第31話:夏休み、大事な話をしよう?
夏休み二週間後、今日は仕事が終わると社長から呼び出しがあり、ボクと夕は事務所へと足を運んでいた。
「やあ天音君。お仕事お疲れ様」
「うん、社長もね。それで、話って何?」
「ああ、実はね、一週間くらい前に、君宛にあるオファーが来ていてね。それに参加するか否かを、考えてみてほしいんだ」
「オファーって?」
社長は一枚の紙を取り出すと、ボクに渡してきた。
その紙に書かれているのは――――。
「『World Song Fes』? えっと、確か世界中の歌手が集まって行うフェス………ん? あれ、見間違いかな……ボクの名前があるような」
「安心したまえ、本当に君の名前が書いてあるとも」
「………ぇえええええええ!?」
ボクが……世界!? ワールド!? 本当に!?
「え、これ、ボクが出るの?」
「君が了承してくれればね。ただ……」
「……ただ?」
社長は少し言いにくそうにしている。なんだろうか。
「……実はもう一つ、君に報告があってね」
「もう一つ?」
「うん。……………北海道の、スーパーアリーナでね。天音君のライブをもう一度やろうってことになっててね。それも、夏が終わってすぐなんだ」
「―――――――え?」
北海道、あの場所で…………お父さんとお母さんの、ボクの、あの夢の舞台で、もう一度。
「…………ほんと? それ」
「うん、急なことで申し訳ない。これについても、君の返答次第ということになっているのだが、どうだろうか」
「やる」
自然と即答していた。ずっと叶えたかった夢が、突然とはいえすぐそこにあるのだ。やらない理由がない。
ただ、ボクの返事を聞いた社長は、少し渋い顔をした。
「そうか。なら、そっちについてはやる方向で準備を進めよう。天音君にももちろん、ライブの準備を進めてもらうから、夏休みはあまり取れないと思っておいてね」
「うん、わかった」
「それから、ここからが本題とも言えるのだけど……………天音君。君はその北海道でのライブが終わった後、つまり君の夢が叶った後、それでも歌手を続けるかい?」
「………ぁ」
そうか。ボクは前から、この夢が叶ったら歌手を続けることは無いかもしれないと、自分でも考えてたじゃないか。
けど――――。
「ごめん、その答えはまだ……自分でも、どうしたいのかわかってない」
「そうか。いや、いいんだ、焦らなくても。ただ、もし続けることが無いなら、『World Song Fes』の話はキャンセルということになる。それはつまり、君のさらなる可能性を潰してしまうということだ」
「社長! それは……っ!」
夕が止めに入ろうとしたが、社長は手を挙げてそれを制した。
「もちろん、だからと言って君が自信を責めることも、私達が君を責めることも無い。これはあくまでも、天音君自身の人生の話だからね」
「…………」
「…………正直なところ、私はいっそ、引退して本来のもっと学生らしいことに専念してもいいんじゃないかと思ってる」
「………学生らしいこと?」
「ふふっ、今君がこの夏休みで体験した事も然り、普段の授業、お友達と顔を合わせ、おしゃべりするだけのなんてことない毎日。君はそういったことを、これまでの人生でほとんど経験していない。まあそれは、仕事を入れ過ぎた私達大人に責任があるのだがね」
「……そんなこと」
「だからこそ、これを機に、ただの学生になる、という選択もありなんじゃないかなって、私は思う」
「……………」
「まああくまで、君を見てきた私の個人的な意見だ。結局どうするかわ、君次第だ。……まだ時間はある。ゆっくり、考えてくれ」
「……うん」
社長の言葉は、どちらかといえば親の目線での意見だろう。小さいころからボクを見てきた社長だから、そういう意見になるのだろう。とても嬉しかった。これほど考えてくれる人がいることが。
「一先ずは、ライブの準備だね。ボヤボヤしてると夏なんてあっという間だからね。早速明日から準備に取り掛かる。有坂君、天音君のことは頼んだよ」
「はい」
「では天音君、明日からよろしく頼むよ」
「ん、了解」
なんにせよ、夢が叶うのだ。中途半端ではいられない。………けど。
ボクは気持ちを切り替えようとするが、やはりどうしても気になってしまうのだった。
帰宅して部屋に入るなり、ソファにダイブしてクッションに顔をうずめる。夕の車の中でもずっと考えていたけど、やっぱり答えが出なかった。
夕は特に何も言わずにいたけど、どう思ってるんだろう。
前はどっちにしても保護者であることは変わらないと言ってくれたけど。
ボクはソファの前に座ってコーヒーを飲んでいる夕に問いかける。
「ねぇ、夕」
「何? あ、コーヒー飲む?」
「ううん、いい。………夕はさ、どう思ってるの?」
私は雪に問いかけられ、少し考える。
正直私も社長とほぼ同じかもしれない。ずっと雪を見てきたからこそ、保護者であるからこそ、もういいのではないかと、そう言ってしまいそうになる。
別に引退することが悪いなんて誰も言わない。きっと誰もが、なんだかんだで最後はお疲れ様と言ってくれるだろう。雪はそれだけのことをやってきたのだから。
でも………心のどこかで、続けてほしいとも思ってる。個人的には、あの歌声をもっとずっと聞いていたいと思うから。
「………正直、半々と言ったところね」
だから、中途半端な答えしか、私には出せない。
「半々? 続けてほしいのと、辞めてもいいのとってこと?」
「ええ、私は保護者でありマネージャーだもの。もういいんじゃないかとも思うし、この先も歌を聞きたいとも思うし。だから、半々としか言えないわ」
「そっか」
「………ごめんさないね、もっと何か言えればよかったのだけど」
「ううん、いいんだ。ありがとう、夕」
雪はそう言いながら、私の背中に頭をコツンとくっ付けると……。
「………難しいね、未来を決めるって」
きっと誰もが思って、実感していることを、雪がおそらく初めて感じた瞬間だった。
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