商人ガロベの思い出
第1話
いやいや、すみませんな、こんな見ず知らずの男に大事な一時を使わせてしまって……。あぁお構い無く、長い事ブラついていますと、一つのアテも無しに飲むのが特技になりまして。最近はむしろ、酒だけの方が身体に良い気がしまして。
では、遠慮無く……乾杯。
……あぁ、良い酒です。もう二日も酒を抜かざるを得なかったので――えぇ、そうです、そうですとも。この先のドゥランに商売で行っておりましてな。
おっと、申し遅れました……私、《大ガラーデン商会》のガロベ、と申します。大、などと大仰なものが付いておりますが、なに、気になさらないで下さい、先代の偉業だけで食い繋ぐ、一族経営の小さな会社です。
ふむ? ほほぉ……! お若いのによく我々の事を……! これはありがたい、アナタのような方にガラーデンの名を知って貰えているのなら、まだまだ食い扶持はありそうですな! ちょっと、そこの君! 此方にお勧めの酒、そうだ、一番上のを持って来てくれ! それと、何かピッタリのアテもな!
良いんです良いんです、今日は特別に嬉しいのです、アナタは気にせず、ささ、グイッと…………おぉ、何と素晴らしい飲みっぷりでしょうか!
そんなに美味い? ほほぉ、それじゃあ私も失礼して……あぁ、これはいけない、また医者に怒られてしまうな。
はい? あぁ、商材ですか。何も特別なものじゃありません、ほら、コレです。そう、紙です。但し、ちょいと細工がしてある。普通は光に翳せば透けてしまいますが…………その通り、透けないんですな。
ちょいと専門的な話になりますが、ここからウンと遠い港町――《マピン》の近くでこの紙は作られています。製法は他のものと余り変わりませんが、特殊な野草を紙料に使っているようで。この紙料を使うと、乾燥の手順で倍の時間が掛かりまして――いや、失敬。悪い癖です。
ドゥランではこの紙をトランプに使っているのです。トランプ賭博が黙認されているあの国じゃ、手触りの良さ、透けの無さ、破れにくさを何より重要視しております。
あっ、トランプはご存知でしたかな?
何処の国にも小悪党はいるものです。少しでも瑕疵があれば、すぐにイカサマを考えますからな。その点、我々の紙は根が張るが品質はお墨付き。長い事、ドゥラン人は我々の紙を買ってくれていますよ。
……そうだ。一つ、私の与太話を聴いてはくれませんか? 年を取るとどうにも、アナタのような方を前にすると饒舌になって困る。人助けと思って、どうか聴いて下さい。
おっとっと、丁度アテも来たところです――実に困る。こんなのを出されたら医者に会えなくなるな――とりあえずは酒を一口飲んで、お耳の覚悟をして頂けますかな。ハッハッハ。
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