第4話 地底に続く鎖
彼女が欠落させた古井戸の底面は、黒に
射光すら容赦しないほどに塗りつぶされた墨染めの深海は、届く前に諦めてしまっている。
何もかもが諦念に埋没する場所で、彼女は足元から一気に黒色へと染め上げていく。
目先にあったはずの好奇心につられ、罠にかかった哀れなネコのように手足をもがき、苦しむ様子を見送った外界が踵をかえした。
逃げ道を封じるために、誰かが入り口を閉じる。白い円が消えてなくなる。
耳をつんざく突風音。
視覚を強奪する暗闇。
這いよる死の音。
見捨てられた外界――そして自分。
落ちゆく自身を鑑みて、このままじゃやばい――と思い、咄嗟に彼女は眼を閉じた。打つ手なし。死を覚悟した。
――そこに、
もふ。
柔らかくて馴染みのある感触が一瞬あったのち、はずんだ。
二度目に触れた途端、身体が楽になった。
下を見る。もふもふがいた。
「ポポ!」
彼女の声にポポがふるふると応えた。急いで移動し、アルスを受け止めてくれたようだ。井筒を無理やり通ったようで、外側の一部分が少し薄汚れてしまっている。
「ありがとう、ポポ……」
頼れる相棒をやさしく撫で、アルスは抱き着いた。
次第に身体中の震えが収まっていく。
両目をこすって気分を切り替える。
不安の揺り戻しがすぐにやってきたが、アルスの元気が跳ね返す。そして、
「さ、行こう!」
彼女の号令を受けて、ポポはずんずん降りて行った。
☆
下に降りて行って一時間くらい経つが、徐々に暗くなっていくだけで到達する気配がない。
何も見えない縦穴。
虚空が詰まった黒々とした穴。
光すら届かない場所、ここまで何もない……でも気になる。
ここまで来ると肉眼ではさすがに無理……ということで、ポポに頼んでみる。
「ポポ、明るくなって」
彼女の言葉に、白い綿毛がさらに白く、神々しくなった。綿毛全体が太陽のように光り輝いて、辺りを明るくさせる。
――ふふん、ポポに不可能なことはない! でも……
それでも底は見えなかった。代わりに見えたのは……、
「おお! すごい鎖!」
隣には古井戸の隣にあったものがそのままあった。
どうやら地面より下があった様子だ。
直立不動のまま地面をつらぬき、飽き足らずさらに奥へ。何も見えない未知のものすら軽々貫いているような、重厚な黒い雷がまだ延伸していた。その落雷地点もまた、同じ穴の底に向かっている。
その鉄枷は天から深海、そして海溝までおよぶ、大きな雲の“いかり”を想起させる。
「この下には何があるんだろうね」
幼女の素朴な疑問にポポは答えず降りていく。うんうん、なるほどなるほど……と頷き、アルスは明かるげにいった。
「やっぱり気になるよね!」
ふわふわと沈む彼女たちに、この時点で引き返すという選択肢は捨てている。
絶対に何かある。好奇心をくすぐらせ、それを満足させるものが絶対にある!
だから、と、期待弾ませ降りていく――まさか誰かが棲んでいるとは思わずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます