第36話:ついに最後、最高のステージで?

 北海道、スーパーアリーナにて、今日はボク、天音雪の最後のライブが行われる。


 会場はすでに観客で一杯になり、もうたくさんのサイリウムを照らしている。


 観客数はおよそ2万越えらしい。更には今回特別に、会場に来れない人向けにも見れるよう、動画配信をリアルタイムで行うとのこと。今までの中でも一番規模が大きいライブとなっている。


 舞台袖からボクと飛鳥達がその様子を見ていた。


「うわぁ、すっごい人」

「これ全員雪さんのライブ見に来てるんですよね」

「改めて見るとほんとすごいな」

「こ、こんなに大勢の人の前に立って、歌うんだよね、姫様は」


 ボクはまあ、この人数は初めてだけど、何度もやってきたことだから慣れているが。みんなは初めての規模だから圧倒されていた。


「雪、衣装の準備できたから、着替えてきて」

「わかった~」


 夕に言われてボクは更衣室へと向かった。今日の衣装は最後ということもあり、短い時間の中ではあるけど、すごく綺麗に仕上がっている。


 ………仕上がっているのはいいんだけど。


「いや、とにかく着替えよう。お願いしていいかな」

「はい、お任せください」


 衣装担当の人に着せてもらい、「とてもよくお似合いですよ」とコメントを貰ってから、更衣室を後にする。


 みんなのところに戻ると、全員驚いた表情でこちらを見ていた。


「雪……それって」

「……これは待ち受け決定ね」

「姫様超綺麗!」

「はい! まさに歌姫って感じですね!」

「……本人からしたら、微妙な気持ちだろうな」


 そう。今着ている衣装は、完全に女性用の、青を基調としたロングドレスなのだ。


 今までの衣装でもそれっぽいのはあったけど、ボクがあくまで男性であることを考慮して作られていたのだが、最後の最後で露骨にしてきた。確かにすごく綺麗なんだけどさ…。


「良く似合ってるわよ、雪」

「ありがとうだけど、最後の最後にやってくれたね」

「ふふっ、みんな歌姫としての最後を見届けたいという思いで作ったのよ」

「…まあ、そういうことなら」


 渋々納得した。実際みんなのその気持ちはとても嬉しいからね。


「さて、そろそろ開始の時間よ。準備はいいわね?」


 ボクは一度深呼吸をしてから、ステージを見据えて言った。


「うん。いつでもいいよ」

「開始時間です! 天音さん、よろしくお願いします!」


 スタッフがそういうと、ステージのライトが一度消えて、会場は暗くなる。


「じゃあ、行ってくるね」

「雪、頑張ってね!」

「ここから見ていますからね!」

「悔いのないようにね」

「頑張れ、姫様!」

「行ってこい、雪!」


 そしてボクはステージに上がった。


 上がると同時にライトアップされ、一度静まっていた会場は一気に沸騰した。


 ボクはみんなのテンションが上がったことを確認した後、早速一曲目に入る。


 一曲目は“焔”。会場を最初から盛り上げるなら、この曲だろうと決めていたのだ。そしてボクの狙い通り、歓声はさらに大きくなる。


 続いて“To get up again”。盛り上がったテンションを一度落ち着かせ、かと思いきや速いテンポに入って再び会場を盛り上げた。


「「「「ワァァァァァァ!!」」」」


『ふぅ。みんな、今日は来てくれてありがとう! それから、動画で見てくれている人達も、ありがとう! 今日は最後のライブになります! 今まで以上に盛り上げていくから、みんなもよろしくね!』


「「「「オォォォォォォ!!」」」」


『それじゃあ三曲目! 行くよ!』


 そうしてボクは三曲目、四曲目と次々と歌っていく。



 ―――一曲歌うごとに、思い返す。


 過去、両親を亡くして、歌を諦めかけたこと。


 ボクが苦しむたび、悲しむたびに、夕が支えてくれたこと。


 ゴールデンウイーク、みんなで旅行したこと。


 飛鳥が、ボクの両親への罪の意識は間違いだと、気づかせてくれたこと。


 みずなが転校してきて、何やら飛鳥と対立? していたこと。


 夏になり、色んなことを経験したこと。


 途中将来のことで迷って、悩んで、それでもみんなに支えてもらって、答えを出したこと。


 今、改めて思う。ボクは本当に幸せ者だ。こんなにたくさんのことを経験して、たくさんの人達に支えてもらって。


 今ここに、こうして立っていられるのは、みんなのおかげだ。


 今、夢を叶えられたのは………。


『……………っ』


 いつの間にか、涙が出ていた。


 けれど、それでもボクは歌い続けていた。



 ――――その様子を、私達は見ていた。


「雪……」

「な、何かあったのでしょうか」


 みんなが心配する中、夕さんは違うかな、と言う。


「多分、色んなことを思い返してるんだと思うわ。これが最後だし、今まで多くの事を経験をしてきた雪だから。両親の夢でもあるもの。このライブへの思いは、正直私では計り知れないわね」

「そっか、そうですよね。これで、最後なんですから」

「ええ、けど、私達が暗くなる必要は無いわ。しっかり、応援しましょう」

「だな!」

「うん!」


 気持ちを切り替えて、私達は再び応援に専念する。



 ――――何とか終盤まで歌い切り、いよいよ最後の一曲となった。


 最後に歌うのは、以前未完成ながらに歌った“旅の果て”を改めて作り直した歌となっている。これは夏休み中に作れと言われていた新曲でもある。どうにか完成してよかた。


 以前は6日間のライブツアーで得た経験と感じた思いを基に作っていたけど、今度は全く違うものとなっている。


“旅の果て”とは言うけれど、この歌は、歌姫としての旅を一番と二番に、そしてこれからは新たな旅が始まる、という意味の歌詞を三番に書いた。


 自分もみんなも、これから先、いろんなことがあるけれど、それは今まで経験したことのどれかが、必ず役に立つだろう、だから何事も諦めずに突き進もう。そういうメッセージを含んだ曲だ。


『最後に………みんな、今まで本当に、ありがとう』


 ――ボクは最後にこの曲を、ゆっくりと感謝の気持ちを込めて歌ったのだった。





 ――――数日後。


 ボクは正式に歌手を引退した。


 もう会見も済ませていたからか、そこまで世間が騒ぎ立てることは無かった。まあ、クラスメイトの大半は、大泣きしてたけどね。


 とにもかくにも、これでボクはただの一高校の一生徒ということになった。


「さて、と。これからどんな日常が待っているやら」


 そんなことを思い、ボクは席を立ち上がろうとした…ところで、机の中から一枚の紙が落ちる。そして同時に、何か大事なことを忘れている気がした。


「あれ、なんだっけ」


 思い出せないまま紙を拾い上げると、そこには見覚えのある内容が書かれている。


 …………………あ。


「忘れてたーーー~~~!」


 ボクは頭を抱えて思わず叫んだ。


「ど、どうしたの雪!」

「何か慌てているようだけれど」

「い、いや、その~………実は、単位が足りなくて、このままじゃ留年しそうなんだった」

「「………え」」

「「は…………?」」



「「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」」


 ――――さて、どうしようか。


 一応救済措置はあると言われてるけど、ぶっちゃけお先真っ暗と言っても過言じゃないこの状況に、ボクは結局頭を悩まされるのだった。

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