第38話:生徒会、お仕事スタート?
「こほんっ。ごめんね、取り乱しちゃって」
「いや、大丈夫」
「えへへ、本物の歌姫とこうして話せるなんて、滅多にない機械だったからさ。テンション上がっちゃって」
あの後、どうにか落ち着きを取り戻した美雨達は、少し恥ずかしそうにしながらそう言った。
「天音先輩、サインありがとうございます」
「ありがとう! 雪先輩!」
「どういたしまして。でも、ボクはもう歌姫じゃないから、そんなに価値があるとも思えないけど」
「そんなことないわよ。むしろこれから先はプレミアが付くほどの価値になるはずよ。雪君はそれだけ日本にとって超貴重な存在なのだから」
「そ、それは大袈裟な気が」
「いえ、決して大げさでは無いかと。むしろ、歌手を引退した今、今まで以上にサインはおろか、告白も相当増えると思いますよ」
「え……」
「そうだよね~。だって今まで雲の上の存在って思ってた人が、今は自分たちと同じ場所にいるんだって思うもん。まあそれでも高嶺の花だけどね」
そうなのか。考えもしなかったというか、確かに今までにも告白されたことは何回かあったけど。そんなに言うほど増えるの? ボク大丈夫かな。
「……ふむ。雪君、一つ言っておきたいのだけど」
「何?」
「いくら引退したとはいえ、君のファンであり続けるという人は大勢いる。断言していい。そしてその中には、おそらく不審な行動をする人もいるかもしれない。一般人になったからといって、あまり周囲に気を緩めるのは避けた方がいいよ」
「………わかった。けど、不審な行動って?」
「そうね……」
少し考えた後、美雨はボクの方へ近づいて来たかと思うと、椅子に座っているボクの上に乗り、ボクの首に腕を回す。要するに抱き着いた形となった。
「え……あの、美雨」
「じゅるり……例えばこうやって、無遠慮に君に近づいて……その可愛らしい唇を奪ったり……」
そう言いながら、舌なめずりをしてさらに顔を近づけてくる。あと数センチでキスしてしまいそうな程の距離になった。
「ちょ…美雨!?」
「あ~! こら会長! 何やってるんですか! 離れてください!」
「はぁ。やっぱり我慢できなかったんですね」
「あはは! 会長は女の子好きだからね!」
「ボクは男なんだけど!」
「雪君は特別だよ。色んな意味で、ね」
「い・い・か・ら! 離れてください!」
「あら」
友里に襟をつかまれてヒョイと引っ張られる美雨。
正直ホッとした。でも今ので彼女の噂は本当だという事が証明された。
……ボク、ほんとに大丈夫だよね。
「残念。まあ機械はこれからいくらでもあるし、今はいいかな」
「今後も控えてくれない?」
「それより、雪君には早速仕事をしてもらうわね」
「無視?」
「まずはそうね………お茶を入れてくれないかしら。隣の部屋でこれに着替えてからね」
そう言ってどこから取り出したのか、ある服を掲げた。
それは……。
「メイド服?」
「そう! ぜひ雪君には、メイドになって私にご奉仕して欲しいと思ってたのよ! どう」
「いやだけど」
「そこをなんとか!」
「いやだけど」
「ぐぬぬ……仕方ない。これはあまりやりたくなかったのだけど。雪君、これは会長命令よ。メイドになって生徒会メンバーに奉仕すること。これが君への救済措置よ」
「――――――――」
絶句した。まさか救済措置がそれだったとは。
「………本気?」
「ええ、本気よ」
「…職権乱用」
「ふっ、そんなもの、雪君を目の前にしたこの私には関係ないわ」
美雨はババンッ! と効果音が鳴りそうなほどのドヤ顔をした。
「……はぁ。もう女装は無いと踏んでたけど、甘かったのか」
「あ、あはは」
「まあ、そこはもう天音先輩の容姿が女性である以上は、仕方ないかと」
「………そっか」
もう考えるのも疲れたので、ボクは完全に諦めた。
「じゃあ、着替えてきます…」
「うん。あ、何ならここで着替えても」
「着替えてきます!」
ボクは生徒会室の隣の部屋に入り、着替え始める。
「はぁ。まさかこんなことになるなんて…」
完全に想定外だ。ただ普通に仕事を手伝うものだとばかり思ってたし、先生もそんなこと言ってたのに。
文句垂れながらも着替え終えると、再び生徒会室に入った。
そしてみんながボクの姿を見ると、瞬時に固まった。
「「「「……………」」」」
「あれ、どうしたの」
「あ、ああうん。いや、思った以上に、似合っているから、驚いて」
「うん。天音君すっごく可愛いよ」
「はい。驚きました」
「雪先輩ちょー可愛い!」
「…はぁ。どうも?」
みんなが口を揃えてボクを褒めてくれるけど、あんまり嬉しくはないかな。
「こほんっ。さて、それじゃあ雪君、早速お願いできるかな」
「あ、うん………いえ、かしこまりました」
「……っ! あ、天音君? 急にどうしたの?」
「何か?」
「いやだって、急にかしこまったしゃべり方になってるから」
「メイドですので」
「……もしかして、気に入ってますか」
「いえ、ただこれがわたくしの仕事となれば、こうするのが妥当かと」
「ほぇ~…これも歌手としての表現力的なやつですか」
「完全になりきってますね。さすがです」
「お褒めに預かり、光栄です」
まあここまでする必要は無いと思うけど、なんか仕事って聞くとどうしてもその役になりきろうとする自分がいるんだよね。うん、これは仕方ない。決してちょっとだけ楽しいとか、そういうのじゃないからね。
「ではお茶の準備を致しますので、少々お待ちください」
「あ、うん。お願いします」
「なんで会長まで敬語になってるんですか」
「い、いやぁ…なんだかむずがゆくて……それにしても、メイドの雪君か。いいわね」
「否定はしませんが」
その後みんなに紅茶を入れてあげた。なんだかみんなじっくり堪能していて優雅な一時になってたけど、仕事って今日もあるんだよね?
――――ほんとに大丈夫なんだろうか。
ボクはもう何度目かもわからない心配をするのだった。
「というかこんな姿、飛鳥達に見られたら大騒ぎだよね………」
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