第32話:夏休み、みずなの決断?

 社長から重大報告があってから、4日が経過した。あれから雪は事務所にある特訓室で歌の練習をしている。


 今日も、もう日も暮れているのに、朝からずっとだ。


 今まで以上に気合が入ってると思うけど、どこか空回りしているようにも見える。やはり、あの時の話が気になってしかたないのだろう。


『………難しいね、未来を決めるって』


 あの言葉、まるで弱音をつい吐いてしまったかのような言葉は、両親を亡くして以降、久しぶりに聞いた気がする。


 やっぱり相当迷ってるのよね。私には、何も出来ることってないのかしら。


 最近はそんな事ばかり考える。保護者として、マネージャーとして、あの子にしてやれることって、何も無いのかしら。


 そう考えていると、ようやく練習を終えて、雪がこちらにやってくる。


「お疲れ様、雪」

「うん、夕もね」


 朝からずっとやっているにも拘らず、汗一つ見せていない。こればかりはさすがというか、むしろ異常というか。


「けど、さすがにやり過ぎよ。これを続けていたら、いつか倒れてしまうわよ」

「大丈夫だよ、休憩だって適度に取ってるし」

「そういう事じゃなくて…」

「今日はもう終了! 帰ろう?」


 私の言葉を遮って帰宅を促す雪の表情は、やはり思いつめているように見えた。



 練習が終わってマンションに帰り、そのまま服を脱いでお風呂に入る。夕は用事があるからと言って今日はまっすぐ帰った。


「………ふぅ~」


 湯船に浸かると思わず息を吐く。相当疲れているのだろう。


 分かってる。夕の言う通り、今かなりハードワークになりつつある。このまま続けるのは良くないことも分かってる。


 ――――けど。


「何かに夢中になってないと、気が滅入っちゃうんだよなぁ」


 社長が言った言葉、夕が言った言葉、ボクがどうしたいのか、色んなことがごちゃ混ぜになって訳がわからなくなってしまう。


 ただ、社長が言ったことは、結構きになってるかもしれない。


「ただの学生になる、か」


 毎日ちゃんと登校して、勉強して、友達と遊んで。学生らしいことに専念する。


 ――――


 そういう人たちを見て、羨ましいと、一度も思わなかったなんてことはない。何度も思ってきた。特に両親を失った後、何でこんなことをしてるんだろうと、思った時もあった。


 でも、やっぱり歌が好きだから。これしかないんだって、。だから続けたんだ。両親の夢を叶える意味でも。


 じゃあ今後も続けたいのかな。わからない。ボクは………どうなりたい?



 長風呂になってしまった。

 茹で上がった状態でお風呂から上がり、リビングに戻ると、テーブルに置いてあった携帯から着信音が鳴り響く。


「ん、飛鳥から?」


 メッセージが届いていたので見てみる。


『お仕事お疲れ様! ちょっと話したいことがあるんだけど、今から電話できるかな?』


 何だろうかと思いながらも『いいよ』と送ると、すぐに電話が掛かってきた。


「もしもし」

「あ、もしもし、雪。お仕事お疲れ様。順調そうかな?」

「ん~、まあボチボチかな。それでどうしたの?」

「あのね、今度の土曜日に夏祭りがあるんだけど、雪も行かない?」

「あ~、ボクは練習があるから…」

「大丈夫! それなら夕さんからお休み貰ってるから!」

「え、いつの間にっていうか、なぜに飛鳥が…」

「えへへ、とにかく、土曜日は来ること! 分かった?」

「そしてもはや強制……いいけど。わかった、土曜日ね」

「うん! 18時いつもの噴水前に集合ね! それじゃ!」


 飛鳥は用件だけを伝えて電話を切る。


 それだけならメッセージでもよかったのでは……。


 そんなことを思った。



 時は過ぎ、約束の土曜日。

 時間通りに噴水前に来ると、すでにみんなが揃っていた。というかボク、毎回一番最後な気がする。


「おまたせ」

「おう、お疲れさまだ、雪」

「こんばんは、姫様」

「来たね、雪! それじゃ早速行こう!」

「おー!」


 テンションがすでに高いみんなは歩き始める。夏祭り会場はここから10分程度の場所にあり、モールに近いことから人だかりは凄いことになっている。


「やっぱり人多いね~! さすが都会!」

「なんで急に田舎者のセリフっぽいことを…」

「田舎もたまには良さそうじゃない? 今度行ってみる?」

「時間があったらね」

「あ! わたあめ! 超おっきいやつだよ! 食べよう!」

「あ、ちょっと美乃梨ちゃん! はぐれないでよ!?」

「私も食べる~!」


 美乃梨とみずな、飛鳥は早速露店へと走って行った。


「元気ねぇあの子たち」

「怜奈は楽しくないの?」

「あら、十分楽しんでいるわよ。……私より、姫様の方があまり楽しんでなさそうに見えるわよ」

「…………そんなことは」


 あるかもしれない。実際、頭の中はずっとライブとその後の話ばかりだ。せっかくお祭りに来ているというのに。


「あるみたいね。けど、今遊んでおかないと、後が持たないかもしれないわよ」

「え……」


 どういうこと、と聞く前に怜奈が続けた。


「聞いたわ、ハードワーク気味なんですってね。それに、今後のことで悩んでいると」

「…………話したんだ、夕」

「ええ、みんな聞いてるわ。勝手に話してあなたに怒られるのを覚悟でね」


 それはつまり、そこまで夕に心配かけてしまったということだ。反省するべきはボクの方だろう。


「怒らないよ。心配してくれたんだから」

「ふふっ、そうしてちょうだい。それで、話を聞いたうえでの私の意見だけれど…」

「うん」

「あなたの好きにすればいいと思うわ」

「…………えっと、それでどうすればいいか分からないから、悩んでるんだけど」

「そうね、けど、私から、私達から言えることなんて、それくらいしかない。人の人生に口を出して、責任を取れる保証もないもの」

「それはそうかもしれないけど」

「私達はあくまで、こうして一緒に居て、遊ぶくらいしかできないし、それでいいと思ってる。それが最終的に、あなたの支えになるのなら」

「―――――」


 そっか。

 怜奈達が今日お祭りに連れてきたのは、そういう理由もあるからなんだ。


 ………いい友達を持ってるんだなぁ、ボクは。


 いつもわかっていたはずの事なのに、今改めて実感した。


「……ありがとう、怜奈。駿介も」

「ええ」

「はは、俺は何も」

「一緒に居てくれてるでしょう? だから、ありがとうだよ」

「……おう」


 二人は素直に感謝を受け取った。


 ……ところで。


「あれ、飛鳥達は?」

「あら?」

「……おいおい、はぐれたんかい」


 飛鳥達はどこにも見当たらなかった。さっきまですぐ近くの露店に居たはずなんだけどな。


「ん~、よし。ちょっくら探してくるわ。一応携帯見れるようにしておいてくれ」

「わかったよ」

「なら私も探しに行くわ。見つけたら、あのビルの屋上で合流しましょう」

「うん、ボクも探してみるね」


 ボク達はバラけて飛鳥達を探すことになった。



 探し始めて10分くらいだろうか。露店が並ぶ道をひたすら歩いていると、見覚えのある後姿があった。


「みずな!」

「………あっ、雪さん! よかったぁ、やっと会えましたぁ」

「もう、どこ行ってたのさ、みんな探してるよ?」

「ごめんなさい、人の流れに逆らえず、ここまで……」


 しくしくと泣きそうな顔をしながら言っていた。なんだかその光景が容易に想像できてしまった。


「それで、飛鳥と美乃梨は?」

「途中ではぐれてしまって……今どこにいるかまではわかりません」

「そっか」


 どうしようかと考えていると、みずながボクの服の袖を握った。


「あの……少し、お話ししたいことがあるのですが、いいでしょうか」

「え? うん、構わないけど………場所変える?」

「はい」


 ボク達は少し開けた場所まで来て、ベンチに座った。


「それで、話って?」

「……雪さん、私、好きな人がいるんです」

「好きな人?」

「はい。その人はいつも夢に向かって一生懸命で、人望もあって、優しくて、可愛くて、声が綺麗で、いつも笑顔でいて、私の歌手としてのライバルでもあって。その人は、歌姫とも呼ばれてるんです」

「―――――」

「でも、最近は将来のことですごく悩んでて、苦しんでます。………できることなら何とかしてあげたいですけど、私には無理そうです。できるのは、応援くらいなので。なので……」


 みずなは、ボクの目を見て、言った。


「私、その人を諦めます。この感情は、純粋にその人を応援するには、邪魔になってしまいますから」

「………みずな」

「だから、雪さん。私は、雪さんのことを応援します。たとえどんな答えを出そうとも、私は雪さんの味方ですから。それだけは、忘れないでくださいね」


 言葉が出なかった。だってそれは、そんな簡単に出来ることじゃない。好きな人を諦めるって、そんな簡単に出来ることじゃない。ボクにだって、それくらいは分かる。


 今、みずなは凄いことを決断したんだ。それも、自分のためでなく、ボクのために。


そしてみずなは最後に問う。


「それで、雪さんは、これからどうしたいですか?」


 これからどうしたいか? ? ボクがやりたいことは……。


 ―――――あっ、そっか。それはもう、わかりきってたんだ。


「……みずな、ボクは……ボクも、頑張るよ。ちゃんと、決める。ううん………」


 決めたよ。これからのこと。

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