第54話:文化祭、前日が一番……?

 ――――1週間後、文化祭に向けての準備が各学年、クラスで着々と進み、今や学校中が色とりどりに装飾されている。当然ボク達のクラスもほぼ準備が完了し、生徒会のバンドの方も順調に仕上がっていた。


 そして、文化祭本番はいよいよ明後日。ちなみに一日目は生徒間だけで行われ、一般客は二日目に来場可能となっている。


 今日も今日とてバンドの練習……と言ってももう最終調整の段階で、全曲一から最後まで通してどこか修正する箇所が無いかチェックしていたところだ。

 ただみんな本番が近いからか、表情が少し硬く、緊張した様子だった。しかしそんな中で、美雨がいつもの軽い調子で声を上げた。


「いやぁ~、最初はどうなることかと思ったけど、案外うまくいきそうね!」

「バンドの事を持ち出したのは会長じゃないですか」

「えへへ、そうなんだけどね」


 美雨の言葉に呆れた顔をしながら友里がツッコミを入れる。なんだかこのやりとりにすっかり慣れてきた気がするなぁ。


「まぁ確かに、この分なら本番でも問題はなさそうね」

「やった! 夕さんのお墨付き頂きました!」

「まったく、調子いいんですから」

「けど、夕さんにそう言っていただけるなら、安心できますね」


 都子がホッとしながらそう言った。彼女の気持ちはボクもわかる。バンドに関して全くの初心者だったのだから、本番で上手くできる自信なんてほぼ無いだろうから、ずっと教えてくれていた夕に問題ないと言われたら、安心できるだろう。


「ありがとうございます、夕さん!」


 莉子も内心は同じ気持ちだったのだろう。夕の言葉に安心したのかいつもの元気な莉子に戻っていた。


「ええ。雪も、問題ないわね?」

「うん、大丈夫だと思うよ。本番が楽しみになってきたね」

「うん、そうだね! ……それにしても、やっぱりさすがは元歌姫だよね~。私達が緊張しまくってる間もずっといつも通りって感じだったし」

「そうですね。やっぱり本番慣れしてるから?」

「ん~、多分?」


 友里に聞かれて曖昧に答えるボクに、みんなは多分て……と言わんばかりの顔をしていた。そんな顔をされても、実際ボク自身もよく分からないからなぁ。

 そんなことを思っていると、夕が「そういえば」と何か思い出したように口を開いた。


「……そういえば、デビュー当時からあんまり緊張している様子は無かったわね」

「え、そうだっけ?」

「ええ。むしろこれからステージで歌えることにすごくワクワクしてるって感じだったわ」

「ほえ~……やっぱりすごいんですね、雪君は」


 生徒会のみんなが驚いた表情で、でも納得したと言った感じで頷いていた。

 デビュー当時のことはボクも覚えてるし、ステージで歌うのは楽しみにしていたけれど、言うほどその感情を表に出していただろうか。


「それはもう、欲しかった玩具を手に入れた子供みたいにキラキラしていたわ」

「はいウソ、絶対ウソだよそれ」

「あら、どうしてそう言い切れるのかしら。あの時の自分の顔みたの?」

「うっ……それは」


 確かに鏡で自分の顔を見たわけでもないから、100%噓だとは言い切れないけど。


「…………ぷっ。ふふふっ……冗談よ、冗談」

「……へ?」

「ふふ、ああおかしい」


 突然笑い出し、冗談だという夕をポカンとしながら見つめるボクの反応を見て、 夕はしてやったりといった顔で更に笑い出す。


「ふ、ふふ……。ごめんなさいね、少しからかってみたくなっただけよ」

「…………」

「そう怖い顔しないでちょうだい。今日までの教育費だと思えばむしろ安いものでしょう?」

「ぐっ……」


 今日まで夕にはかなりお世話になってるし、確かにこれは甘んじて受けるしかない……のだろうか。

 まあでも、夕が突然そんな冗談を言った理由は何となくわかる。大丈夫と言われてもまだ少し緊張気味だった皆のそれを解すためなのだろう。

 現にボク達のやり取りを見ていた皆の顔が、いつも通りの明るいものに戻っていた。それを横目で確認した夕も、キリッとした顔に戻ってみんなに声を掛ける。


「……ふう。さて、さっきも言ったように、特に問題は無いし、練習はここまでね。あとは本番で楽しんできなさい」

「はい。夕さん、今日までご指導、ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」

「どういたしまして」


 こうしてバンド練習は無事終了し、全員期待に満ちた表情で帰宅していく。

 その後ろ姿を見ながら、夕は少し感慨深いと言った様子で言った。


「それにしても、本当にあそこまで仕上がるなんてね」

「指導したのは夕でしょ」

「それはそうだけど、どこまでできるかなんて、やってみなきゃ分からないでしょ? 正直、どこかで妥協はしなきゃいけなくなるんじゃないかって、最初は思ってたのよ」


 確かに、短い期間でまるきり初心者全員に二人で指導するというのは、今にして思えば無茶な話だった。しかもボクの持つ楽器の知識なんて、基礎中の基礎くらいなものだったし。いくら夕が凄くても、やはり時間は足りなかったかもしれない。

 けれど、そんな夕の予想をいい意味でみんなは裏切ってみせた。きっとそれぞれ自宅に帰ってからも、自主練を毎日続けていたのだろう。


「明日は全体を通してのリハーサルだったかしら?」

「うん、それが終わったら生徒会で事務処理だって」

「……大変ね、生徒会って」

「アハハ……そうだね」


 ボクの生徒会でのお手伝いはもうすぐ終了するけど、明日と文化祭終了後の事後処理が激務になることを考えると、今から気が沈む。


「ま、頑張りつつ楽しみなさい。今のあなたは、ただの学生なんだから」

「うん……ありがとね、夕」



 ――――次の日、いよいよ本番を明日に控えた今日は、どの学年も朝から文化祭の最終調整で忙しそうにしていた。もちろんボクのクラスも例に漏れないのだが……ボクは今、生徒会室にてひたすら書類整理を行っていた。

 ある程度進めたところで、莉子が「だは~……!」と気の抜けた声で机に突っ伏した。


「確かに激務になると分かってはいたけど、まさかこんなに大変だなんて~」

「うちの学校って、割りと規模が大きいから、そのせいというのもあるわね」

「……よしっと。会長、私はそろそろ文化祭実行委員と見回りに行ってきます」

「うん、よろしくね、友里」


 友里はいくつかの書類を持って速足で生徒会室を後にする。彼女の背中を見送りながら、莉子が疑問に思ったことを美雨に聞いた。


「あれ、見回りって実行委員だけがやるんじゃないんですか?」

「ああ、去年まではそうだったんだけどね。今年からはうちからも一人同行することにしたんだ」

「……何か問題でも起きたんですか?」

「正確には起きる寸前ってところかな。生徒が組み上げたステージの一部の繋ぎ目が甘かったみたいで、倒れ落ちる寸前で防ぐことが出来たんだけど。その辺ちゃんと点検出来てなかったから、チェックの目を増やそうってことになってね。あとは一々生徒会に報告に来る手間を省く意味でも…ね」


 美雨の説明を聞いて納得した莉子は、なるほどと深く頷いていた。しかしそれを横で聞いていた都子は、新たに問いかける。


「ですが、それは教員がやるべきなのでは? なぜこの書類の山を片付けなければならないと分かりきっている生徒会からわざわざ……」

「もちろん最終的には担当の教師に報告して、その後でチェックしてもらう流れになってるよ。回りくどいかも知れないけど、文化祭は一応生徒が主体で行うものだからってことで、そういう点検なんかも生徒がやることになってるんだ」

「……なるほど」


 完全に納得しているわけではないのだろう都子は、渋々といった様子で頷いて、書類に再び取り掛かる。

 三人の会話を聞いていたボクは、ポツリと呟いてしまう。


「いずれにしても、生徒会が一番忙しくなるのには変わりないのですが」

「「「ですよね~」」」

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