第3話
片方だけ垂れた、大きな耳。
腰から踵辺りまで伸びた、筆先のような尾。
正直言って、素晴らしく良い女だった。目の前で裸になっても、恐らくは表情一つ変えないだろうってぐらい冷たい目をしていたよ。そういうのが好きなんだな、俺は。
脱線しちまったよ――何で獣人に驚いたのかって話だったな。東西南北を巡る俺にとって、獣人種なんてのは珍しくもなんともないもんだ。俺が驚いたのは獣人自体ではなく……「トランプの強い獣人がいる」って事さ。
獣人ってのはな、どんだけ感情を押し殺しても、錬った作戦を隠し通しても……耳や尾っぽの先が微妙に揺れちまうもんだ。運の要素が強い技法ならまだいいが、ジン・ラミーのような手役作り、心理戦を重視する技法には相性が悪い。
そう、その通りだ。獣人が弱いんじゃなくて、「身体がトランプに適していない」んだ。そのつもりが無くとも、良い手札が来れば耳が揺れ、まずい状況になれば尾が縮こまる。
最初、俺は中年女におちょくられていると思った。界隈では弱いと言われている獣人と、「この子は、今までアンタが勝った金と同額を賭ける」なんて言われたからな。
馬鹿野郎、獣人にやらせんな。流石に可哀想だろう――そう言ってやろうと立ち上がった瞬間、獣人は新しいトランプを俺の方にススッと出した。「配れ」って事らしかった。
仲介人が馬鹿なら、この女も馬鹿だな……俺は心で高笑いしたよ。それからはいつも通りに配ってやり、いつも以上に楽な勝負を始めた。一戦目、二戦目と俺が勝ち、すぐに四〇点近い差を付けてやったが……。
三戦目辺りで、俺は異変に気付いた。獣人の女――そういや、カスタリアって呼ばれていたな――は、全くと言っていい程に耳を動かさねぇんだ。耳だけじゃない、大きな尾っぽはクルリと椅子の下に巻き込まれたまま、石のように固まっている。
そして、奴の表情だ。あの女は「無表情」という絵を描いて、それを貼り付けたような顔をしていた。オマケに一言も喋らない。酒場を出て行くまで、結局一度も口を開かなかった。
表情は固まったまま、声は絶対に出さない。獣人特有の耳、尾が動かないとくれば――俺の前に座っているのは、とんでもなく手強い「石像」だ。
久し振りに本気となった俺に構わず……四手目で獣人は、こう、コンコンと卓上を叩いた。それから何も言わずに、手札をソッと表に向けて置いたんだ。
四枚の10とJの《セット》、残りは♢Aと♣A二枚。付け札も出来ず、三三点分、黙って殴られるだけの手痛い出費となった。その時はまだ俺の方が勝っていたし、あまりに強い《メルド》だったから余裕があった。運のせいに出来たからだ。少なくとも、余裕であると自分に嘘を吐けた。
勝負は九戦目に縺れ込み、女が九六点、俺が六二点となった時、明らかな戦力差を感じ取った。真っ直ぐに見つめて来る瞳は、俺の手札を透かしているようだった。イカサマも疑い、験担ぎとしてトランプを変えたが……事態は変わらず、押されるだけさ。
コンコン、コンコンと奴が卓を叩く度、俺は神経がどうにかなっちまいそうだった。時折、一点差で勝てた時もあったな。しかし奴は表情を変えず、札を混ぜるだけだ。一方の俺は、「もっと勝たなくちゃ」と躍起になり、ドツボに嵌まっていく。
一二戦目で俺は負けたよ。最後はどうやって負けたと思う?
《アンダーカット》。馬鹿みてぇにあの女の寝床に誘われ、布団を除けてみるとそこにいたのは猛獣だった……って訳だ。
そうさ、最初からあの女――カスタリアは同じ卓で勝負をしていねぇ。俺は、そこらに転がる石ころだ。奴はその石ころを手で弄び、飽きたら池にでも投げる。そんな境地だろうよ。
……すっかり話しちまったな。どうだい、休憩にはなったかい? 俺は元気一杯さ、ついでに、闘志もムクムク湧いて来やがった。
よう、そこの爺さん。一緒にやらねぇか、交代でよ。金はあるか? よしよし、そんだけありゃあ充分よ。さぁてお前さん、もう一番行こうか。まだやるのかって? 当たり前よ! 何たって俺は、あの女に毟り取られた分を取り返さなくちゃならんからな。
そういや訊きそびれちまったけどよ、お前さん、何処の生まれだい?
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