第18話:怜奈の父、秘策を得たり
ボクと飛鳥はしばらく客室でのんびり過ごしていた。
「でさ、その時怜奈がね…」
「へぇ、そんなことが」
世間話をしている中、ボクはふと思い出した。
(そういえば、今は飛鳥とこうして話してるけど、特に何ともないや。…なんだったんだろう)
先月、飛鳥に自分の過去を打ち明けた日、確かに飛鳥を見てドキドキしたのを覚えてる。けれど今はそういうこともなく、普通に会話をしている。
考えてもよくわからないが、それでも気になっていると、部屋の扉が開き、怜奈が入ってきた。
「ごめんなさい、二人とも。お待たせしたわね」
「あ、怜奈。ううん、大丈夫だよ。それより何かあったの?」
飛鳥の質問に少し答えずらそうにしていたが、やがて踵を返しながら「ついてきて」と言った。ボク達はよくわからないまま、言われた通りについて行く。
ある部屋の前まで着くと、怜奈がノックした。
「お父様、連れてきました」
『ああ、入ってきてくれ』
お父様?がそう言うと、怜奈は扉を開けて、ボク達を招き入れる。
怜奈に続いて入ると、奥のソファに男性が座っていて、彼の正面の空いてるソファに「どうぞ」と座るよう促す。
全員が座ったところで、男性が話し始める。
「まずは、初めましてだね、歌姫殿。私は
「あ、うん。天音雪です。よろしく」
玄成は頭を下げながら挨拶してくれた。
見た目は結構厳ついというか、やはり大企業の社長というだけあって威厳が凄い。一見厳しい人に見えるけど、怜奈の今回の婚約を望んでないって言ってたし、優しい人なのかもしれない。
「…雪、仮にも年上に敬語も使わないなんて…」
「はは、構わないよ。むしろ彼の実績を考えれば、こちらの方が敬語を使うべきだろうが…」
「ううん、そういう堅苦しいのは嫌いだから、そのままでいいよ」
「ありがとう、天音君」
けど確かにボクは大人相手にも敬語って使わないな。別に意識してやってるわけでもないのだけど。
そう思っていると、飛鳥と玄成が話始める。
「飛鳥君は久しぶりだね。元気そうでなによりだ」
「はい、怜奈のお父さんもお元気そうで」
やはり二人はすでに知った仲といった感じで挨拶をしていた。
「それでだな、二人は怜奈の婚約のことは聞いているかな?」
「それなら、ここに来る途中で聞きました。それを怜奈もご両親も望んでいないことも」
「そうか、なら話は早いな。実は折り入って、天音君に頼みたいことがあるんだ」
「頼み…なに?」
そう聞くと、玄成は一度深く頷いてからこう言った。
「君には一時的にでいい、帝堂グループの専属歌手になって欲しいのだ」
「……へ?」
一瞬よくわからず、間抜けな声を出してしまった。
「専属歌手…けど、そういう話はうちの事務所を通してもらわないと。っていうかその話、以前から怜奈に何度か言われてるけど、断ってきたはずだよ」
「その話は聞いているよ。もちろん事務所にも話をさせてもらうが、まずは本人に意思を問いたいと思ってね」
「…一時的にっていうのは、怜奈の婚約の件が解決するまでってことでいいのかな」
「ああ、そう思ってもらって構わない」
夕が何て言うか分からないけど、ボクとしては別に構わない。ただ…。
「構わないのだけど、それをして怜奈の婚約が解消されるの?」
「ああ、もちろん。というより、解消すること自体は簡単なんだ。別に君の力を借りる必要もない。問題はそのあと、向こうが何をしてくるか分からないからね。そこで君と言う強力な後ろ盾があれば、向こうもおいそれと手出しは出来ない、というわけだ」
「…ボクが後ろ盾、ね。う~ん、あんまり効果は期待できないんじゃ?」
「そんなことは無い。君の事務所が大手であること、君の周りにはたくさんの強い味方がいること。何より、銀の歌姫という名声は、今じゃ国民全てが味方になるきっかけになる。正直、これ以上の後ろ盾は他に無いと、私は思う」
「………」
驚いた。彼はボクのことを、おそらくボク以上に知っている。まあ自分の立場からは、どれだけ自分が有名かなんて考えもしないし、自覚出来ないものなのだけど。
隣で聞いている飛鳥がもの凄い勢いでうなずいている。怜奈も小さく頷きながら玄成の言葉を肯定している。
「……。わかった、ボクはいいよ。その話に乗るよ」
「ありがとう、天音君。ならさっそく君の事務所に話をしておこう。詳しいことは怜奈にあとで伝える。怜奈、その時は彼に説明してくれ」
「わかったわ」
「では私はこれで…」
「あ、玄成」
立ち去ろうとする玄成を呼び止めて、どうしても伝えておかないといけないことを伝える。
「む? 何かな」
「…専属マネージャーの夕には、その…気を付けてね」
「…? 気を付けるとは」
「ボクは承諾したっていえばまだマシだろうけど、そういう引き抜きみたいな話は心底嫌うから」
過去に一度、ボクが怒られた時の夕の顔を思い出しながら言った。
「静かに、物凄い圧を掛けながら怒るから。だから気をつけてね」
ボクの言葉を聞いた玄成は、サァァッと一瞬で顔を青ざめながら「…助言感謝するよ」と、力無く答えながら今度こそ去って行くのだった。
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