#23 あなたを愛してる!

 ソフィーがルパートを屋敷で待っていると、アンディの屋敷が火事だという連絡が入る。ソフィーは使用人たちに指示を出して、急いでウィルキンソン家の屋敷に向かう。


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 翌朝、ソフィーが目を覚ましたとき、ルパートはいなかった。けれどもソフィーはもう不安も心配も感じなかった。体も心も満足していた。ゆうべ初めて、彼の気持ちをたしかめられたような気がする。これまではお互いに意地を張って言葉では伝えなかったけれど、私たちは深いところでつながっていた。私は彼を愛している。次に顔を合わせたら、必ず気持ちを言葉で伝えよう。

 ベッドを出てシャワーを浴び、ラフな服装に着替えた。今日は一日家にいられる。ゆっくりとお茶を飲んでいれば、きっとルパートも帰ってくるだろう。髪もおろしたまま、ソフィーは階下のダイニングルームへ向かった。

 

 朝食をとるのにメイドを呼ぼうとしたが、その前に執事がダイニングへと急いでやってきて、「奥様」と深刻な声で言った。そのただならぬようすに、ソフィーは体をこわばらせる。まさかルパートの身に何か……。

「いったいどうしたの?」

「今、電話で連絡がありました。ウィルキンソン家の屋敷の離れが火事だそうです」

「火事?!」

「はい、母屋ではない、東側の小さな離れです」

 ソフィーはぎくりとした。東側の離れは、たしかアンディが書斎として使っていたはずだ。まさか……。

 ソフィーは大きく息を吸って、自分が今、何をすればいいのか考えた。

「メイドを一人、すぐにメアリーが入院している病院に行かせて。どこでどんな情報が入ってくるかわからないわ。できれば状況がはっきりするまではメアリーに火事のことは知らせないで。そして絶対に家に戻らせてはだめよ」

「かしこまりました」

「それから……ルパートがどこへ行ったか知っている?」

「今朝はお見かけしていませんが、アフロディーテがいないので、馬で散歩に出られたのではないかと思います」

「そう、それなら遠くへは行っていないわね。戻ったらすぐウィルキンソン家に来るよう伝えてちょうだい」

 ソフィーはきびきびと指示を出した。

「それから、手が空いてる者はすぐに手伝いに来させて」

「かしこまりました」

 ソフィーは車のキーをつかむと外へ飛び出した。


 はやる気持ちを抑えてソフィーは車を走らせた。火事なんていったいどうして? 

 このあたりは街からはずれているので、消防車が来るにもしばらくかかるだろう。しかしオブライエン家からなら、車でほんの五分ほどだ。ウィルキンソン家の敷地内に入っても、ソフィーは母屋には寄らず、直接、離れに向かう。しばらく行くと、黒い煙が立ち上り、その下でオレンジ色の火の手があがっているのが見える。

「ソフィー!」

 アンディの母親が泣き顔で、今にもたおれそうになりながらソフィーにすがりついてきた。

「いったい何があったんですか?!」

 すがりつく手を押さえつつ、ソフィーはたずねた。

「アンディが……このところずっと書斎でお酒を飲む日が続いて……」

「お酒を? アンディが?」

「ええ。メアリーの入院がショックだったらしくて。ゆうべもずっと書斎にいて戻らなかったの。でも朝、使用人が離れから火が出ているのに気づいて……」

「アンディが中にいるんですか?」

「ええ、寝ているのか気を失っているのかわからないけど、外から呼んでも答えがないの。鍵は閉まっているし」

 入口の側はすでに火に包まれている。いったいどうしたら……。

 そこに馬のひづめの音が聞こえて、そこにいた全員が振り返った。足音がすぐそばで止まる。逆光の中ソフィーが見上げると、そこにはアフロディーテに乗ったルパートがいた。

「ルパート! あなた、家から……?」

「いや、散歩の途中で煙が見えた。ウィルキンソン家のほうだと思って、念のためにこちらに回ったんだ。中に誰かいるのか?」

 彼が馬を下りながら尋ねる。ウィルキンソン伯爵夫妻はおろおろするばかりで何も言えなくなっていた。

「アンディがいるらしいの」

 ソフィーがためらわず答える。

「そうか。彼のいそうな部屋の位置は?」

「たぶん奥の書斎……。玄関からはちょうど反対側だわ」

「そうか……」

 ルパートはそう言うと、近くにあったバケツにはってある水を頭の上からかぶった。水しぶきがソフィーのほうにもはねる。

「ルパート、あなた何をする気なの?!」

 彼はそれには答えず、近くにあった鉄製の火かき棒らしきものを手に持ち建物の脇を通って、裏へと走っていった。

「ルパート!」

 後を追いかけようとするソフィーを、ウィルキンソン家の使用人が抱えるようにして止める。

「奥様までいらっしゃったらいけません! どうかここにいてください。私どもも応援に行きます。もうすぐ警察や消防車も来るはずですから!」

 ソフィーは、はっとした。たしかに自分が行っても何の役にも立たない。ここでウィルキンソン夫妻を支えているほうが、大切なことではないか。

 でもルパートは本当に大丈夫なの? 心配のあまり心臓が早鐘はやがねを打っている。

 使用人が二、三人、消火器やバケツ、そしてとにかく窓や扉を破れそうな道具を持って裏へと消えた。ソフィーは泣いて取り乱しているアンディの母親の手をしっかり握ってやった。父親のほうは呆然と立ち尽くしている。

 玄関側の火の手はさっきよりも大きくなり、火の勢いが増していた。とてもここからは出てこられないだろう。じりじりと時が流れていく。一時間もたったように思えたころ、ようやく消防車がけたたましい音をたててやってきた。時計を見るとまだほんの数分しかたっていない。消防車は離れの前に停まり、数人の消防士が手際よくホースをはずして、放水の準備をする。

「中に人は?」

 現場のリーダーと思われる消防士が大きな声で尋ねた。ソフィーが迷いなく答える。「彼らの息子が取り残されているようです。さっき何人かの男性が裏から助けに行きました。一番奥に書斎があって、そこにいると思います」

「了解しました」そう言うと、消防士数人に裏へ行くよう指示を出した。

 走っていく消防士のうしろ姿を、ソフィーは不安そうに見送った。一瞬、目の前の炎が大きくなり、ドアを支えている柱が一本焼け崩れ、盛大に火の粉が散った。ソフィーの不安はどんどん大きくなってきた。

 ルパートが無事でありますように! 

 ただひたすら祈る。

 そのとき男たちの大きな声が聞こえてきた。ぱっとそちらに目をやると、数人がまとまって歩いてきている。玄関側の離れた場所で待っていた女たちが思わず息をのむ。ぐったりした男が、両側から肩を抱えられている。ふらつきながらも、自分の足で歩いていた。

「アンディ!」

 ウィルキンソン夫人が炎の近くまで駆け寄ろうとするのを、ソフィーはとっさに止めた。

「大丈夫。自分で歩いてるわ! ルパートもついてる。もう大丈夫よ!」

 両脇を抱えているのは消防士とルパートだった。

 彼も無事だった! 

 そう思ったとたん、ソフィーの緊張も一気にとけた。

 ああ、彼も無事だった。神様、ありがとうございます!

「ミセス・ウィルキンソン、息子さんは、けがはしていません。まだ少し酒が残っているのでふらついているだけです」

 ルパートが彼の腕をはずしながらアンディの母親に言う。それを聞いて母親は息子にしがみつき泣き崩れた。

「ルパート! あなたは大丈夫なの?」

 ソフィーはアンディに目も向けず、ルパートにかけよった。

「ああ、大丈夫だ!」

「血がついてるじゃない!」

 ルパートの頬に手を当てる。

「かすり傷だ。大したことじゃない」

 お得意の皮肉っぽい笑みを浮かべた顔を見て、安心で涙があふれてくる。ソフィーはそのまま腕を伸ばして彼に抱きつき、ぎゅっと強く抱きしめた。

「よかった……本当に無事でよかった。あなたにもしものことがあったら、私は……」

 涙があふれて頬をつたう。

「ルパート……私、あなたを愛しているわ。愛しているのよ。あなたを失うなんて耐えられない」

 ソフィーの口から自然に言葉がほとばしる。

 ルパートも彼女をぐっと抱きしめて、やさしい声でささやいた。

「僕もだ、ソフィー。僕も心から君を愛している。君を置いてどこにも行くものか」

「火の中に飛び込むなんて、むちゃだわ。私がどんなに……」

 涙で言葉が続かない。

 するとルパートは腕の力をゆるめ、体を離すと彼女の目をのぞき込むようにして言った。

「アンディはかわいい弟なんだろう? その弟にけがなどさせたら君が悲しむからな」

 その言葉にソフィーも思わず泣き笑いをしていた。

「ルパートったら……」

「君の泣き顔は見たくない」

「ええ、私も泣き顔を見せたくないわ」

 ソフィーは鼻を押さえ、勝ち気な瞳をきらめかせた。

「君は怒っているときが一番魅力的だ」

 ルパートの言葉に、ソフィーはぱっと目を上げる。やさしくほほえむ彼の顔を見て、ソフィーも彼に笑顔を返した。


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