第3話

 それなりに交友関係は広い方だと思います。友人に画家がいますが、彼は絵を描くのではなく、と表現するのです。彼によると、絵というものはある瞬間に、こう、天から下りて来るそうでして。この時、絵の完成図が網膜に焼き付くみたいですね。


 焼き付いた画像を紙に落とす――消えないように、という訳らしくて。どういう事だと思いましたか? 私もクミランに行くまでは思っていましたよ。芸術家特有の、答えを遠回りに遠回りを重ねて示唆する癖だろうとね。


 違いました。確かに、絵に限っては残すという表現がピッタリなのです。


 彼女――カスタリア、という方でした――は不思議な女性でした。まず一言も口を利かない、常連客に尋ねましたが、喋れないのではなくようです。私も手を替え品を替え話し掛けましたが、まぁ見事に手振りだけで答えられてしまう。あそこまで徹底されては仕方ありません。


 続いて容姿なのですが、これが恐ろしい程に白い肌を持っていました。丁度我々が最も得意とする商材、と同じくらいにです。顔立ちは実に整っていますが、何より、目付きが素晴らしい。いえ、愛らしいというよりは実直な……見方によっては冷徹な程。


 服装は、華やかな容姿とは違い打って変わって素朴なものです。灰色の、あぁ、あそこの店員と似ています。しかし何ですな、着る者によっては衣装の格が大いに変わるようですな。あのカスタリア嬢が着ていた従者服は、天界から遣わされた祝福長の如き――オホン、失礼。


 一瞬で図案が思い付きました。ホデナイト鉱石を胸に抱き、真っ直ぐに目を見つめる彼女。それを横から見る形……誠実実直を旨とする大ガラーデン商会を、力強く後押ししてくれる事請け合いです!


 話の続きをしましょう……。驚く様子も見せず、面倒そうに私を見つめるカスタリア嬢に詰め寄り、「是非、商標図案に貴女の姿を使わせて下さい」と懇願しました。当然、お礼もすると付け加えましたが……何とも素気無く、彼女はそっぽを向いて帰ろうとしました。致し方無く商会の名前を出しましたが、これも駄目。というか、誰も知らないようでした……。


 金も駄目、商会の名も駄目。そうなれば、残された交渉手段は唯一つ、ドゥラン人の大好きなトランプを持ち出しました。私はありったけの金を出し、カスタリア嬢に言いました。


「私はここにあるだけ賭ける。貴女が勝てば差し上げよう、私が勝てば、どうか商標に使わせてくれ」


 果たして彼女の足が止まりました。あの冷たい目で此方を見据えると……酒場の店主からトランプを一組受け取り、私の前に差し出しました。


 やった! 勝負を受けてくれたんだ! 強い高揚感がありました。世界各地を渡り歩く私にとって、種々のは最早仕事の必須技能です。その中でも取り分けトランプは得意でしたから、多少は善戦出来る――そう踏んだ故の行動でした。


 札を切り混ぜ、クミランでよく遊ばれているという《ジン・ラミー》の形に手札を配っていると、禿頭のご老人がこう言って、私に笑い掛けました。


「よう、商人さん。アンタ、だと思いなよ」と。

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