第53話:みずな、第二の歌姫?

「あ、みずなだ」


 テレビに映っているみずなを見てボクが呟くと、夕もそちらに目を向けて「あら、ほんとね」と言いながらこちらにやってきた。


「頑張ってるなぁ、みずな」

「ええ。あなたが引退してから、彼女はより一層注目を集めるようになったわね」


 みずなの人気ぶりは前から急上昇していたが、ボクが引退してからはさらに上昇していた。何でも第二の歌姫になり得る逸材だとかで、彼女の歌を聴いた人たちは盛り上がっているらしい。

 始めてみずなと出会った時は、初出演を怪我で台無しにしてしまい心配していたけど、そんなことはお構いなしと言わんばかりに成果を上げていく彼女に、ボクも夕もホッとしている。特にマネージャーの遠野さんは当時の事相当気にしていたようだから、今はボク達以上にホッとしてるんじゃないかな。


 そんなことを思いながらもう一度テレビに目を向けると、二曲目を笑顔で歌うみずなが映っていた。


「…………楽しそうだなぁ」

「……戻りたいって思った?」


 ボクの呟きを聞いてそう思ったのか、こちらを見ながら夕が聞いてきた。


「ううん、そういうのじゃないよ。ただほら、みずなは最初が最初だったから心配してたんだけど、この分ならもう大丈夫かなって思ってさ」

「そう。……まぁ確かにそうね。遠野さんなんてあの時顔が真っ青だったし」

「あはは、そうだね。でも今は逆に感極まって号泣してたりして」

「ふふっ……あり得るわね」


 この日の夜はみずなの事からボクのデビュー当時の事など、少しだけ昔の話をして二人で盛り上がっていた。



 ――――翌日。


 いつも通り教室に入ると、クラスメイト達はみずなの話で盛り上がっていた。どうやらみんなも昨日の番組を見ていたようだ。

 ボク達が入ってきたことに気付いた飛鳥と怜奈が、「おはよう」と挨拶しながらやってきた。


「おはよう、飛鳥、怜奈」

「おはよー!」

「おっす」

「ねぇねぇ、三人は昨日の歌番組見た?」

「うん、見たよ! みずな凄かったね! なんだか雪を見てるみたいだったよ!」


 美乃梨の言葉にボク以外全員が頷いた。どうやら昨日ボクと夕が話していたことはみんなも感じたようだ。


「まぁあくまで水門は水門だけどな。それでも雪に迫る何かを感じた気がするぜ」

「うんうん、そうだよね。その辺としてはどう思ってるの?」


 飛鳥は「姫様」とわざと呼び方を変えて強調しながらボクに聞いてきた。


「ん……。まぁボクはその歌姫本人だから、みんなと全く同じ感覚を覚えたわけじゃないけど……強いて言うなら、頑張ってるなぁって」

「はは、まぁ確かにそうだな。けど、雪にしてはちょっとドライな感じじゃないか?」

「そういうつもりは無いけど、今のみずながどこを目指してるのかは聞いたことが無いからね。ボクに次ぐ歌姫になりたいのか、そうではないのか」


 そこまで言うと、みんなは「あ~、確かに」と納得のいく様子で頷いた。


 今言ったように、みずなが歌姫ボクを目指しているなら、みんなに「歌姫みたいだったよ」って言われても喜ぶだけで終わる話だけど、もしそうじゃないならそれはみずなに対して失礼な話になりかねない……と思う。

 ここでなりかねないと言い切れないのは、多分ボクが引退してもなお自分に対する世間の評価というのが分かっていないからなのだろうけど。

 果たして今歌手をやっている人、あるいは目指している人達の中で「歌姫みたいだ」と言われて喜ぶ人はどれくらいいるのだろうか。


 そんなことを考えていたが、次の飛鳥の言葉でボクの考えはあっと言う間に覆された。


「でも、少なくとも歌姫みたいって言われて嫌がる人はいないよね」

「……え?」

「だね。だって歌姫ゆきは現役時代も引退後も、歌手やそれを目指している人にとっては、絶対憧れる存在だからね」

「そうね。むしろ歌手を目指すというより、姫様を目指す……という人も少なくは無いと思うわ」

「まぁそんだけ雪の存在はその業界にとって大きなもんになってるってことだな」

「……雪、全然知らなかったって表情してるね」

「うっ……」


 飛鳥に見事に見抜かれて、ボクは思わずドキッとしてしまった。その様子を見た飛鳥は、やれやれと言わんばかりの表情で言った。


「いい? 雪はもう引退したとはいえ、日本を代表する超人気歌手なの。『World Song Fes』への招待状? も来たくらいなら、それはもう世界でも注目されてたってことなの。そんな人に同じ歌手を目指す人達が憧れないわけ無いんだからね」

「は……はい」


 途中からもの凄く謎の圧を掛けながら迫ってくる飛鳥に、ボクはたじたじになってただ頷くことしかできないでいた。


「言ってることはよ~くわかるけど、すごい圧が掛かってたよ、飛鳥」

「……あ。あはは、ごめんね雪、つい」

「う、うん」

「飛鳥の姫様愛の爆発は置いておくとして。そろそろその張本人が来てもおかしくない時間なのだけど」


 怜奈の言葉にそういえばとボク達は教室内を見回すけど、みずなはまだ登校していないようだ。


「そういえばまだ来てないな。仕事か?」

「昨日は何の連絡もなかったけど」

「……ん、なんか走ってくる」


 ボクが教室の外から聞こえてくる足音を捕らえると、数秒後に扉を勢いよく開けて話題になっているみずなが入ってきた。


「セ、セーフ!! ……ですよね⁉」

「あはは、まだ予鈴はなってないから大丈夫だよ、みずな」

「よかったぁ。今日は遅刻するかと思ったよ~」

「珍しいわね、みずながギリギリに来るなんて」


 怜奈が言うと、みずなは「あはは」と苦笑いしながら頬を掻いた。


「実は昨日の生放送で歌ったとき、今までで一番手ごたえあったというか。すっごく気持ちよく歌えたのが嬉しすぎて、全然夜眠れなかったんだよね」

「ああ、なるほどね。私達も今その話をしてたんだ」

「え、そうなの?」

「うん。だって昨日のみずな、ホントに凄かったもん。これは第二の歌姫誕生か⁉って、SNSでも盛り上がってるんだから」

「ええ⁉ わ、私が歌姫⁉ そそそ、そんな私なんかが烏滸がましいというかなんというか。でもほんとにそう思って貰えたなら嬉しいけど」


 顔を青ざめたり赤くなって照れたりと忙しいみずな。これはボクからも何か言った方がいいのだろう。


「ねぇ、みずな」

「でもでも私なんて……って、あっはい! 何でしょうか、姫様!」

「……なんか色々おかしくなってるから、一旦落ち着こうか」

「は、はい」


 すぅー…はぁー…とゆっくり深呼吸をして自分を落ち着かせたみずなは、改めてボクに向きなおった。


「そ…それで、何でしょうか、雪さん」

「ん、まぁ別に畏まってする話では無いけれど。……周りになんと言われようと、みずなはみずなだし、君が頑張ってるのはみんなも知ってる。その過程で歌姫と呼ばれるようになったなら、それは誇っていいことだから。何にせよ、みずなはもうこうして注目されるだけの実力を持ってるってことだから、自信持ってね」


 ボクの言葉を聞いていたみずなは、目を見開いて固まっていたが、やがて目に涙を浮かべて、感極まったのか勢いよくボクに飛びついてきた。


「雪さん!!」

「わっ……み、みずな?」

「ちょ、みずな⁉」

「ありがとうございます、雪さん。私、今の言葉だけであと100年頑張れます!」

「ずいぶん長いね」


 若干呆れながらみずなの頭を撫でようとしたところで、飛鳥がみずなを引きはがしに来た。


「……って、もういいでしょみずな! そろそろ雪から離れなさいよ~!」

「い~や~で~す~! 今日はもうこのまま授業受けます!」

「出来るわけないでしょ! いいから離れなさいよ~!」


 そんな二人の様子を周りも笑いながら見ていた。

 今日も今日とて朝から騒がしいクラスだった。

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