第19話:いよいよ、加藤浩太登場で?

 結論から言えば、夕含めた事務所は一時的であれば、と納得した。その報告を怜奈から聞いた時飛鳥はホッとしていたけれど、ボクは逆に夕から何も連絡が来ないというのが怖くて仕方なかった。


 玄成からは伝言で「君はあんな鬼と一緒に居られるなんて、ある意味尊敬するよ」と体を震わせながら言ったそうだ。ああ、やっぱり怒られたんだね。


 けど他人行儀で居られないのは、今日は仕事があって夕に会うからだ。今から怒られるのかと思うと、ボクも体が震えてきた。


 そんなことを考えながら、校門の前で待っていると夕の車がやってきた。


 ボクの前で止まり車から降りる夕は、そのまま助手席の方に来てドアを開けてくれた。


 …無言で。


もうすでに怖い。


そう思いながらもおとなしく助手席に乗る。夕もボクが乗ったことを確認して、運転席へ戻り車を走らせる。


 走っている間もしばらく無言だったが、信号に捕まったところで、夕が口を開いた。


「…私が言いたい事、わかるわよね?」

「…ハイ」

「ああいうのは確かに本人の意思が重要よ。けどそれでも事務所からの返事が先。あなたの返事が先ではないの。わかる?」

「ハイ」


 やはり静かに、決して怒鳴るということをしない夕は、静かに怒っている。


 ボクは何も言えずにただハイと返事をするだけ。


 ただ夕はこれ以上は言ってもしょうがないと思ったのか、いつもの優しい雰囲気に戻った。


「ふぅ…。まあ、そもそもこんな事あなたがするのは初めてだし、事情は大体帝堂さんから聞いているわ」

「あ、うん。あの、いいよね? あくまで一時的だし」

「ええ、仕方ないわね。怜奈ちゃんにはゴールデンウィークの仮もあるし。それを返すという意味では、今回は目を瞑るわ」

「ありがとう、夕」


 ああよかった。夕はなんだかんだ言っても、やっぱりボクに甘「雪?」いえ何でもないですハイ。


「それより今後の活動だけど、基本的には帝堂グループが主導で行う仕事をしてもらうわ。といっても写真撮影とかCMとか、そういうのが中心になるわね」

「ん」

「それと今後は怜奈ちゃんが常に側に付くことになるわ。本当は帝堂さんか彼の奥さんって話だったんだけど、本人たっての希望よ」

「え、そうなの? 怜奈何も言ってなかったけど」

「まあ詳しいことは本人に聞いてみて」


 そうこう話しているうちに仕事場へ着く。


「それじゃあ、今日も頑張ってね、雪」

「うん」


 そして今日も仕事を順調にこなしていくのだった。




 3日後、いよいよ帝堂グループでの仕事がスタートする。夕の言った通り、CM撮影から始まりポスターの写真撮影などを中心に活動していく。


「イイねぇ! イイよイイよ姫様ぁ! 可愛いねぇ!」


 パシャパシャと写真を撮りまくるカメラマン。そのカメラに向かってそれっぽいポーズをとるボク。


 衣装は女性用の服。今流行りのファッションなんだとか。


 カメラマンは撮影前に、こういうポスター作るからそれっぽい感じ出して欲しい、というリクエスト(?) を出していた。


 …それっぽいって何。


 と思いながらもやってみたらハマったようで。でももう何十分と続いてるし、そろそろ誰かこれ止めて。


 そう思っていたら、席を外していた怜奈が戻ってききて、現状を瞬時に把握したのかカメラマンの頭を叩いた。


「イッテ!?」

「いつまでやっているのかしら?」

「ゲッ!! お嬢!? いつ戻って…」

「ついさっきよ。それで、いつまでやっているのかしら?」

「い、いや〜つい。だってほら! 歌姫を撮影できる機会なんてそうそう無いじゃないっすか! そしたらもうここでバンバン撮りまくった方がいいに決まってるっすよ!」

「…気持ちは分からなくも無いけれど、この後も別の予定があるの。その辺にしておいて頂戴」

「くぅっ! 仕方ないっすね。姫様、ありがとうございました!」

「あ、うん」


 助かった。正直これ以上は持たなかったかも。


「ごめんなさい、姫様。無理をさせてしまったわね」

「ううん、大丈夫。それより、次は何をするの?」

「そうね、次は…」

「やあ怜奈ちゃん、初めましてだね」


 次の予定を言いかけたところで、ボク達の後ろからやたらと爽やかな声で誰かが話しかけてきた。


「…加藤浩太」

「はは、他人行儀だなぁ。俺のことは浩太と名前で呼んでくれよ、愛しのフィアンセ」


 怜奈に向かってウィンクしてみせた例の加藤浩太。怜奈はそれを受けてゾゾゾッと目に見えるくらい鳥肌を立たせた。


 この人が加藤浩太かぁ。なんか如何にもって感じの人だ。


 すると加藤はこちらを見るなり「んん〜〜?」と物色というか、何かを思い出そうとするかのように顔を近づけてきた。


「…ちょっと加藤、あなた姫様に近づきすぎよ。離れなさい」

「…姫様? ……っ! まさか、君は!?」


 何かに気づいた様子の加藤。


「あの歌姫か!? まさか! なんで帝堂のとこにいるんだい!?」

「何でって、今は帝堂グループの専属歌手だからよ」

「なっ…!? せ、専属…っ!? まさか怜奈ちゃん、婚約を破棄するつもりか!?」

「あら、頭は回るようね。その通りよ」


 口をパクパクさせて驚いている加藤。こういうタイプの人って大体、「そんなことをして無事で済むと思うなよ!」みたいなこと言うと思ってたけど。


 おそらく玄成の目論見通りなのだろう。加藤は強く出ることが出来ないでいた。


「くっ! 考えたね、確かにを敵に回してしまっては、こちらが潰されかねない。それくらいの力がにはあるのだからね…」

「ええ。そういうことだから、正式な話は今度ちゃんとするけれど、婚約は破棄させてもらうわ」


 怜奈がそう言うと、加藤は力無く項垂れて、仕方ないと諦めた。意外とあっさり解決しそうなことに安堵したのか、怜奈はホッと息を吐いた。


「婚約の件は諦めよう。どうしたってこちらに勝ち目は無いからね。…………ただそれはそうと、歌姫」

「…なに」

「俺、君のファンなんだ! サイン下さい!」


 そう言ってどこから取り出したのか、色紙とサインペンをボクに差し出した。


「あなたね…」


 と怜奈が呆れている。ボクはおとなしく受け取ってサインした。


「ありがとう! 家宝にするよ!」


 嬉しそうにそう言ってから、彼は去っていった。


「…。姫様、なんだか不機嫌だけれど、どうかしたの?」


 ボクはプクゥっと頬を膨らませながら、こう言った。


「…ボク、男なんだけど」


 怜奈は何も言わず、そっとボクの頭を撫でるのだった。

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