第15話:梅雨の時期、それは過去を振り返る時期?

「…2年前の6月10日。この日、ボクの両親が事故で亡くなったんだ」


「…………え?」


 突然の告白に驚く飛鳥。けれどボクはそのまま話を続ける。


「その日はちょうど、ボクのライブがあったんだ。北海道のスーパーアリーナでね」

「……っ! それって!」

「前に少し話したっけね、そこでライブをやるのが夢、とある人たちに恩返しをしたいって。あれは半分本当で半分は嘘」


「本当は、その夢は両親のもので、恩返しではなく、罪滅ぼしなんだ」


「…どういうこと?」


「ボクの両親はどちらも音楽に携わっていたんだ。父はギタリストで、母は歌手…を目指してたけど、父と結婚してからは家事に専念したみたいだけどね。父はずっと大きなライブに憧れてて、それを聞いた母が北海道のスーパーアリーナはどうかなって言ったのがきっかけで、そこでのライブを目指すようになった。」


「けど、ある日怪我でギターを弾けなくなって辞めてしまったんだけど、そんな時にボクが生まれた。両親は将来、ボクにこの夢を託そうとして歌手にさせたんだ。だから、この夢は両親の夢ってこと」


「……罪滅ぼしっていうのは」


「ん、そのライブ当日、本当は父が仕事で母も父と一緒じゃないと遠出は厳しいってことで、本当は行けないはずだったんだけど、これは両親の夢だからって、どうにか来て欲しいとワガママを言ったんだ。そして当日、どうにか休みを取って二人が車で空港に向かってる途中で、事故が起きた」


「………っ!」


「結構大きな事故で…即死だったって。ボクがワガママを言わなければ、あんなことにはならなかった。だから、北海道でライブをやるのは、罪滅ぼしってわけ」


「……………」




 全てを聞いた私は合点がいく。あの日言っていた「ボクのせいで死んだのだから」という言葉も、ライブの時に歌った新曲も。全部この事だったんだと。雪はずっと、その罪を背負いながら歌い続けたんだと。


(でも……)


と私は思う。


 両親の夢を叶えてあげるというのは、とてもいいことだと思う。突き詰めればそれは、“両親の夢を叶える”というのが、雪の夢だと言えるから。


 けど罪滅ぼしはどうだろうか。両親が亡くなられたのは、雪のワガママのせいなのか?


 いや、絶対に違う。運が悪かったで済ませていい事じゃないけど、決して雪のせいじゃない。


 私は決心して雪に自分の思ったことを伝える。


「雪、雪が自分を責めてしまうのは、今の話を聞けば仕方ないと思う。同じ立場なら、私もそうなってたと思うし」

「……ん」

「ご両親の夢を叶えるっていうのも、いいことだと思うよ。それはもう雪の夢でもあるわけだし。でもご両親が亡くなったのは、絶対に雪のせいじゃない!」

「…でも」

「でももヘチマもありません!!」

「……っ! …いやヘチマって」

「絶対に! 雪のせいじゃない!! これだけは、違うから!!」

「……………」


 雪は私の剣幕に驚いたのか固まってしまうが、私は御構い無しに続けた。


「もしこれから先も、その罪滅ぼしを続けても、それはご両親は望んでない! 二人はただ、雪に好きな歌を歌って欲しかったって、そう思ってただけだよ!」

「…どうして飛鳥にわかるのさ」

「わかるよ! …だって…だってそれは、そうでなきゃ、無理に休みを取ってまで、自分の子の晴れ舞台を、観に行こうなんて思わないよ!」

「ぁ……」


 そうだ。これだけは断言できる。そうでなきゃ、雪は絶対いつか潰れてしまう。


 私は自然と涙が溢れてきた。


「だからもう、自分を責めるのはやめてよ…っ。ご両親の夢を叶えたいなら、まずは何より自分のことを大事にしてよ!」

「……」


 雪は目を瞑った。何かを思い出すように、或いは決意するかのように。


 何分そうしただろうか。やがて目を開けると、私の方を見て苦笑いした。


「って、どうして飛鳥が泣いてるのさ」

「うっ…だって」

「もう…ほら、鼻かんで」


 差し出されたティッシュを受け取って鼻をかむ。


「…すぐにそれをやめるっていうのは、難しいと思う。言われていきなり意識を変えられるなら、とっくに出来ていたと思うし」

「…うん」

「けど、好きな歌を歌って欲しかった。その言葉は、信じられるから。だから、少しずつ、変えていくよ。これからは、自分のために頑張るから。だから、飛鳥には、近くで見ていてほしい。もしまた道を踏み外しそうになったなら、その時は注意して欲しい。ボクが夢を叶える瞬間を、ちゃんと見ていて欲しい」

「…うん! 見てるよ。ずっと見てるから! 支えるから! 今まで助けてもらってばかりだもん、今度は私が雪を一番に助けるから!」

「……ふふっ、ありがとう、飛鳥」

「…ぁ」


 あの優しくて輝くような笑顔でそういった雪に、私はおそらく、凄く顔を赤くしているのだろう。


 学校にいた時以上に、心臓がうるさく鳴っているから。


(私やっぱり、雪のこと大好きだなぁ)





「送って行かなくていいの?」

「うん、大丈夫。雪んちからうちまで5分も掛からないからね」

「じゃあ実はかなり近かったんだ」

「あはは、そうみたい」


 話を終えるともう日が暮れていた。流石に遅いし送って行こうかと思ったのだけど、飛鳥は遠慮した。


 まあかなり近いとこに住んでるみたいだし、大丈夫かな。


「それじゃあまた来週ね」

「うん、今日はありがとう。なんだかスッキリしたよ」

「ん、それなら良かった。…じゃあバイバイ」


 飛鳥は手を振りながら帰っていく。そんな彼女を見つめながら、ボクは思う。


(飛鳥が友達でよかった。ボクは本当に恵まれてるんだな)


 月明かりの下、ボクは妙に火照っている体を冷ましながら、部屋に戻るのだった。





 家に着くなり自室のベットへダイブする。


 思い出すのは最後の雪の顔。


(凄く顔を赤くしてた。泣くのを我慢して…とかじゃないよね。あれは、でもそうだとしたら)


 おそらく本人は自覚していない。私も確証があるわじゃないけど。でも…。


「多分、自惚れじゃなきゃ、そういうこと…って思っていいんだよね?」


 本人も気づいていない彼の気持ちを、私はいち早く察してしまい、恥ずかしいやら嬉しいやら感情がごちゃ混ぜになり、思わず布団をバタバタしてしまう夜だった。

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