日本で超有名なあの歌姫は、実は男だった？～いや別に男装じゃないし性別隠してもないのだけど？～

第55話：文化祭前日、クラスの方は…？

　時間が12時近くになったところで生徒会の仕事は一先ず休憩となり、ボクは自分のクラスへと戻っていた。

　教室の中は既に喫茶店使用になっていて、クラスメイトも休憩に入っているようだ。

「あ、雪！　お疲れ！」

　こちらに気付いた飛鳥が手を振りながら声を掛けてくる。

「お疲れ、飛鳥。そっちの方は順調みたいだね」

「うん、ばっちりだよ！　後は私達料理担当が一通り準備できれば完了かな。雪の方はどう？　やっぱり忙しい？」

「うん、まあね。午後も書類の山と格闘かな……はぁ」

「あ、あはは」

　若干生気のない目をしたボクを見て、飛鳥はこれ以上深くは聞かなかった。

「…ところで、駿介達は？」

「ん、福谷君と美乃梨は食材の買い足しに行ってもらってる。怜奈とみずなは食堂に行ってるよ。いつも料理してるおばちゃんにホットケーキ作りのコツを教えてもらってるんだ」

「へえ。行ったことないけど、食堂のおばちゃんの作る料理はどれもおいしいって評判だからね。間違いないと思う」

「そそ！　私も作り方自体は知ってるけど、よりおいしくってなると難しいからね」

　飛鳥達はそこでどうしようかと悩んでいたところで、怜奈が食堂のおばちゃんの話を聞いたことがあると言い出し、話を聞いてみようということになったらしい。

「それで、雪はこれから休憩だよね？」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、一緒にお昼食べようよ。私も先に食べててってみんなに言われたし」

「いいよ……って、そういえば今日は購買で何か買わないといけないんだった。ちょっと待ってて、すぐに……」

　買ってくるよと言いかけたところで、飛鳥が待ったを掛けた。

「今日は購買やってないよ。文化祭の準備であそこも使うからって」

「…あ。そういえばそうだった。どうしよう」

　ボクが悩んでいると、飛鳥はゴソゴソとカバンを漁り、自分の弁当を持ってきた。

「あ、あのさ。ちょっと少ないかもしれないけど、私ので良かったら分けようか？」

「え…でも飛鳥も足りなくなるんじゃ」

「私は大丈夫だよ。だから…その、どうかな」

　少し顔を赤くしながら聞いてくる飛鳥に、これは断る方が申し訳ない気がしたので有難く頂くことにした。

「じゃあ、頂くよ。ありがとね、飛鳥」

「あ…うん！　じゃあ早速食べよ！」

　飛鳥から弁当の中身を分けてもらい、早速食べてみる。ちなみに弁当の中身は鶏の角煮風にほうれん草のめんつゆバター炒め、サラダと梅が乗った白米。色合いも栄養バランスも取れている、ギャルのような見た目とは裏腹な、飛鳥らしい弁当だ。

「……なんか今失礼なこと考えなかった？」

「気のせいだよ」

「…そう？　ならいいけど」

　なんでボクの周りには鋭い人達ばかりなのか。とっさに誤魔化せたのが奇跡だった。

「こほん。それより、飛鳥って料理上手だよね。どれも美味しいよ」

「ほ、ほんと？　…よかった～、口に合ったみたいで」

　ボクの感想に安堵した飛鳥がホッと息を吐く。そんな飛鳥をよそに弁当を食べていると、飛鳥はニヤニヤした表情をしながらこんな事を聞いてきた。

「ちなにみさ、夕さんの料理とどっちが美味しい？」

「え」

　その問いにボクは一瞬固まってしまうが、少し真剣に考えてみることにした。

　夕の料理はほぼ毎日食べているけど、いつも色んな工夫がされていて美味しいし愛情も詰まってる…と思う。

　飛鳥の料理も味付けが程よく、優しい感じが伝わってくる。

　……正直甲乙つけがたい。どう答えたものか迷った末、思ったことを正直に伝えることにした。

「えっと、夕の料理は毎日色んな工夫がされていてすごく美味しい。飛鳥の料理も優しい味がして個人的に好きかな」

「ふむふむ、それでそれで？」

「……けど、毎日しっかりしたものを作ってくれるって意味では、やっぱり夕の料理が一番かな」

　ボクがそう答えると、飛鳥は少しだけ残念そうな顔をした後、すぐに「良かった」と言った。

「もし私の料理の方が好きって言われたら、嬉しいけどちょっと怒るとこだったよ。毎日雪のために作ってくれる夕さんに失礼だからね」

「……そ、そだね」

　ボクは冷や汗を流しながら肯定した。

　……ボクは別の意味で良かったと思った。正直どっちも一番、なんて答えを出そうかとも一瞬考えたから。

「けどやっぱり夕さんには勝てないか～。前にごちそうになったときほんとに美味しかったし。愛情？　みたいなの感じだもん。雪は？」

「ん。同じかな。だからこそ夕が一番って思ったわけだし」

「あはは。だろうね～。羨ましいな～、あんな美味しい料理毎日食べられて」

「飛鳥のお母さんは料理しないの？」

　そう聞くと飛鳥は「全然」と手を横に振りながら苦笑いした。

「お母さん料理下手だから、むしろキッチンには立たせない様にしてるんだ」

「……そんなに酷いの？」

「うん。一応料理の手順はネットとか見ながらやるんだけど、器材の扱いがとことん下手で見ていて危なっかしいし、せっかく手順見ながらやってるのにより美味しくしようとか言って調味料ドバドバ入れたり」

「な、なるほど」

　飛鳥の顔がどんどん真っ青になっていく。多分その時の事を思い出したのだろう。ボクから聞いておいてなんだけど、気の毒過ぎた。

「まあ、そんなわけで小さいころから私かお父さんが作ってるんだ。お父さんは仕事で忙しいから、基本的には私だけどね」

「そっか。もう何年もやってるなら、そりゃこんなに美味しいわけだね」

「あはは、ありがと。…ま、そんな訳だから羨ましいなって思ったんだ」

　飛鳥の話を聞いて、ボクは一つ思い付いたことを言ってみることにした。

「あ、じゃあさ。今度夕に頼んでみようか？　飛鳥の分も作ってって」

「え？　…嬉しいけど、流石に迷惑になるんじゃ」

「そうかな、夕なら二つ返事でOKしそうだけど。『一人分も二人分も変わらないしいいわよ』って」

「た、確かに涼しい顔で言いそうなイメージが湧いてきたけど……」

　飛鳥は少し迷ってから、何かを閃いたようにポンッと手を打った。

「そうだ！　あのさ、夕さんの料理もまた食べてみたいけど、雪の手料理も食べたいな～って。前にメイド雪ちゃんやってくれた時もすっごく美味しかったし。代わりに雪の分は私が作るからさ……ダメ？」

「なんか今嫌なフレーズが聞こえた気がしたけど…。分かった、それでいいよ」

「やった。楽しみにしておくね」

　そんな約束をしたボク達は、その後もチャイムが鳴るまで色んな事を話していた。途中から帰ってきた怜奈達も混ざってまたいつものように楽しい時間を過ごした後、ボク達は再び作業に戻るのだった。

「ところで、お母さんの料理も食べてみない？　あの地獄を是非雪にも」

「飛鳥のお母さんには悪いけど、絶対に断るよ」