チョコレートはそのままに

ささきゆうすけ

チョコレートはそのままに 1

 朝食を我慢してよかった。

 閉まる扉の中から、汗だくになりながらも乗車を諦めるサラリーマンの姿が見えた。階段を上り切り、ホームに着いてから扉まではほんの数メートル、惜しい。あと一歩遅かったらあの人みたいになっていたな、とカツヤは安堵のため息をついた。プシュー。車掌の合図とともに、電車がゆっくりと動き出した。


 窓から見える景色は、十年前と大きく変わっていた。高層ビルやショッピングモールがあちこちに建ち並び、天気の良い日には、まだ建設されたばかりの世界最大のタワーが、遠くにうっすらと顔を覗かせる。人類によって描かれた絵画には、やはり人類を喜ばせるモチーフが並ぶのだ。十年前の自分が知らなかった世界を、今の自分が当たり前に知っていることに何も違和感は無かった。変わっていくことを諦めた時、きっと生物は終わる。ふと、ガラスに映る自分の姿に気づいた。「変わらないなあ」

 大学を卒業して以来、三度目の春だ。

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