08話.[いつものように]
「透」
声に反応して目を開けたら目の前に茂樹の顔があった。
寝ていたわけじゃないから別に驚いたりしない、思いきり声でわかっていたし。
「なんでこの前の休日、話しかけてこなかったんだ?」
「邪魔したら悪いと思ってな」
体を起こして壁に背を預ける。
長座体前屈みたいな感じで足を自由に伸ばしていたらなんだか楽だった。
というか母が見えた時点でばればれだよなあと。
だって俺の方が身長が大きいんだから丸見えだからな。
「横いいか?」
「おう」
話すのは久しぶりだった。
特になんてことはないとすぐにわかった。
これじゃ避けていたのが馬鹿みたいだなと内で笑った。
結局、言わないままにするのならそんなことはいらなかったのだ。
「東城や純はどうした?」
「なんか言い争ってたぞ、こっちがいいとかあっちがいいとか」
「はは、簡単に想像できるな」
東城も強い人間だから純じゃちょっと不利かもしれない。
黙らせるにはちょっと頭を撫でてやればいいからだ。
それだけでその話題からは話を逸らせる、つまり勝ち逃げができてしまうというわけで。
「純が透のことを好きだとは思っていなかった」
「それは俺もだ、1番衝撃を受けていたぞ」
自販機のボタンを押しただけで惚れたということなら単純すぎる。
まあ自分も人のことをあまり言える立場にはないが、それだけだと誰だって好きになるわけだからな。
「ま、言いふらしたりとかしないでやってくれ」
「そんなことをするわけがないだろ、透の中の俺はそんなに最低な人間なのか?」
なわけないだろ、友達らしくらしいことを言っただけだ。
やっぱり無理だ、伝えるなんてできるわけがない。
言ったらなにもかもが終わる、そうしたら貴重な友達の内のひとりを失うみたいなものだから。
「帰り際に言ったのってどういう意味だ?」
「もし付き合っていたら茂樹は純ばかりを優先していただろ? それは友達として寂しいだろって話だ」
大切な友達として認識している人間ならみんなそう感じるはずだ。
たまにでいいから自分のところにも来てほしい。
自分ばかりが行くのではなく、ふとしたときに「透」って話しかけてきてほしいだけ。
「でも、純が好きだったのは透だっただろ」
「もうこの話はいい、俺が単純におかしかっただけだからな」
無意味すぎる、過去の話を持ち出したところでなにも変わらないのだから。
俺はこの前みたいに茂樹に背を向けて寝転んだ。
幸いもう放課後だからいつまでいたって問題はない。
「俺のことが好きなのか?」
場所的にあまり遅くない時間でもどんどん暗くなっていく。
季節だって秋や冬というわけでもないのにな。
暗い場所というのはどうしてこんなに落ち着くのだろうか。
相手に顔を見られなくて済むから?
「透」
「早く帰らないと真っ暗になるぞ」
仮にそうなっても吐露することはできない。
いや、こうして留まっていたりすればする程、怪しまれるということで帰ることにした。
当然のように付いてくる茂樹、別に帰り道は同じなんだから拒んだりもしない。
「家に来いよ、また飯を作ってやるから」
「あんな雑なやり方をしておいてなに言ってるんだ、俺が手伝ってやらないと駄目だろ」
「じゃあ来るのか?」
「そうだな、茂樹だけで作らせるとあれだからな」
その旨のメッセージを母に送って茂樹の家に寄ることに。
俺らは友達なんだから相手の家に行くぐらい当然のことだ。
やはりあからさまに拒んだりすると余計に意固地にさせるだけだからというのもあった。
「できたな」
「これは作ったって言うのか?」
「少しでも調理をすれば作ったことでいいんだよ」
少し具材を切って炒めただけだぞ……。
でも、この前と違って炊きたての白米と温かいおかずを食べられるのがいいな。
「ごちそうさまでした」
なんでもそうだが、始まりがあれば必ず終わりもくる。
どれだけ美味しい物だろうと10分もしない内に無くなってしまう。
……もしなにも考えずに勢いだけで踏み込もうとしたらたった数秒で終わりだろう。
これの怖いところはこれまで積み重ねてきたものを一瞬で無にするということ。
しかもそのくせ、その記憶は自分の中に残ったままだということ。
一層のこと、自分で取捨選択できたらいいのになあと思う。
つか、自分のことなのに自分だけでできないことが多すぎだろ。
「食器洗ったら帰るわ」
食べ終わっても動こうとしない茂樹の分まで持っていって洗っていく。
気持ちを捨てることは容易ではないが、こうして汚れを落とすかのように少しずつやっていけばいいか。
問題なのはこれも少量のためにすぐに終わってしまうということ。
「それじゃあな、早く風呂に入って寝ろよ」
仮にそうなってもなにが変わるというわけでもない。
俺らはこれまで通り、友達として毎日を過ごしていくというだけ。
来年になったら受験勉強もしくは就職活動をして、3月になったら卒業するだけ。
あくまで一般的な高校生活を過ごして新たな生活へ足を踏み入れていくだけだ。
新しい環境になった場合でも関係は続いているかもしれないし、縁もなくなっているかもしれないし。
未来のことなんかなにもわからないんだから、いまはただただ目の前を見るしかない。
「俺は」
余計なことを持ち込んでいままでのものを無駄にするようなことはしない。
なんて、それっぽく言ってみただけで諦めているだけなのは一目瞭然だった。
いまは授業中が救いかもしれない。
集中していてもいいし、ぼうっとしていても静かにしていれば怒られない。
中央に座ることになっているのは少し複雑ではあるが、答えろとか急には言われないから十分。
窓際の同じ列には一生懸命になにかを書き込んでいる東城もいる。
視線には敏感なのか、目が合ったら手を小さく振られてしまった。
無視するのはあれだからと右手を水平に少し伸ばして挨拶返し。
授業が終わったらいつも通り教室を抜け出して適当なところで時間つぶしをする。
終わったら終わったらって放課後まではその繰り返しだ。
「私を見てどうしたの?」
「窓際が羨ましいなって、東城こそなにを一生懸命書いていたんだ?」
「それはぱらぱら漫画だよー」
「真面目にやれよ……」
「あははっ」
なんにもないのだから通常通りで当然だが落ち着く。
冗談を口にしてこちらを困らせてくるというわけでもないからいい。
「三樹ちゃん来たよー」
「お、純くん、きみは相変わらず小さいねえ」
「も、もういいよそれで、しかも事実だし……」
ま、まあ、基本的にはいい人間だから大丈夫だ。
その後も平和な感じで時間は過ぎていった。
放課後になったらいつもの場所で適当に時間をつぶす。
俺らは友達なんだ、じゃあ変に避けたりするのは違うよなあということで。
だから純が来ても茂樹が来ても特に気にはならなかった。
「今度さ、3人でどこかに行こうよ」
「俺は別にいいぞ」
敢えてこのなんとも言えない時期に海に行くのもいいかもしれない。
それを見つめてぼうっとできたら最強だ、1日ぐらいはそういう時間があってもいいだろう。
「俺は行かねえ」
「えぇ、別に忙しくないときでいいんだよ?」
「行かねえって」
ま、行きたくないならしょうがない。
何回も誘おうとする純を止めて、またいつものように寝転んでおく。
「それより、どこに行くんだ?」
「んー……透くんは行きたいところとかあるの?」
「俺は海だな、最後に行ったのは中学3年の夏だからな」
「敢えてこの季節にとは攻めてるね」
「と言っても、秋や冬じゃないからな」
にしても珍しいな、茂樹が行かないと言うなんて。
普段であれば俺が断って「なんでだよ!」と頑固さを発揮させるところだろ。
それかもしかして隠すのが下手くそでばればれなのだろうか。
もしそうならかなり申し訳ないことをしたと思う、同性から好かれるのはいいことばかりじゃないよな。
「珍しいな、茂樹が行かないって言うのは」
「行くメリットがねえだろ」
「別に無理に来いだなんて言ってないだろ、別にいいさ、誘いに乗らなかったからって問題はない」
ただ、どうしてこんなに不機嫌な感じなんだろうな。
例えば俺がむかつくということなら早く帰ればいい。
純に用があるなら純だけ誘ってどこかに行けばいい。
が、純に対しても同じだった、俺との差がないぐらいに。
「自由にしてくれ、来るのも拒むのも全部茂樹次第だからな」
俺だったらまず間違いなくこの場に留まったりしない。
つまりなにか言いたいことや主張したいことがあるわけだ。
純がいなくなったら言うのかもしれないし、俺が去れば吐露するのかもしれない。
でも、結局それはわからないことだから空気を読もうとなんてしなかった。
帰る理由がないからな、母は今日友達と外食に行くと言っていたから尚更のこと。
「なんだよ蹴ってきて」
軽い力であってもいきなり蹴られたら驚く。
それから茂樹は純に帰ってくれと口にして、純もまたそれに従った形となる。
自分だけが仲間外れにされるって嫌だろうな、俺がされたら邪推して行かなくなるだろうよ。
「俺に苛ついているなら純には優しくしてやれよ」
「別に苛ついてねえよ」
「じゃあなんで行かないとか言ったんだよ」
「……なんでまだ純と仲良くしてんだよ」
なんでって友達だからだろ。
純は少なくともそれを望んでいるし、俺だって友達とは一緒にいたい。
最近は俺も茂樹も不安定だから、内はともかく表が安定している純がいてくれると助かるのだ。
「俺のことが好きなんだろ」
「またそれかよ」
「昨日、わざと無視しただろ」
俺が下手くそなのか茂樹が自意識過剰なのか。
「友達としては好きだ」
「言えよ、ばればれだぞ」
「自意識過剰かよ、好きならここまで普通に対応できないだろ」
背を向けている必要もないから茂樹の方を向いたら微妙そうな表情を浮かべていた。
仮に好きだと言ったら引くだろ、今度こそその引き金を引くことになる。
だったらこれまで通り現状維持できた方がいい、そうすれば無駄に振られることもなくなるから。
「やめろ、蹴ろうとするな」
Mじゃないから慌ててその足を掴んで止めた。
なにがしたいんだ本当に、異性ぐらいわからないときがある。
の割には家に執拗に誘ってきたりとかするしな、逆にMなのかもしれない。
「好きって言えよ」
「好き」
「真剣にだ」
冗談であっても同性に好きとか言っていたら誤解される。
「帰ろうぜ」
「待てっ、すぐに逃げようとするなっ」
「してないだろ、帰ろうぜって言ってるだろうが」
「……荷物を持ってくるから待ってろよっ」
はぁ、いつも通りでいいような……悪いような。
教室前で待っていてやったのに鞄で物理攻撃を仕掛けてきやがった。
移動したから駄目らしい、束縛が激しいと人は去っていくぞ。
「今日は泊まってもらうからな」
「あ、じゃあ着替えを持ってくる、止めてくれるなよ?」
「……別に泊まってくれるなら構わん」
もうあんな気分を味わうのは嫌だった。
同じパンツを入浴後も履くなんておえってなる。
「母さん、茂樹の家に泊まってくるから」
「わかったわ」
んー、特に疑われているというわけでもない、よな?
というか、変に口立ちしたりしないと母は言っていたか。
俺らはあくまで友達、友達の家に泊まるぐらい友達なら当然だ。
「悪い、待たせたな」
「いやいい」
家で待っておけと言ったのに全く聞いてくれなかった。
本当に頑固な人間だ、1度こうと決めたらもう変えない。
茂樹の家に行ってからは特になにも変わらない過ごし方となる。
ごはんを作って、食べて、風呂に入って、寝る、ただそれだけのこと。
「茂樹の家って退屈だなあ……」
「は!? おいっ、言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「じゃあなんか面白い話でもしてくれよ」
今日は部屋でのんびりとしていた。
ある程度の時間になれば電気を消しておやすみで終わり。
で、そのある程度の時間になるまでが暇すぎて困るということだ。
「透って名前の男がいるんだけどさ」
「あ、結末わかったわ、素直じゃないとか言いたいんだろ」
「その通りだろ、いい加減言えよ」
その通りだから面倒くさいんだろ。
それでも要求を拒まずに呑んでやっている、一緒にいてやっている。
これってすごいことだと思うんだよな、普通だったらできやしない。
少しでも純と似た強さが自分の中にもあったのかもしれないと考えると、なかなかに悪いことではなかった。
「言ってどうなるんだ? その気持ちが本物だったとして、茂樹はそれを受け入れてくれるのか?」
「受け入れる」
「はは、無理すんなよ」
これはなかったことにするからいいんだ。
そこに相手の意思は関係ない、俺が捨てると決めたら捨てるだけ。
なのに言ってしまったら矛盾しているだろう、自分が決めたことぐらい守らなければ駄目なんだ。
「寝ようぜ、明日も学校だからさ」
「透……」
なんて顔をしているのかという話。
普通はこっちがそういう顔でいて、けど上手くいかないという流れになるべきだ。
そうすれば片付けるのも楽になる、いまの状態よりももっとマシになる。
「電気消すぞ」
今日は母が愛用しているひざ掛けを借りてきているから冷えるだなんてこともない。
さっさと寝てしまおう、いまの俺に必要なのはたったそれだけのことだった。
朝、茂樹が起きる前に適当に飯を作って外に出た。
鍵はしてない状態だから少し心配になるがしょうがない。
だって、捨てるために動いているのにあんな顔でいられたら困るだろ。
なにかを進展させるために茂樹の家に行ったわけではない。
友達として友達らしく拒まずに行動しただけだ。
違うクラスというのも大きいかもしれなかった。
「おはよー」
「おう、おはよう」
「早いね、いつもはぎりぎりにって感じなのに」
「そうか? あ、そうかもしれないな」
でも、賑やかなのが苦手でも学校が嫌いというわけじゃない。
東城や純、茂樹と話せるし、階段の踊り場で静かに過ごしていると落ち着くから。
そこで大切な友達である3人と話せていたら楽しいし、うん、とにかく嫌ではなかった。
「東城はちゃんと仲良くできているのか?」
「彼氏と? うん、毎日電話で話すからね」
「へえ、なんか甘えた声を出してそうだな」
「逆だよ逆、向こうの方がそんな感じだから」
昨日の……茂樹みたいな感じか。
本当になんなんだろうな、なんであんな顔をする必要があるのか。
好きと即答してやったのに真剣にだって納得できなさそうな顔をしていたし。
「それより、睨まれているけどいいの?」
「睨まれてる? ああ、いいんだよ、ちょっと行ってくる」
扉に張り付いていた人間を剥がして連れて行く。
場所はいつものところだ、SHRまでは時間もあるから焦らなくていい。
「悪かったよ、鍵もせずに出ていって」
「……そうじゃねえよ」
「んー、それなら作ったのが美味しくなかったとか?」
「いや、全部食べた」
「はは、そうか、なら良かった」
いつものように壁に背を預けて座る、誘ってみたら茂樹も同じように座った。
「どうしたんだよ、そんなに好きって言ってもらいたいのか?」
「ああ」
即答されて少し黙る羽目になったのは言うまでもなく。
しかも今日に限って茂樹は口数少なめだったのが問題だった。
そのせいで変な空気が俺らを包む。
今日ほど、東城や純が来てほしいと願ったことはなかった。
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