一
冬の夕方、風尻島の役場支所前の駐車場の一角。須原佳奈と佐藤陽が慎重な手つきでそれぞれ天体望遠鏡の設置作業をしている。二人とも島の天文サークルに所属しており、今夜の星空観望会のため厚着。舞台下手に一体、体長一・五メートルほどの雪だるまが置かれている。雪だるまの頭にはバケツが帽子のように逆さに乗せられている。
陽 今、流れ星が出たらさ。
佳奈 またその話? 陽くんはその言い方、好きだよね。
陽 出たらさ。
佳奈 たいてい下らないこと言うのに。だいたいね、日の入りすぐから見えるような大きい流れ星が出たら、地球はもうおしまいだよ。
陽 望遠鏡から金属パーツがなくなりますようにってお願いするね。
佳奈 ああ、指先、しゃっこいね。早くセットして、手袋履かないと。
陽 お、また方言。しかも2連鎖。
佳奈 え? ……しゃっこいだけじゃなくて?
陽 手袋を履くって言うの、北海道民だけだったらしい。札幌の伯父さんが言ってた。伯父さんも知らなくて、テレビで観てびっくりしたって。
佳奈 へー。でも、札幌の人も知らないようなのはいいんでないかな。この島みたいな田舎の人しか使わないようなのが困るよ。
陽 (佳奈の腕をつつきながら)ちょすとか。
佳奈 おだつんじゃないの。
陽 でも、この島だけの方言なんか、すぐできちゃうよね。小学校の一年生の運動会でさ、女子百メートルで佳奈がぶっちぎりの一位になったしょ。で、もうその日のうちに島中のみんなが知ってて、佳奈が一週間くらいみんなから「飛脚の佳奈ちゃん」って呼ばれてたの、あれも方言だよね、実際。
佳奈 こんな人口二百人の島で、ちょっと話題になっただけでしょ。そんなの、札幌に行ってから間違って使うことなんか絶対ないし。
陽 札幌行ってから使っても、分かるの俺と佳奈だけだしね。
(かじかむ手をこすりながら)しっかし、こっから、雪、降らないわけないと思うんだけどな。おじさん、今日ほんとにやる気っぽかった?
佳奈 何にも考えてないと思うよ。たぶん、雪が降ってたら観望会ができないってのも、ここに来るまで気づかないと思う。
陽 そんなことないだろ。島の人がみんな頼りにしてる人だぞ。
佳奈 偉そうにしてるだけだよ。春に言ってた、「将来の観光資源として、この風尻島の素晴らしい星空を活用しましょう! まずは風尻島天文サークルを設立し、隔月で星空観望会を開くことで、皆さんに『我が島の星空は素晴らしい!』ということを理解してもらおうと思います!」なんてやつも、たぶん、冬のことまで考えてないで言ってたんじゃないかな。で、結局こんなことになってるの。はあ。つめた。
陽 ま、それのおかげでこうやって、遅い時間まで佳奈と一緒にいれる時間も増えたんだけど。覚えてる? 付き合い始めた日に見た天の川。
佳奈 覚えてるけど。でも、星はその前の日もその次の日も、ずっと綺麗だったよ。あーあ。札幌に行っても、星、見えるかな。星、見えた? 冬休み中ずっと向こうに行ってたんだから、一回くらい、星、見たでしょう?
陽 見たっけな。札幌の伯父さんの家はちょっと町中から遠かったから。佳奈の行く寮だとどうかな。
佳奈 うん。
陽 でも、見えるとこまで行けばいいよ。俺、十八になったらすぐ免許とるし。
佳奈 陽くんがそんな簡単にとれるかな。
陽 最近のかなかなはすぐそうやって、かなかな心配になっちゃうなあ。十八まであと三年もあるんだから、大丈夫だよ。だからまず、春になってこの島を卒業するまでに、おじさんに望遠鏡の使い方、ちゃんと全部教えてもらわないと。
言いながら陽、ふざけて望遠鏡を舞台下手の雪だるまに向ける。
佳奈 最近、望遠鏡の説明書、隠されてるような気がする。家の中で。
陽 それは知らないけど。気のせいでないの。
佳奈 そうかな。
陽 だから、佳奈のおじさんに直接聞けばいいって。
佳奈 じゃあ、陽くんが聞いといてよ。
陽 別にいいけどさ。でも俺、ほら、相撲の練習もあるから。どすこい。
陽、相撲の摺り足の姿勢で望遠鏡の周囲を一周回る。
佳奈 望遠鏡のあるとこでそういうことしないで。わやになるから。
陽 わやは札幌でも言ってた人いたよ。塾で一番スマブラ強かったやつが、落ちるたび絶対「わやだー」って言いながら落ちてくの。「わやだー」っつって。
佳奈 だいたい、お相撲って練習して急に強くなるの? 本番、来月でしょう?
陽 まあ、いいんだって。ちゃんと練習してる姿をみんなに見せておいたら、それで最終的には勝たせてもらえるもんなんだよ。卒業相撲ってのは。
佳奈 何それ。
陽 卒業相撲ってのはそういうもんなんだよ。高校がないという離島の事情に押され十五歳の若さで島を出ることになった若者が、そこまで育ててもらった感謝を込めて親へぶつかっていく、何度も何度も投げられても諦めずに立ち向かっていって遂に親を倒す、いつの間にかこんなに大きくなってたんだべ、島民みんなで感動! っていうもんなんだよ。勝てなくて島から出れませんでしたって人、これまでいないっしょ?
佳奈 そうだけど。そう言ったの? 陽くんのお父さんに。
陽 言ったら投げられた。上手すくい。
下手から、草野綾、二人を探していた様子で近づいてくる。
綾 あの、天体観望会やる支所前駐車場って、ここでいいんですか?
佳奈 そうですけど。
綾 観光客が飛び入りで参加してもいいですかね?
佳奈 観光の人ですか……? 今まで来たことないかも。
陽 いいんでないの。
綾 掲示板に貼ってあったチラシを見て来たんですけど。というか、こんな雪と風で、本当にやるんですか?
陽 風も雪も、この島だとこんなもんですよ。あ、この人、今朝の島に帰ってくるフェリーで一緒だったかも。冬に観光客って珍しいなって。
佳奈 えっと、飛入参加もたぶん大丈夫だと思うんですけど、一応、後から来るサークルの責任者に訊いてみないと。
陽 責任者って、こいつの父親なんですけど。
佳奈 それはいいから。来るまで時間ありそうなので、電話してみましょうか?
綾 ああ、いえ、そこまでは。ここで待たせてもらってもいいですか? 望遠鏡、用意するの手伝いますし。その機種、懐かしいな。昔使ってた。
綾が望遠鏡の一方に手を伸ばす途中で、佳奈が遮る。
佳奈 すみません。サークル会員の人以外は、覗く以外に望遠鏡の操作はしちゃいけないことになってるんですよ。
陽 かなりお高いものですし。
綾 そう……ですか? ううん、自分の金銭感覚がおかしいのかも。
佳奈 あの、寒いですし、なんなら一度、お宿に戻った方がいいですよ。どちらですか? 冬だから平居さんのとこかな。
陽 小川さんの方は電気消えてたよ。
佳奈 じゃ平居さんとこだ。声の小さいおじさんだったでしょう?
綾 ええ、まあ。
佳奈 ご飯は美味しいんですよ。この時期だとカスベが出るかも。
陽 知ってます? カスベ。エイですよ。
綾 知ってますよ。さっきいただいた夕食にはなかったと思いますけど。名前は知ってます。
陽 え、じゃ、地方(じかた)の人ですか? 内地の人はあんま知らないって聞いたけど。
綾 地方、この島の言葉で北海道の本島って意味でしたっけ。いえ、私は普段は東京に住んでるんです。
陽 内地だ。
綾 あの、ニシンはもうこちらでは捕っていないんですか?
陽 あんまりですね。もう全然捕れないです。
佳奈 なんか。色々、島のことご存じですね。
綾 この島のことを調べたときに、ちょっと。
佳奈 調べるって、こんな島、観光ガイドとかないですよね?
綾 ええ。それで、この本を。
綾、バッグから『風尻の歴史』と書かれた上下巻の書籍を取り出す。
綾 じゃじゃん。
佳奈 うぇ。
陽 あ、その本。
佳奈 読んだんですか?
綾 ええ。ニシン漁で栄えるも、儲けは秋田からの出稼ぎに攫われていくばかりの明治時代、そして徐々に定住者も増え、活気にあふれる昭和前期! 少ない一次資料を突き合わせて一冊にまとめたこの大書、素晴らしかったです。私が特に心に残ったのはですね、島の人々がお金を出し合って、一人の女性を札幌の病院で助産師さんの勉強をさせるのに送ったところですよね。島に戻って助産師として働いてもらう約束だったのに、帰りの旅費を島役場が出し渋ったばかりに、島へは戻らないと宣言したのです。明治時代にそんな女性が、島に家族も残してきていたのに、さぞかし勇気が要ったでしょうね!
佳奈 圧が強い。え、結構喋る人なんですね。
陽 その本書いた須原鉄蔵っていう人が、さっき言った風尻島天文サークルの責任者ですよ。
佳奈 余計なこと言わないで。
綾 え、ということは。すみません、私、草野綾っていいます。午前中はお宅の郷土資料館にお邪魔させていただきました。
陽 あそこくらいしか行くとこないですからねえ、この島。自分は佐藤陽です。これの彼氏です。
佳奈 これって何。あーもう、えっと、須原佳奈です。父がその本を書くのに集めた資料を置き場所に困って、それで昔の家を郷土資料館ってことにしたんです。だから、昔のものばっかりで。
陽 そりゃ、郷土資料館だからねえ。
綾 面白かったですよ。(『風尻の歴史』を再度取り出して)本に出てた資料の本物があるんですもん。
佳奈 その本、最後まで読んだ人、初めて見ましたよ。島の人全員が持ってるのに、誰も読んだことないの。
陽 おじさん、めっちゃ喜ぶべな。
綾 須原鉄蔵さんは、星にもお詳しいんですか?
陽 ええ、この天文サークルでも色々教えてくれて。
綾 そうなんですね。あの、私、星の和名っていうのをあちこちで集めてるんです。和名って、えっと、昔からある星の名前。
佳奈 すばる、とかですか?
陽 織姫と彦星?
佳奈 なんでこっち見るの? 織姫と彦星は中国じゃなかった?
綾 ええ、すばるっていうのも、日本の南の方に行くと、すまるって名前で伝わっている場所も多いんです。方言、みたいなもんですかね。そういうのが、面白くって。
佳奈 ああ、それで、こんな田舎に。
綾 田舎、っていうのもなんなんですけどね。でも、こういうところの方が、昔の言葉が残ってて。
佳奈 大変ですね。
綾 好きでやってることですから。
佳奈 そう、なんですか。
綾 そうなんですよ。
陽 佳奈のばあちゃんなら知ってんでない。
佳奈 どうだろ。
綾 おばあさま、おいくつくらいなんですか?
佳奈 六十、五とか?
綾 結構お若いですね。
佳奈 本人に言ってあげてください。子供の頃はまだニシンでこの島が栄えてたって、よく昔話ばっかしてます。
陽 俺、佳奈の家まで連れてこうか? 佳奈はここで用意してて。
綾 いいんですか?
佳奈 ええ、父とも話してみてください。
陽 なんか持ってくるものある?
佳奈 お母さんから、ポットのお茶もらってきて。
陽 りょ。じゃあ行ってこうかな。
綾 あ、ありがとうございました。佳奈さん、えっと、佳奈さんでいい?
佳奈 ええ、
綾 お話聞いたら戻ってくるので。また。
●陽 草野さん、朝、島着いてからどっか見て回りました?
●綾 ええ、一応。ぐるっと一周。風が強くて、
●陽 じゃあ、あれ、幽霊見ました?
●綾 やだ、やめてくださいよ。
●陽 警察の幽霊なんですよ。
●綾 警察って……。港から歩き始めてすぐのところで、車が来るからもっと道路の端の方を歩きなさいって、警察の方に注意はされましたけど。
●陽 その人が幽霊なんですよ。雪積もってるのに自転車乗ってたりして、おかしいと思いませんでした?
陽と綾、●言いながら舞台下手側へ退場。陽、雪だるまの前を通り過ぎる際、慣れた手つきで雪だるまの頭上のバケツを上下ひっくり返し、上向きにしてまた乗せる。
佳奈 陽くん、でれでれだな……。
ニシン様 (以下声だけで)でれでれだったな……。
佳奈 出たな妖怪。
ニシン様 まだ出てねえべ。
佳奈 出ればよかったのに。さっきの人、昔の風尻のこと調べてたし。
ニシン様 なら今のうち出っぺかな。佳奈も、内地の知らん人の前で唄うのたいしたこっぱずかしいべや。
佳奈 そだけど。
ニシン様 したっけ今やるべ。
佳奈 はあ。
佳奈、スマホを取り出して、ニシン漁網起こしの唄を再生する。以下、それに合わせて。
佳奈 どっとーおこー、どっとこせーいのこら。
ニシン様 エー。
佳奈 やさのよーいやさー。
ニシン様 エーエエ、ヨイヤアサー。
佳奈 よーいとおーなあ、
ニシン様 ホーラエンヤ、アラアラ、ドォーコイ、ヨーイトーコ、ヨートコナー。
佳奈 ほーらーえーえ、この網起こせば、やーあえーい。
ニシン様 ヤートコセー、ヨーヤサホーラア。
佳奈 千両万両の金じゃもの、よーいとーなあ。
佳奈、力強く唄い終えて見栄を切る。
ニシン様 ホーラエンヤ、アラアラ、ドォーコイ、ヨーイトーコ、ヨートコナー。
唄いながらニシン様登場。体の目立つところに『大漁祈願』と書かれた額縁を貼り付けている。
ニシン様 はいどうもニシン様でーす。さて、今お聴きいただきましたのは、ニシン漁の網起こしの唄のサビの部分だもね。ニシン漁の唄というとどうにもソーラン節が有名ですがね、
佳奈 そういうのも全部、あの草野さんに教えてあげたらいいしょや。星のこと聞きたがってたけど、なんだっけか、あの、すばるの訛ったみたいな名前。さっき話してて思い出せなくて。
ニシン様 ムヅラボシな。星が六つ集まってっからムヅラボシ。俺らニシンは昼やるからあれだども、イカとかやるやつらは、ムヅラボシが出たらイカがつくっつったよ。
佳奈 昔からそう呼んでたの?
ニシン様 風尻でニシンやってた頃はずっとさ。
佳奈 ニシン様、自分はニシンのことならなんでも知ってる、っていつも言ってるけど、今の話はニシンとはだいぶ関係ねえべさ。
ニシン様 なんもさ。この島に関係するもので、ニシン漁と関係ないものなんかねえ。
佳奈 さすがニシン漁の幽霊、だっけ?
ニシン様 風尻ニシン漁の概念。概念的存在なんだ、俺は。幽霊ってのは純さんみたいのを言うんだよ。番兵みたいにさ、港の前んとこからこの辺までの道路にいっつもいんでしょ。さっきもあの観光客さとこに注意したってあの人言ってたベや。概念的存在はもっとな、あちこちに現れるよ。その場のニシン漁の概念的気運? みたいのが高まれば、どこでも概念的に現れるからね。なんたってこの島は、ニシン漁の名残がまったく片付いていない。佳奈っぺみたいな娘っこにニシン場作業唄なんか唄われてみろ、そりゃ現れるよ。
佳奈 厄介だなあ。
ニシン様 冬、冬になると。こうやってみんな雪で覆われてっけどな。なんも片付いてないベや。
佳奈 私に言われてもなあ。
佳奈、望遠鏡のセッティングに戻る。
佳奈 (望遠鏡に積もっていた雪を払いながら)ああ、雪、やんだ。
ニシン様 佳奈っぺももう、海のあっちさ行くんだもんな。
佳奈 そだね。
ニシン様 海の向こうの地方(じかた)、札幌さなんてったら、海渡ってそっから汽車でまた何時間もかかって。よいじゃないよ。
佳奈 でも、行けば着くっしょ。あと、とっくの昔に鉄道はなくなってて、今はバスだよ。
ニシン様 昔は小樽まで船でニシン売りに行ったもんだけどな。したっけ、佳奈っぺも、なんもほったらかしてこの島出て行くんだベなあ。
佳奈 なんのことかは分からないけど。でも、まあ。
舞台上手から鉄蔵登場。古ぼけたサコッシュを身につけている。
鉄蔵 あれ、一人かい。ニシン様もいるか。
佳奈 陽くんと会わなかった? うちにお客さん連れてったんだけど。
鉄蔵 お客さんって誰。
佳奈 観光の人だって。星の方言を集めてるって言ってた。
鉄蔵 星の方言って何。
ニシン様 ムヅラボシとかあんべや。
ニシン様、空を指す。実際の夜空では南の空、ちょうど月と重なるあたり。いつの間にか日が沈んで暗くなっている。
鉄蔵 そんな星聞いたことないけど。うちらで使ってる星座早見盤にもないべ。
鉄蔵、サコッシュから星座早見盤を取り出す。
鉄蔵 明かりば貸して。
佳奈、無言でスマホのライトを星座早見盤に当てる。
鉄蔵 やっぱないしょ。
ニシン様 そりゃ方言だもの。そんなところに出てるもの、お客さんもわざわざ探しに内地からこんな島来ないよ。
鉄蔵 方言ば探しに内地から来てんの。それ田舎だって馬鹿にされてんでないの。
佳奈 別に田舎だからって、みんながみんな馬鹿にしてるわけじゃないでしょう。
ニシン様 馬鹿にしに来るだけであんな若いんがこんなとこさまで来れたら、そりゃたいしたもんだ。
佳奈 田舎なことがいいことな人もいるんだよ。
鉄蔵 そんなに田舎が悪くないんだったら、佳奈は、なして札幌なんか行くの。
佳奈 何それ。今? この島には高校ないんだから、しょうがないべさ。
鉄蔵 札幌まで行かなくても、隣の島のでも、地方(じかた)でそこんとこでもいいべや。
佳奈 それはだって、違うでしょう。
鉄蔵 なにが。
佳奈 もういいでしょ。推薦で受かったときあんな喜んでたのに、なんでそんなこと言うの。そんなこといいから、今日ほんとにやるの? 雪はやんだけど。
鉄蔵 ……。やるぞ。今日の星空観察会は、オリオン座の三つ星というのの、
佳奈 (鉄蔵の台詞にかぶせて)さっきのお客さんも来るって。
ニシン様 由美子ばあから話聞いたら戻ってくるって言ってたな。
鉄蔵 なんで。なんで関係ねえ人ば呼んでんの。
佳奈 いいじゃん。島の天文サークルの星空観察会って言ったって、寒くなってからもう私たち以外誰も来なくなってたし。
鉄蔵 勝手なことすんでねえよ。
佳奈 もともと観光客のためにやろうとしてたことなんでしょ?
鉄蔵 関係ねえベや。
佳奈 はあ? 私も関係ないの? なにそれ、ならいい、関係ないなら私もう帰る。
鉄蔵 そういう意味じゃないしょや。
佳奈、答えずに舞台下手へ退場しようとする。途中、入ってきた陽とすれ違う。
陽 あれ、一回帰るの? 草野さん、まだ佳奈のばあちゃんと話してたよ。先お茶持ってきた。
佳奈、無視してそのまま退場。雪だるまの前を通り過ぎる際、厚手のコートのポケットから掌くらいの大きさのオレンジ色のゴムボールを取り出して、雪だるまの頭上のバケツに入れる。バケツの中でゴムボールが跳ねるSE。
陽 (佳奈を見送って)……ふう。おばんです。ニシン様も。
陽、三人分のお茶をポットから紙コップに淹れて渡す。
鉄蔵 おう。札幌、どうだった。今日戻ってきたんだベ。
陽 建物の中がどこも暑くて。暖房で汗かいて風邪引きました。
鉄蔵 都会はやっぱ合わないんでないの。
陽 いや、でも、春からは頑張るんで、佳奈もいるし。
鉄蔵 頑張るってな。卒業相撲は。練習してんの。
陽 してますよ。毎日摺り足とてっぽう。
鉄蔵 さっき煙草さ吸いながら学校の前通ったら、土俵の周りたいした雪積もってたよ。
陽 それはだって、昨日までいなかったし、
ニシン様 鉄蔵、そういうの、やめな。
鉄蔵 ニシン様は関係ないでしょ。卒業相撲なんか、やるようになったのつい最近だもんな。なんもニシン漁と関係ないでしょ。
ニシン様 この島に俺の関係ないものなんか、まだないんだって。
鉄蔵 はん。それで、陽は内地から来てるとかいう人に会ったの。
陽 ああ、草野さん。佳奈のおばあちゃんのところまで連れて行きました。
鉄蔵 どんな人。
陽 きれいな人。
鉄蔵 なに、女の人なの。なんだ。
鉄蔵、茶を飲み干し、紙コップを握り潰してコートのポケットにねじ込む。
陽 星も詳しかったですよ。前の観察会で見つからなかった北極星も、すぐ見つけて教えてくれたし。
鉄蔵 なんでもそんな簡単に教えてもらってんでないよ。情けない。
陽 この島だと星が見えすぎるから、普通の星座早見盤に描いてある星だけ探すの、逆に大変かもって言ってた。
鉄蔵 やっぱり田舎のこと馬鹿にしてんでねえの。
陽 でも草野さんも、長野県の結構山奥の出身だって言ってた。
ニシン様 はあ。この島にいると、山に人が住めるってのもなかなか信じられねえな。何食ってるんだろ。
鉄蔵 ……。望遠鏡、南の空に向けといて。今日は、オリオン座の三つ星っての見るから。
陽、てきぱきと二台の望遠鏡の向きを変える。鉄蔵はサコッシュから紙片とレーザーポインタを取り出す。
鉄蔵 (取り出した紙片を訛りのない声で読み上げる)えー、本日観察するのは、オリオン座という冬の星座です。
陽 もう始めるんですか?
鉄蔵 馬鹿言うんでねえ。ただのリハーサルだよ。(続けて読み上げる)横に並んだ三つの星と、それを囲むような四つの星が肉眼でも見られるはずです。まずはこれを、いつもの星座早見盤を使って見つけてみてください。はい。
鉄蔵、紙片から目を離さないままレーザーポインタを操作し頭上のどこかの星に当てる。陽とニシン様、それに合わせて上を向くが、以下ポインタを当てる場所が何回か大きく変わり、陽とニシン様も釣られて大きく首を振る。
鉄蔵 オリオンの右肩に輝く赤い星がベテルギウス、この星の明るさが最近減っていることがニュースなどでも取り上げられていますね。今日はこの星座の中心にある三つの星を観察してみましょう。……
鉄蔵の台詞の途中から溶暗。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます