第4話 地底に続く鎖

 彼女が欠落させた古井戸の底面は、黒にまみれた底なし沼に通じていたらしい。

 射光すら容赦しないほどに塗りつぶされた墨染めの深海は、届く前に諦めてしまっている。


 何もかもが諦念に埋没する場所で、彼女は足元から一気に黒色へと染め上げていく。

 目先にあったはずの好奇心につられ、罠にかかった哀れなネコのように手足をもがき、苦しむ様子を見送った外界が踵をかえした。

 逃げ道を封じるために、誰かが入り口を閉じる。白い円が消えてなくなる。

 


 耳をつんざく突風音。

 視覚を強奪する暗闇。

 這いよる死の音。

 哄笑こうしょうする黒に塗れた空間。

 見捨てられた外界――そして自分。


 落ちゆく自身を鑑みて、このままじゃやばい――と思い、咄嗟に彼女は眼を閉じた。打つ手なし。死を覚悟した。

 ――そこに、


 もふ。


 柔らかくて馴染みのある感触が一瞬あったのち、はずんだ。

 二度目に触れた途端、身体が楽になった。

 下を見る。もふもふがいた。


「ポポ!」


 彼女の声にポポがふるふると応えた。急いで移動し、アルスを受け止めてくれたようだ。井筒を無理やり通ったようで、外側の一部分が少し薄汚れてしまっている。


「ありがとう、ポポ……」


 頼れる相棒をやさしく撫で、アルスは抱き着いた。

 次第に身体中の震えが収まっていく。



 両目をこすって気分を切り替える。

 不安の揺り戻しがすぐにやってきたが、アルスの元気が跳ね返す。そして、


「さ、行こう!」


 彼女の号令を受けて、ポポはずんずん降りて行った。



 下に降りて行って一時間くらい経つが、徐々に暗くなっていくだけで到達する気配がない。

 何も見えない縦穴。

 虚空が詰まった黒々とした穴。

 光すら届かない場所、ここまで何もない……でも気になる。


 ここまで来ると肉眼ではさすがに無理……ということで、ポポに頼んでみる。

 

「ポポ、明るくなって」


 彼女の言葉に、白い綿毛がさらに白く、神々しくなった。綿毛全体が太陽のように光り輝いて、辺りを明るくさせる。


 ――ふふん、ポポに不可能なことはない! でも……


 それでも底は見えなかった。代わりに見えたのは……、


「おお! すごい鎖!」


 隣には古井戸の隣にあったものがそのままあった。

 どうやら地面より下があった様子だ。


 直立不動のまま地面をつらぬき、飽き足らずさらに奥へ。何も見えない未知のものすら軽々貫いているような、重厚な黒い雷がまだ延伸していた。その落雷地点もまた、同じ穴の底に向かっている。


 その鉄枷は天から深海、そして海溝までおよぶ、大きな雲の“いかり”を想起させる。


「この下には何があるんだろうね」


 幼女の素朴な疑問にポポは答えず降りていく。うんうん、なるほどなるほど……と頷き、アルスは明かるげにいった。


「やっぱり気になるよね!」


 ふわふわと沈む彼女たちに、この時点で引き返すという選択肢は捨てている。

 絶対に何かある。好奇心をくすぐらせ、それを満足させるものが絶対にある!


 だから、と、期待弾ませ降りていく――まさか誰かが棲んでいるとは思わずに。

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