第4話
『ウサギが鳥を見て泣く』
似ているだけ、本質を捉えていないものを持っていても、決して本物には敵わない。大体こんな意味なのですが、私とカスタリア嬢の……あの晩の戦いは丁度私がウサギで、彼女は鳥――いや、大怪鳥でしたな。
一応、見得を張らせて貰いますと、第四局までは全部、私が上がる事が出来まして。これは勝負師として全く悪い癖なのでしょうが、どうしても、手札を♡と♢で染めるのが好きなんです。
♣や♠など目もくれず、次々と相手の捨てた可愛らしい赤い札を集めていく。勿論、絵札も。流石に満遍無くともいきませんから、比率の大きい方を中心としますが。
すると、まぁこれも自然な事なのですが、同じ紋様を集めると《ラン》が出来やすくなりますな。今まで、各地の勝負師と卓を囲んだ事がありますが、意外にも引っ掛かってくれるのです。「何をやっているんだ、この男は」と、欺されるんです。余りに幼稚な手ですから。
しかし相手も馬鹿じゃない、次第に「コイツは《ラン》を狙うな」と見抜いてくる。そこで私は信条ともいえる赤札主義を、コロリと変えてしまう。あくまで基本に則って、あくまで最善手ばかりを尽くします。時には黒札主義として、心を売ったりね。
程度の低い相手が、気付けば普通の敵として成り上がっている。大抵の勝負師は五〇から六〇の実力を以て勝負に挑みますが、私は最初、〇から始める。そこからグッと数値を上げて――と言っても常識的な頭に戻るだけですが――五〇近くに持って行くと……。
そうです。勘違いするんですな。「この男は、こっちの戦いに適応している」と。あとは何とかかんとか頑張って、一〇〇点まで近付けていく。こんな下らない手でも、まぁまぁの勝率は上げているんですよ。
さて、例のカスタリア嬢との戦いでも、私は愚直にこの作戦を実行しました。一局、二局、三局と点数を取っていくと、確かに彼女の捨て札が変わりました。♣と♠ばかりになったのです。今までの勝負師と同じく、赤い札を絞りに来た――私は思いました。
五局目を迎えたところで、私の目には完璧な商標を掲げた社屋が見えていました。このあと、すぐに広報担当に連絡しなければ――暢気にそんな事を考えていると、コツコツ、と卓上を叩く音が聞こえました。カスタリア嬢のホッソリとした指が、波に乗っているはずの私に勝負を仕掛けたのです。
可能な限りの《付け札》を付けて、彼女の五点勝ち。山札も残り少なくなっていましたから、正直「《ジン》を待たないなんて」……と、畏れ多くも首を捻りました。
六局目、七局目――カスタリア嬢の指は卓上を叩き続けました。全くの安手で、しかも山札がギリギリの場面が多く、私は、彼女が焦り出したのだと思い込みました。
えぇ、思い込みです。蓋を開けてみれば、彼女は微塵も焦りを感じるどころか、熱中すらもしていなかったのです。
出張費と商標を賭けた戦いは一五局目に縺れ込みました。赤札を取ったり、取らなかったりと作戦を変え続けた私に対して、カスタリア嬢は特別な作戦も感じさせず、せいぜい黒札を多く捨てる程度でした。
今でも憶えています。九四対七五。そうですとも、残り六点を取ればめでたく商標が完成したのです。
強い高揚感の中で、とにかく早上がりする事だけを考えていました。《ジン》など待つ気は無い、たったの六点で勝てるんだ! とね。一方のカスタリア嬢は手詰まりを起こしたのか、捨て札に脈絡が無く、赤黒問わず適当に……といった感じでした。
確か、一〇手目だったと思います。♡のQを捨てて
「さぁ、君はどうかな」などと言いながらね。
私が開いた手札を眺め、彼女は……ゆっくりと立ち上がり、卓の隅に置いておいた私の財布を手に取ったのです。唖然としましたよ、居直り強盗のような事をするのかと思った矢先――。
カスタリア嬢は、財布からトランプ一組分だけ、金を抜き取って酒場を去ったのです。突飛な行動に動けない私に構わず、店主にその金を渡して、ね。間髪入れずに禿頭のご老人が「あの子の手札を開けてみぃ」と言うので、私は急いて、カスタリア嬢の手札を検めました。
文句の無い、完璧な《アンダーカット》でしたよ。それも、全て赤札で。
初めてでしたよ。負けるという行為に感動したのは。
……ありがとう御座います、無駄話を最後まで聴いて下さって。
商標の件? ハッハッハ、私はしつこい男ですからね。全然諦めちゃいませんよ。あの晩、すぐに会社へ連絡して、クミランへ交渉役を派遣しております。が……如何せん、難航しているそうで。
そこで、ちょいとアナタにお訊ねしたいのですが、一見無欲そうな女性には、どのような交渉方法が効くのでしょうかね?
旅先の縁は、時として必然の服を着るとも言います。是非、ご意見を頂ければと……。
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