第3話

 私が育った家――というより小屋ですね――は、冬が随分と厳しかったのを憶えています。隙間から粉雪が入り込んでくるし、部屋の中はいつも息が白いんです。薪を割って暖炉に入れて……とお話すれば風情があるかもしれませんが、あの時は生か死か、という感じです。


 そんな家を思い出させてくれたのが、例のクミラン村の宿ですね。いえ、正直……もっと酷かったかな。うん。


 隙間風なんてものじゃありませんよ。私に宛がわれた部屋は窓が壊れていて、えぇ、四角い空間がポッカリ空いているんです。「流石に勘弁して」と言いましたが、ご主人が「他の部屋はムカデだらけだよ」って言うんです。その日の宿泊者が私だけと知った段階で、止めておけば良かったんですね。


 当然、ムカデと一晩を過ごす程に度胸がある訳じゃないので、仕方無しに窓無しの部屋に泊まる事にしました。程無くしてご主人がやって来て、「観光はしに行くのかい」と。観光地があるのですかと訊ねたら、首を横に振って。「遺跡があったけど、土砂崩れで無くなった」と。要するに観光は無理、という事です。


 夕食の時間までやる事も無いので、私は暇潰しにと部屋の物色を始めました。机と椅子が一組、この椅子は座った瞬間に鈍い音がしたのでソッとしておきました。次に、ここからは枯れ木が見えました。


 寝床は薄い毛布に板のような枕。カビのような臭いがしましたが、この時点で諦めていました。鏡だけは妙に立派でしたが、「お客様へ。深夜のご使用はお控え下さい」と紙が貼られていましたので、結局使っていません。


 はい、そうなんです。旅人向けの無料宿泊所の方が良かったぐらいです。不気味な鏡にそっぽを向いた時、私は思わず悲鳴を上げてしまいました。


 建て付けの悪さから勝手に開く扉……その向こうに、獣人の女性が立っていたのです。配膳板を持っていましたので、何とかその方が「宿の関係者」である事を悟りました。


 名札にはカスタリア、と書かれていました。随分と型の古い、暗めの従者服を着込んでいましたが……失礼なんですけど、その宿には似合わない程の綺麗な方で……。


 カスタリアさんは机の上に料理を並べた後、椅子の方に視線をやりまして。「壊したのバレた!?」ってなって、慌てて謝ったんですけど……カスタリアさんは怒る事無く、釘と小槌を持って来て、あっと言う間に直したんです。


 お礼を言う暇も無く、カスタリアさんはサッサと部屋を出て行きました。「食べ終わったら廊下に出して置いて」と、無言で廊下を指差してからです。最初の出会いはそんな感じでした。

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