第30話:夏休み、ナンパには注意しよう?

 ボクと夕、目は開けられるようになったものの、未だ痛そうにしている駿介の3人で更衣室に向かい、それぞれ着替える。


「……なあ雪」

「うん? 何?」

「……あー、その。多分、なんだが。上に何か着た方がいいかもしれないぞ」

「……そう? あ、日焼け防止とかってこと?」

「そ、そんな感じだ。ほら、やっぱテレビ出る人だし、歌姫ともあろうお前が、日焼けした姿で出るってのも、なぁ?」

「うーん、まあ気にはなっちゃうかなぁ。わかったよ。……えーと、確か白の半袖のパーカーが……」


(ホッ。よかった、着てくれるみたいだ。正直男だとわかってる俺ですら、雪の裸は直視出来ないからな。他の奴らもそうだろうし、知らない奴らは何しでかすかわかんねぇからな)


「あった。……これでいいかな。……駿介、どうかしたの?」

「ん? いや、なんでもない。行こうぜ」


 更衣室を出ると、夕も着替え終わって既に待っていた。


 夕は怜奈と同じタイプの水着で、色は赤。大人っぽい雰囲気にセクシーさも加わって、とても魅力的だ。


「夕も似合ってるね」

「ありがとう。それより雪、ちゃんと上に着てきたのね。言い忘れていたから、心配だったのだけれど」

「あ、うん。駿介が言ってくれた」

「あらそうだったの。ありがとう、福谷君」

「いえ、なんつーか、着なかったらどうなるか、容易に想像できたんで。……まあぶっちゃけ、着たところでって感じはありますが」

「……ま、まあ着ないよりはマシよ。そう思いたいわ」

「何の話?」

「何でも無いわ。さあ、行きましょう」



 私は心配している。何に対してといえば、もちろん雪のこと。あの子普段から後ろ髪を一つ結びにして伊達メガネをかけるという、軽い変装くらいはしてるし、それで歌姫だとバレたことは意外と数少ない。ただ、その美貌は隠しきれず、視線を集めていたのは確かなのだ。


 ナンパだけならどうにかなるでしょうけど、相手が勘違いして無理やり襲ってきたり、なんてことになったら。


「夕、どうかしたの? 難しい顔してるけど」

「え? あ、いえ。何でも無いわ。それよりも雪、一応周りには気をつけてね」

「……? うん、わかった」


 そうは言ったものの、やはり心配なのは変わらないのだった。




「雪も水着似合ってるね!」

「ん、ありがとう」

「でもパーカー着てるんですね。やっぱり直接肌を見せるのはマズイのでしょうか」

「……え、どういうこと?」

「あれ、そういう意味で着てるんじゃ無いの?」

「……何の話だっけ?」

「え? 姫様が女の子にしか見えないから、周りに誤解されるんじゃないかって話でしょ?」


 …………え? そういう意味だったの?


「…夕?」

「言ってなかったかしら」

「言ってない。ていうか駿介ももしかして、そういう意味で言ったの?」

「あー、すまん」


 ……なんか悲しくなってきた。


 いや確かにさ? 散々言われてきたことだけどさ? でも実際男なんだしさ。


 水着にパーカーの組み合わせは結構やる人はいるし、それ自体を否定はしないけど。でもさー、なんかなぁ。


「あ、あはは。その、あんまり気にしない方がいいよ! うん! とにかくほら、今は遊ぼ!」

「そ、そうですよ! 行きましょう雪さん! 海が私達を待ってますよ!」


 飛鳥とみずながボクの手を取って引っ張る。


 ……そうだね、せっかく来たんだし、楽しまないとね。


「それーー!」

「つめたいですー!」

「…えい!」


 ボクは無理やり気分を変えようと、二人と一緒に走って海に足だけダイブするのだった。


……パーカー濡らすわけにはいかないからね。




 ボールで遊んだり、泳いだり、砂浜で怜奈がとんでもないお城を作ったりと、遊びを満喫していた。こんなにはしゃいだのは結構久しぶりな気がする。


 少し休憩するために、ブルーシートへと戻ろうとすると、ボクの方へ二人組の若い男が近づいてきた。


「ねぇねぇ、キミ一人? 可愛いねぇ」

「いやマジでそこらの女より美人だし、色気あるしさぁ」

「…何か用?」

「へへ、これからオレらと一緒に遊ばねぇ? イイコト教えてあげるからさぁ」

「………」


 これはあれだろうか。ナンパされているのだろうか。


「けど何で男物の水着着てんの? 今ってそういうファッション流行りなん?」

「どっちでもよくね? めっちゃ可愛いことに変わりねえしさ」

「だな! んでどうよ、俺らと一緒に行かね? てか来いよ!」


 やはり勘違いしている。ボクは男だというに。


 そんな思いは当然通じず、男の一人はボクの手を掴もうとする。


 しかしその手は別の誰かに振り払われた。ボクはその人の方を見ると、満面の笑みを浮かべた夕と飛鳥が立っていた。


「あ? なにすんだてめ…」

「あらあら、どこの薄汚い輩が近づいたかと思えば、今度はそのドブのように汚れた手でうちの姫に触れようだなんて………身の程を知りなさい」


「「ヒッ!?」」


 夕の冷え切った声と表情に、二人の男は怯え始める。


「そうだよねぇ、ただチャラついただけの臭い男共に、雪に触れるどころか声をかける資格すら無いってこと、どうしてわからないのかなぁ。…ねぇ?」


「「……す、すみませんでしたぁーー!!」」


 ……飛鳥、顔は笑ってるけど、目が笑ってないよ。


 ピューッとすごい速さで走り去っていく二人。当然だろう、あんな声と表情、溢れ出る冷気であんなこと言われたら、ボクだって怖い。


「大丈夫!? 雪! 触られてないよね!?」

「あ、うん。大丈夫」

「ふぅ。だから言ったでしょう、気をつけてと。私達がいなかったら、危なかったわよ」

「ごめん」


 確かにボクは非力だし、男二人相手に力で叶うことはないから、あのまま掴まれてたら危なかった。


 ボクが歌姫だってバレなかったのは、幸いだったが。


「夕、飛鳥、ありがとう」

「ううん、雪が無事ならそれでいいの!」

「そうね、けど、今後ああいう手合いのナンパには注意しなさい。中にはあれよりもっと酷い連中もいるのだから」

「うん、わかったよ」


 結局最後まで女の子扱いされるのは、納得いかないけどね。



 その後も大いに遊び尽くし、日が暮れ始めた頃には帰り支度を済ませ、再びリムジンに乗って帰っていた。


 今日も楽しかった。これからの夏休みも、きっともっと楽しいんだろうな。


 そんなことを思いながら、外の景色を眺めるのだった。

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