第50話:練習、始めたけれど?

 まずは基礎練習から始めることになった。

 夕の指導のもと、拙いながらも黙々とこなしていく。


「あ、そうだ雪君。もし良かったら、何の曲をやるか決めておいて欲しいのだけど、いいかな」

「ボクが? カバー曲でいいの?」

「うん。流石に今からオリジナルを作っても、私達が間に合わない可能性が高いからね」

「ん、わかった。考えてみる」

「うん、よろしくね」


 そういうわけで、ボクは携帯を取り出してネット動画を漁っていく。


「……ん〜、どんなのがいいかなぁ」


 初心者でも比較的簡単で、且つ文化祭に打ってつけの曲を対象に探す。


「これは良さそうかな〜、一応候補に入れておこう」


 そんな調子でしばらく探していると、休憩に入ったのか美雨がやってきた。


「雪君、調子はどうかな」

「ん、一応いくつか候補は見つけたかな」

「おー、見せて見せて」


 ボクの横に座って携帯の画面を覗き込む。


「……ふむふむ、どれもいい曲だね〜」

「この中から選ぼうと思うんだけど、いいかな」

「うん。……あ、雪君。私から一つお願いがあるんだけど」

「なに?」

「その候補の中に、雪君の曲を入れて欲しいなって」

「ボクの?」


 聞き返すと美雨は目を輝かせた。


「そう! 一度やってみたかったんだ、雪君の曲の演奏! ……ダメかな」

「ダメってことはないと思いけど。それも含めて、みんなに聞いてみようか」

「そうだね……ねぇみんな、ちょっといいかな」


 美雨は他のメンバーを呼んで、今の話を伝える。


「……なるほど、アリだと思います。天音君の曲なら、知らないものは無いので」

「私もいいと思います」

「私も賛成です!」

「うんうん、ありがとうみんな」


 全員賛成だと言ってくれたことに、美雨は満足そうに頷いた。


「……雪はいいのかしら。結局自分の曲を歌うことになるけれど」

「ん、構わないよ。というか、他に覚える曲が少なくなるのは、楽だしね」

「そう、ならいいのだけど。……さて、それじゃ練習を再開しましょうか。みんな、準備して頂戴」

「「「「はい!」」」」

「あ、ボクもそっち手伝うよ。一応一区切りついたし」

「ええ、ならお願いするわ」


 そうしてボクもみんなの練習を見ながら、思ったことを指摘していく。


 とは言っても、やっぱり夕みたいな専門的な知識は無いので、ザックリとした事しか言えないけどね。



 日が暮れ始めた頃、今日はお開きとなった。


「今日はここまでね。次はいつ来るのかしら」

「えっと、生徒会の仕事もあるので、おそらく明日は難しいかと。けど、明日中にきちんとスケジュールを立てて、雪君にお渡ししますので、今後はその通りに動きます」

「わかったわ」

「夕さん、雪君。今日はありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」

「ええ、よろしくね」


 お互いに挨拶も済ませて、美雨たちは帰宅した。


「それにしても、少し意外だったわ」

「……? なにが?」

「あなたのことだから、しばらく歌からは身を引くとばかり思ってたわ」

「……ん〜、歌う事自体は好きだから、断る理由はないかなって」

「……そう」

「……どうかしたの?」

「いえ、何でもないわ。さ、ご飯にしましょうか。今日は何がいいかしらね」


 夕はなにかを誤魔化すようにさっさとキッチンへ向かっていった。


「……まぁ、いっか」


 ボクは深く考えることはせずに、再びネット動画を見るのだった。



 ―――翌日。


「いいないいなぁ、生徒会の人達。私も雪とやってみたかった!」

「私もです!」

「……いえ、おそらくみずながやるには、問題があると思うのだけど」

「あはは、現役歌手だもんね」

「とはいえ、確かにちょいと羨ましいのも事実だな」


 バンドの話を飛鳥達にも伝えると、心底羨ましそうにしていた。


「けど、意外ね。姫様は、しばらく歌うことはしないと思っていたわ」

「……そんなに意外? 昨日夕にも言われたけど」

「ん〜、そうだね。もちろん雪が歌を好きなのは知ってるし、遊びで歌う分にはあるかなって思ってたけど」

「ですね、そういう本格的に歌うことは、もう無いと思ってました」


 飛鳥達の言葉に、美乃梨と駿介も頷く。


「……どうして、そう思ったの?」

「……ほら、雪は最後のライブで、自分とご両親の夢を叶えたでしょ? だから、それが無くなった今、本気で歌う理由も、もう無いのかなって思ったの」

「…………」


 言われてみれば、そうかもしれない。前にボクも思ったことだ。夢を叶えた後、歌手を続ける理由は無いと。


 みんなも、おそらく夕も、同じことを思っていたのだろう。


「……まあ、確かにその通りなんだけどね。けど、お世話になってる生徒会からのお願いなら、聞いてあげたいから。どっちにしても、引き受けたと思うよ」

「……そっか、そうだね」

「雪は真面目だなぁ」

「駿介はいい加減なとこがありすぎなんだよ」

「それはある」

「っておい!」


 駿介のツッコミに全員が笑った。


「ふふ。……ところで姫様」

「ん、なに、怜奈」

「当日はメイド服は着るのかしら」

「絶対着ないからね」


 割と本気の目をした怜奈に、ボクはすかさず否定した。

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