#20 危機一髪!
ソフィーはルパートを救うため、周囲のことを必死で調べ始めた。するとオブライエン家で、恐ろしく悲しいことが起こっていたことに気づく。
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それから三日間、ソフィーは生まれ育った実家の屋敷に戻り、寝る間も惜しんで書斎にこもり、父が残した日記や記録を調べながら、ルパートの会計士と連絡をとった。以前、気になることがあるからと、彼がオブライエン家の帳簿を調べさせた会計士だ。いま思えば、父も母もそれほど実務には明るくなく、家のことも財産の管理も他人任せにしていた。つけこむ
四日目にソフィーはロンドンの家に戻り、ある人物を呼び出した。
「ソフィーお譲様、お疲れではないですか? ミスター・ビーチャムが拘束されてから、あまりお休みになっていないと聞きましたが」
シルバーグレイの髪にブラウンの目。きちんと三つ揃いのスーツを着た弁護士のアンダーソンに、ソフィーはにっこり笑って言った。
「ええ、いろいろ確かめなければならないことがあったの。ミセス・ウォルコットとも連絡をとらなくてはいけなかったし。それから私はもうソフィーお嬢様じゃないわ」
「これは失礼しました。ミセス・ビーチャム。ミセス・ウォルコットは多方面に顔がお広いですからな。しかしミスター・ビーチャムは証拠不十分で逮捕はされないでしょう。拘束期間は今日までだとうかがいましたが」
「ええ。もうすぐ戻ってくる予定よ。でもこのままでは真相は明らかにされず、彼を
「陥れる? それではご主人は罠にかけられたとお思いなんですか?」
「ええ、もちろんよ。彼が贈賄なんて。自分のビジネスに役人や政治家の助けはいらないという主義の人ですもの」
「ご主人を信じられるのは、すばらしいことです」
アンダーソンが
「ところで、ミスター・アンダーソン。あなたはオブライエン家の財産管理を長年引き受けてくださってたわ。それなのに財産が少なくなっていることに気づかなかったのかしら?」
「私は主に土地の管理でしたから。細かな出入りについては把握していませんでした。雇い主がどのようにお金を使うかに口を出すわけにもいきません」
ていねいな口ぶりのアンダーソンの額に、汗がにじんできた。
「そうね。でもこの数日で私が家の帳簿を調べたところ、いくつもおかしなことが見つかったの。おそらく両親にはおぼえのない、使途不明金がとんでもない金額になっていた。父も母も帳簿なんて見なかったでしょうから、彼らと親しく、法務や経理に明るい人間なら、いくらでも好きにできたわよね」
アンダーソンは黙っている。
「それからルパートがホテル・ロイヤルパレスに行った日、あなたはどうでもいい用事で、わざわざ私をオフィスに呼んだ。その理由がわからなくて、ずっと考えていたの」
「ソフィー様、いったい何がおっしゃりたいんですか?」
「あなたがオブライエン家の資産を長年着服していたということよ。これまでは誰もあなたを疑ったりはしなかったけれど、私がルパートと結婚したのであせったんでしょう。彼ならこういうことはすぐに見抜いたでしょうから。それでルパートを快く思っていない官僚や同業者と結託して彼を陥れようとした」
「ミセス・ビーチャム……あなたはこの半年間、とてもよく勉強なさった。そうすると余計な知識や想像力までついてしまうようですね。私がオブライエン家の財産を着服なんて、あるわけないでしょう。それともその証拠でも見つけましたかな?」
固い口調でアンダーソンがこたえる。先ほどまでの腰の低さは消え、警戒心に満ちた冷ややかなまなざしがあらわれた。
「ミセス・ウォルコットの知り合いに、元警視総監がいるの。その人はたまたま企業犯罪を専門にしていた時期があって、特に贈収賄については詳しい。少し調べてもらっただけで、今、企業に賄賂を要求する悪質な役人がわかったわ」
アンダーソンの顔色が急に悪くなる。
「まだ発表はされていないけれど、ジェラルド・グレアムは賄賂の強要を罪に問われて、近いうちに逮捕されると、さっき連絡がありました。あなたは彼と結託していたんでしょう?」
彼はしばらく黙っていたが、やがてぽつりといった。
「いつ気づかれたんですか?」
「少し前に。ルパートが気になることがあると言って、会計士に調べさせていたのよ」
「まったくよけいなことを……」
「ミスター・アンダーソン、私はとても悲しいの。両親はあなたを全面的に信用していたわ。あなたを頼り切っていた。あなたからすれば、彼らのような人は、無知で世間知らずで甘すぎると思えるのでしょうけれど。でも私たちにとっては優しくて善良ですばらしい両親だったわ。父と母にあなたがしたことを、私は許さない。私たちはあなたを訴えます。いずれ警察が行くから心の準備をしておいてください」
ソフィーは生まれ持った貴族としての威厳をにじませ、きっぱりと言った。
アンダーソンは絶望したように頭を下げて黙りこんだ。先ほどまでの見せかけの強さがすっかり消え、急に年老いたように表情がなくなった。そのようすに異様なものを感じて、ソフィーは思わずあとずさる。彼が黒いかばんから取り出した物を見て、ソフィーは目を大きく見開き息をのんだ。
「アンダーソン、そんなもの持っているだけで……」
彼の手にはピストルが握られていた。
「あなたを傷つけるようなことはしません。しかし私は地位も名誉も金も、何もかも失ってしまう。そんなことになるくらいなら……」
ふるえる声で彼はそう言って、銃口を自分のこめかみに当てた。ソフィーは叫び声をあげそうになる。
そのとき彼のうしろから鋭い声が飛んだ。「ソフィー、伏せろ!」その声に反応して、アンダーソンが振り返る。そのとたん彼の手に何かがぶつかって、ピストルが手を離れて床に落ちた。黒い人影が彼にとびかかる。
「ルパート!」
床に落ちたピストルを拾おうとするアンダーソンと、それを止めようとするルパート。ルパートの
「ルパート!」ソフィーがもう一度叫ぶ。
その声を合図にしたかのように、制服の警官が何人か駆け込み、アンダーソンを取り囲んだ。ルパートはアンダーソンを警官に引き渡すと人の輪から抜け出してきた。ソフィーは彼に駆け寄って抱きついた。警官たちは、ちょうどルパートを送って来たところだったのだ。
「ルパート、よかった……」
荒い息をつきながら、喘ぐように言う。心臓は激しく高鳴っていた。
「もう大丈夫だ」
ルパートがソフィーの髪をなでながら、安心させるように言う。
事情を確認した警官の一人が、彼らに近寄ってきて「ご協力ありがとうございました」と言い、敬礼をして出て行った。
「ソフィー、大丈夫か?」
「え、ええ……」
そうは言ったが声も体も震えていた。目の前でアンダーソンがピストルをこめかみにあてたのだ。現実感がなく、まだ夢の中にいるような気がする。
「よくがんばった。君が無事で本当によかった」
ルパートはソフィーをしっかりと抱きしめた。
「……アンダーソンはなぜピストルを落としたの?」
ルパートはにやりと笑って言う。
「ガラス製の灰皿を投げつけたんだ」
ソフィーは納得した。けれども当たらなければ、とんでもないことになっていたかもしれない。助かったという思いがじわじわとわいてきて、ソフィーは大きく息をついた。
「君が自分でやりたかったかい?」
「え? 何を?」
ルパートは笑顔のまま彼女の目を見つめた。
「ものを投げるのは君の得意技だろう?」
ソフィーは苦笑いして、ルパートの胸を叩くようにして押さえた。
その夜二人は、寝室に入ると無言のまましっかりと抱き合った。ルパートの無事を確かめるようにソフィーの手が背中にまわされ、体の
そして、何事もなかったことを慈しむかのように、ルパートもソフィーの頭から背中へと大きな手のひらでたどり、ソフィーの顔を仰向かせるとゆっくりと口づけた。これまでの所有欲むき出しのキスではなく、心からの愛おしさがこもったキス……ソフィーにそれが伝わってきた。
ソフィーの全身に安堵が満ちた。この人の腕の中が私の居場所なのだ。そう感じて全身がとけていく。
小さな満足の吐息とともにソフィーの唇がゆるむと、ルパートがキスを深めていった。やがてキスは切実な官能のうずきへと変わった。唇をはなすのももどかしく、二人は夢中でお互いの衣服をはぎ取ると、ベッドへと倒れ込んだ。
今の二人に言葉は必要なかった。熱い息づかいと切ない吐息が部屋に満ち、その切なさが二人を駆り立てていく。
全身のどこに触れても、そして触れられても快感が引き出され、ソフィーはあまりにも強烈なその感覚に溺れていった。どこかにしがみつかなければ気を失ってしまいそう……。
ルパートは熱く潤ったソフィーの中心を確かめると、これ以上ないくらい固く熱くなっているみずからを性急に埋め込んだ。ソフィーもそれを待ち望んでいたようにむかえる。
「ああ、なんてきついんだ……」
こらえきれず、ルパートがうめく。いっぱいに満たされたソフィーが熱くしめつけ、切ない声をもらした。その声にあおられるようにルパートがゆっくり力をこめて動きはじめると、ソフィーもやがて全身で応えはじめた。
二人の汗と激しい息づかいは、やがて頂点をむかえ、ルパートは熱い精を放つと同時にソフィーをぎゅっと抱きしめた。
「ルパート!」
ソフィーはさけび、めくるめく光の中へと飲みこまれていった。
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