第46話:その日の夜、二人は?

 ――――その後。


 どこで寝るかという話になり、飛鳥はソファでいいと言ったが、流石にそういう訳にもいかずボクがソファで寝ると言ったのだが、飛鳥はそれを拒否した。


 結局どうなったかと言うと……。


「……な、なんかちょっと暑いかな」

「……そう?」

「…私だけ?」

「熱でもあるのかも」

「……むぅ」

「飛鳥?」

「何でもないですぅ」

「…どうして怒ってるのさ」


 ボク達は一緒にベットで寝ることになった。お互い反対側を向いて寝ている状態だ。


「…まぁいいけど。それより飛鳥、今日はありがとう。すっごく楽しかった」

「あ…うん、私も楽しかったし、そう思ってくれたなら良かった。前にも言ったけど、最近全然遊べてなかったからさ、そういう意味でもほんと良かったよ」

「うん、そうだね」


 飛鳥なりに気遣っていたのだろう。特にボクは生徒会の手伝いで、結局放課後は時間を作れなかったから。

 飛鳥には本当に感謝しないとね。


「……ま、私は特にメイド雪ちゃんを堪能できたから、尚良かったけどね」

「むぅ…あんまり言わないで欲しいんだけど。今になって少し恥ずかしくなったから」

「そうなの? あんまりそうは見えないけど」

「ん、だからもう生徒会以外ではやらない」

「え~、私はまたやって欲しいな~、メイド雪ちゃん」

「やりません、というかその名前で呼ぶの止めて」

「あはは、は~い」


 そんな話をした後、不意に静寂が訪れた。


 ……さっき、飛鳥が暑いと言った理由は何となくだけどわかる。


 流石にボクだって女の子と一緒に寝るというのは恥ずかしいし、妙に緊張する。多分飛鳥も同じなのだろう。


 そのせいか、会話が途切れると、次に何を話したらいいか分からなくなる。


(…いつもどんな会話してたっけ)


 それすらも分からなくなっていた。


「…ねぇ雪」

「ん、何?」


 そんなボクをよそに、飛鳥は話しかけてきた。


「…その、生徒会の人達って、どんな感じ?」

「どんなって?」

「やっぱり、可愛い人ばかりなのかな」

「ん~、そうだね。まぁそこはほら、生徒会長が可愛い子には目がない人だから」

「…ということは、やっぱり雪の事も?」

「……初対面で、危うく食べられるところだったかな」

「ええ!? ちょ、大丈夫なんだよね!? 貞操奪われたりしてないよね!?」

「わっ、びっくりした…大丈夫だよ、副会長達が止めてくれたから」

「そ、そう…ならいいんだけど。……はぁ、でもやっぱり心配だなぁ」

「…一応、あれ以来は何ともないけど」

「分からないでしょ、いつか牙を向いて雪を食べちゃうかもしれないじゃん」

「…………」


 ごめん美雨、あまり否定できなかった。


「…………かといって、私が生徒会に行くわけにもいかないし……。いっそのこと…」

「飛鳥?」


 飛鳥がもぞもぞと動いたかと思うと、いきなり肩を掴まれて引っ張られ、仰向けにさせられた。そしてボクの上に飛鳥が覆いかぶさり、顔を赤くしながらボクを見つめていた。


「……飛鳥?」

「いっそのこと、私が今ここで雪を食べちゃおうかな」

「………………へ?」

「…いいよね、雪。返事は聞かないから」

「ちょ、どうしたの飛鳥。何か変だよ」

「……はぁ…はぁ……雪……」

「あ、飛鳥…?」


 飛鳥は息を荒くしながら、少しずつボクに顔を近づけていく。


「雪………私……」

「…あ……す」


 もうあと一センチというところまで近づき、ボクと飛鳥の唇が重なる…………直前、部屋のドアがガチャッと音を立てて開いた。


「ただいま、雪。もう寝ちゃってるか………し……ら」

「「……………あ」」


 帰ってきた夕がボク達と見て固まり、ボク達も同様に固まった。


 何秒ほどかそうしていたが、やがて夕が正気に戻って、部屋を出ようとした。


「……ごめんなさい、お邪魔しちゃったわね。ごゆっくり」

「……っ! わ、わぁぁぁぁぁ!! ちょっと待ってくださ~い! 誤解じゃないけど、誤解なんです~~!!」


 飛鳥も我に返ったのか、夕を追いかけて誤解? を解こうとしていた。


「……はぁ。助かった……と言っていいのかな。わかんないや」


 とにかくドッと疲れたボクだった。



「……そう、それで飛鳥ちゃんが部屋に居たのね」


 その後、夕に今日の事を話して、何とか納得してもらえた。

 そのかわり、飛鳥がやたらと疲れていたが。


「けど、さっきみたいなのは、やるにしてももう少し周囲に気を使いなさい。私みたいに何の事情も知らずに、勝手に部屋に入ることだってあるんだから」

「は、はい。すみません」

「…ボクもごめんだけど、それより勝手に部屋に入ってくる件について」

「まぁいいわ。それよりもう遅いし、今日は早く寝なさい。明日の朝食は私が作るから、飛鳥ちゃんも食べていってね」

「いいんですか? ありがとうございます。おやすみなさい、雪、夕さん」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 そうして飛鳥は先に部屋に戻っていった。


「じゃあボクも…」

「ああ、雪。ちょっとだけいいかしら」

「ん、何?」


 夕は少し真面目な表情で、帰りに買ってきたのかお酒を飲みながら言った。


「私もマネージャーの仕事、辞めたの。元々雪の専属って契約だったから、雪が辞めるなら私もって、決めていたことだったけど」

「……そっか。これからどうするの?」

「しばらくは、ただの雪の保護者ね。家にはいるから、家事とかは基本的に私がやるわ」

「その後は?」

「……そうね。私は正直、雪が居てくれればそれでいいのよ。雪のおかげでたんまり貯金もあるし。少なくとも、あなたが就職なりして、独り立ちするまでは、ここであなたの母親をやるわ」

「―――――。いいの?」

「ええ、そのほうが、あなたも寂しくないでしょ。あ、でも今はもう飛鳥ちゃんたちがいるから、私は必要ないかしら?」

「そんなことない。夕が居てくれないと、ボクも困る」


 そう言うと、夕は優しく微笑んで「ありがとう」と言った。


「なら、そういうことだから、よろしくね、雪」

「うん、よろしく、夕。……あ、

「……んっ。なんかくすぐったいわね。普通に夕でいいわよ。というかそう呼びなさい」

「え~、どうしようかな~」



 ―――さっき、夕はありがとうと言ったけど、それはボクのセリフだ。


 今までも夕とは一緒に過ごしていたし、うちに何度も泊まってはいたけど、あくまでマネージャーとして、名目上の保護者として一線を引いていたけど。


 それが無くなって、本当の意味で母親になると言ってくれたのだ。家族のいないボクにとって、それがどれだけ嬉しいことか。


 だから、本当に、ありがとう、夕。



「……ま、夕が居てくれた方が楽できるのは確かだし、これくらいにしてあげる」

「なにかムカつく言い方だけど、今回だけ許してあげるわ」

「「……………ぷっ」」


 あはは……と、静かな夜に、静かな笑い声が響いていた。

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