう」
「あの」
「いいよ、もう。別れよう」
電話を切って袋の中に乱暴に投げ入れると、少しだけ伸びてしまったカップラーメンをずるずるとすすった。顔を上げると、あとから来たサラリーマンに群がっている鳩が見えて、少し笑えた。平和の象徴とまで呼ばれた彼らが、街中ではあまり好かれていないように見える。
「ばかだなあ、お前ら。生きてて楽しいか?」
そろそろ行くか、と腰を上げてなんとなくポケットの中に手を入れると、忘れかけていた感触を見つけた。
「あ」
チョコレートだった。一ヶ月ほど前にチカから貰ったチョコレートが、体温ですっかり溶けて形を変えてしまっていた。
「もう食べられないかな」
カツヤはベタベタになったチョコレートを、ベンチの下で行列を作っているアリのそばに置いた。
「お前らにやるよ。しばらくは食い繋げるだろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます