第34話:夏休み、最後の日に?

 残りの夏休みは全て返上し、ボクはライブに向けての練習と打ち合わせを行った。

 もう空回りなんてことは無いけれど、やっぱり今まで以上に気合が入る。


 ―――ボクと両親の歌手としての最後の夢、絶対成功させたい。


 そんな思ういを胸に毎日練習に励む。………のだが。


「はい、オーケーよ。じゃあ次に行きましょう」

「はぁ……はぁ……ちょ………まっ」


 今も絶賛体力を作るため練習……20㎞のランニングをしていた。


「ライブは次なんて待ってはくれないわよ」

「はぁ………はぁ………お、鬼コーチ」


 鬼コーチ、もとい夕は、一緒に走っていたはずなのにまったく疲れた様子が無い。どうなってるんだろうか…。


「それにしても、そんなに体力無いのによく今までライブできたわね」

「ふぅ……むしろ夕がおかしい気がするんだけど」

「そうかしら。…ほら、息を整えたなら次に行くわよ」

「はぁい」


 ―――気合はあるけど、夕に根こそぎ削られそうだ。



 さらに数日経過し、メディアを通して引退を発表した。心底驚いた声が鳴り響く中、ボクが思いの丈を伝えると、記者は質問をこれでもかというほどしてきたけど、最後は納得して少し早めのお疲れ様を言ってくれた。


 記者会見が終了し会場を出ると、プロデューサーの次郎とディレクターの伸介がいた。


「やあ天音君。お疲れ様」

「お疲れっす、雪君」

「次郎、伸介。来てたんだ」

「まあね。なんせ歌姫の引退宣言なんだ。直接挨拶しておきたいってものさ」

「そうそう! 俺達は北海道には行けないし、これが最後になるかもしれないからさ」

「そっか。そうだね」


 次郎は手を出して握手を求め、ボクはそれに応じた。


「今まで世話になったね。君にはいつかきちんとした形で恩返ししようと思ってたんだが」

「あはは、いいってば。お世話になったのはボクも同じだもの」

「ふふ、そうか。歌姫にそう言ってもらえるなんて、これ以上光栄なことはないね」

「大袈裟だなぁ」


 お互い笑い合って手を放す。

 そして今度は伸介と握手する。


「俺も、今までお世話になったっす。感謝してます」

「うん、ボクもだよ。………あんまりナンパして、次郎に怒られないようにね」

「あはは……肝に銘じとくっす」


 そう言って手を放し、改めてお互いに感謝する。


「本当にありがとう。これから何をするかは聞かないが、頑張ってくれ」

「元気でね、雪君」

「うん、二人も元気で」


 手を振って二人に別れを告げたのだった。



「歌姫が引退……すか」

「ああ、だがいいんじゃないか? まだまだ人生これからとはいえ、もう十分以上に頑張り、結果を出してきたんだからな」

「そうっすね。俺達も負けてらんないっすよ、種島さん!」

「ああ」



 ―――さらに数日後、いよいよ夏休み最後の日となった。

 今日は練習は休みで、とあることをしていた。


 それは……。


「雪、宿題大量に残ってるね……」

「ま、まあ結局夏休み中忙しかったもんね、仕方ないよ」

「けどこれ、今日中に終わるのか?」

「終わらせるしかないわね、なにせ明日から学校が再開するのだから」


 そう、明日から学校再開……だというのに、ボクの宿題は以前の読書感想文以来、一切手を付けられていない。そのため駿介の言う通り、今日中に終わるかわからないレベルになっている。


「う~、結局こうなった~」

「アハハ……、まあまあ、私達も手伝うからさ、がんばろ?」

「そうですよ、もうやるしかないんですから」

「ありがとう、飛鳥、みずな」


 ちなにみ今、ボクの部屋のリビングにみんなが集まっている。

 昨日これはまずいと思って、みんなに助けを求めたのだ。するとすぐに全員から返信が来て、了承してくれた。優しいなぁ。


「さ、それじゃ早く始めましょう」

「そうだね、誰がどれを担当しようか」


 みんなで分担して終わらせる作戦となっている。というかそうじゃなきゃ絶対終わらないから。


 その日は夜まで宿題に取り掛かり、みんなのおかげで何とか片付けることが出来た。


「ふぅ……何とか終わったねぇ」

「疲れたぁ~」

「もう腹減って動けねぇ」

「そうね、さすがに疲れたわ」

「へとへとです~」

「みんなありがとう。ほんとに助かったよ。それで、よかったら夕食はうちで食べて行かない? お礼もかねて」

「……それってもしや、雪の手作り」

「うん。あ、出前取る?」

「雪の手作りで! お願いします!」

「私も! それがいいです!」

「あ、うん。じゃあ準備するから、みんなは待ってて」


 ボクはそう言い残し、黒いエプロンをつけてキッチンに向かった。



 私達はお言葉に甘えて、リビングで待ちながら、雪の料理している後姿を眺めていた。


「雪のエプロン姿…いいね」

「うん。同感」

「お前ら…まったくブレないよな」

「まあ気持ちはわかるわ。あの小さな背中の愛らしさ、たまにチラっと見える白くてきめ細かな肌のうなじ。小さく揺れる銀髪の髪。……最高ね」

「うん……とりあず鼻血拭こうね、怜奈ちゃん」

「あら、失礼したわね」

「ほんと、ブレないな」


 けど本当に可愛い。もう今まで何度言ってきたかわからないけど、ほんと可愛い。この場に私しかいなかったら、もう速攻で抱き着いてたかもしれない。っていうか襲うまであるかも。


「それはそうと……もう夏休み終わりなんだね。あっという間だったなぁ」

「そうだね。明日から学校だと思うと、ちょっと憂鬱かも」

「それに……雪さんの引退も、もうすぐそこなんだよね」

「ええ、なんだか悲しいというより、感慨深いというか……とにかくお疲れ様と言いたくなるわ」

「うん。そうだね」


 夏休みが終わって約二週間後に、最後のライブが行われる。私達は今回、夕さんに招待されて、舞台袖から見させてもらうことになっている。まあ例によってチケットを取れなかったから、というのもあるけど。


 夕さん曰く、彼の最後の舞台をより近くで見ていて欲しい、とのこと。私達にとっては嬉しい限りなので、すぐに「絶対行きます」と返事をした。


「雪の歌姫としての最後、ちゃんと見届けようね」

「ああ」

「うん」

「もちろん」

「ええ」


 私達はその後も、雪の料理している姿を眺め、こっそり写真を撮るのだった。

 ああ、可愛いなぁ。

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