07話.[もやもやが残る]

「え、昨日茂樹くんの家に泊まったの?」

「そういうことになるな、悪い」

「え、なんで透くんが謝るの?」


 そりゃ、茂樹のことが好きだからだろ。

 でも、知らない設定だからわざわざ言ったりはしない。


「俺も来たぞ」

「珍しいね、茂樹くんも来るなんて」


 なんか変な風に誤解しているみたいだったから来ればいいと言った。

 結局のところ純が来てしまっている時点でひとりの時間なんて確保できていないから。

 それなら純が本当に好きな人間と一緒にいられた方がいいだろうからという判断だ。


「だらしねえな、こんなところで転ぶなよ」

「俺がどうしようと自由だろ」

「友達としてたまに恥ずかしくなるんだよな、すぐに教室から逃げ出すし」


 外で食べている人間が言うなよ、すぐにこっちの教室に来る人間が言うなよ。

 逆に言えばこちらが折れてやっている形になるんだから感謝こそすれというやつだろう。

 文句も言わずに自分が出ていくってプライドが高い人間の場合はできないからな。


「あと変なところでプライドが高いから頼ったりしねえしよ」

「それは茂樹だろ」

「俺だったらちゃんと言う、だから昨日はいてくれって言っただろ」


 おい馬鹿、純からすれば面白くないだろこんな話。

 いまはにこにこと笑みを浮かべてこちらの話を聞いているが、あの内では傷ついているに違いない。

 なんにもないのに恨まれて仲が悪くなったらどうする? そうしたらだいぶ傷つくぞ俺も。


「ふたりは仲がいいんだね」

「まあ、一緒に飯を食い合った仲だからな」

「そういえば初対面のときにお弁当丸ごとくれたんだっけ? 普通はなかなかできないよね」

「ああ、透はいいところもあるんだがな……残念なところもあるから困る」


 誰だってそういう部分はある。

 茂樹なんてそれこそ頑固者すぎて一緒にいるときに困惑することも多い。

 純は……小さいから持ち上げたくなって、それを実行して怒られることも多かった。

 東城はあれだな、彼氏がいるくせに距離感が近すぎてひやひやする。

 そういうつもりもないのにそれで怒られてほしくはないからだ。


「透くんは例え初対面の相手でも優しくできるからいいよね」

「それ以外では可愛くもない男だったけどな」

「例えばどんな?」

「ほら、すぐに違う場所に逃げたり、さっきも言ったが頭が痛いときなんかにも隠そうとした奴だからな」

「僕はそこそこ早いタイミングで聞いたけどね」

「はあ!? おいなんで俺には言わないんだよ!」


 ちなみに東城には隠そうとすら思わなかった。

 東城だったらそれで弱音を吐いても馬鹿にしたりはしなさそうだったから。


「聞いてんのかっ」

「聞こえてる、この距離で聞こえないわけがないだろ」


 それでも昨日の純の発言は聞こえなかった。

 難聴系主人公を馬鹿にできないな、本当に小声で呟かれると聞こえない。


「それよりいまから読書タイムだ、純の相手をしてやっていてくれ」


 正直に言えば読書なんか家に帰ってからでも問題はない。

 が、協力すると言ったからには少しは役に立とうとしなければ駄目だろう。

 実際、それでふたりは色々と話し始めていた。

 相手が好きな男子であっても緊張せずに話せているのはいいのではないだろうか。

 それに茂樹はそれこそ誰かのために真っ直ぐに行動できる人間だからな。


「茂樹くんは意外と真っ直ぐな子だよね」

「意外は余計だ」


 ん……? なんだろうなこの感じ。

 あれだろうか? 友達を取られるみたいな気がして嫌的な?

 自分から来てくれなくなったときは来いとか言っていたもんな、意外と寂しがり屋は俺の可能性もある。


「純も今日来るか?」

「それって透くんもいるの?」

「当たり前だろ」


 当たり前なのか。

 流石に泊まるのはしたくないぞ、純を裏切ることになってしまうからな。


「ちょっと興味があったし行かせてもらおうかな」

「来い来い、透だけだと可愛げのないことも言うからな」

「透くんはそんなこと言わないでしょ」

「いやだってすぐに帰ろうとするんだぜ?」

「ちなみに何時までいてくれたの?」

「昨日は泊まったからあれだが、22時までだな」


 米がしっかり炊けていればあの時点で帰れた。

 だからあれは策略だと思う、食後のあのまったりとした時間を狙った攻撃でもある。

 そりゃ22時頃に外を出歩きたくはない、ごはんを食べて満腹な状態なら尚更のことだ。


「十分いてくれてるじゃん、なんなら仲良しすぎると思うけど」

「いや、純はなにもわかってねえ」

「そりゃわからないよ、誘ってもらえてないし……」


 下手くそめ、でも気づけと言う方が無理か。

 好きだなんて気持ち、見ているだけではわからない。

 教えてくれていないままだったらそういう想いを抱えているかすらわからないまま時間だけが経過していることだろう、そうしたら逆効果になるようなことだって平然としていただろうから助かった。

 なによりめちゃくちゃ言うのに勇気がいることを俺に言ってくれたのが嬉しい。

 しかも長く付き合いが続いているというわけでもなく、最近出会ったばかりの俺にだぞ。

 だからこそ報われてほしいと思う、難しいことだということは変わらないけどな。


「だから今日来ればいいだろ?」

「うん、そうだね」

「透も来るよな?」

「行くよ、泊まりはしないけどな」


 逃げていても自分が吐き出した言葉が軽くなっていくだけ。

 この目で見られるということならしっかりと見て、そしてフォローしていきたいと思う。

 そうすれば純だって自信がつくかもしれないし、頑固野郎である茂樹だって気づくかもしれない。

 ま、基本的には見ているだけしかできないだろうけどな。

 それでも出しゃばればいいというわけでもないときもあるから臨機応変に対応しようと決めた。




「相変わらず小さいな」

「子ども扱いしないでよっ」


 俺なんかいなくても勝手に進展するんじゃないかと思えてきました。

 先程からスキンシップが多すぎる。

 大抵は純が持ち上げられているだけだが、頭を撫でたりとかそういうのが目立つ。

 で、俺は読書タイム(大嘘)に集中しているふりをしてそれを見ているというわけだ。

 そういう趣味はないんだよ、見せつけられたってなんにも嬉しくない。


「あー、腹減ったなー、そろそろ帰るかなー」

「ほら見ろ純、こいつすぐ帰ろうとするだろ?」

「確かに、まだ来たばっかりなのにね」


 いやだから空気を読んでやっているわけでな?

 こういう影で折れてくれる人間がいないと成り立たないわけだ。

 しかも見たくないから帰ると言うのではなく、腹が減ったと自然な感じで帰ろうとするところがな?

 結局、茂樹にとっては帰る=悪だから意味も半減してしまっているわけだが。


「透くんもまだいてよ」

「俺がいる意味あるのか?」

「あるよ、ある」


 実はそういう趣味だったりして。

 巻き込まれるこちらはあれだが、自由だからな。

 目の前で性行為とかしない限りは適当にやらせておけばいいか。


「だって、僕が好きなのは透くんだから」

「「は……?」」

「気づかなかった? だからきみのところに何回も行っていたでしょ」


 それとこれとは別だろ。

 なんというかその、純はメッセンジャーみたいな存在だった。

 一緒にいないときでも相手が◯◯とか教えてくれるようなそんな感じ。


「好きだとは冗談でも言えないって……」

「うん、けど言わないと変わらないでしょ」


 でも、だとしたら茂樹に相談を持ちかけるべきじゃないのか?

 あくまでそういう形で近づいて、本人に気づいてもらうという作戦だったのだろうか。

 なのにこちらが気づく前に、本人がばらしてしまった形になる。

 ドッキリ大作戦なのに投げやりにばらして台無しになってしまったような雰囲気が漂っていた。


「透くんは格好いいから好きになったんだ」

「そうか、ありがとな」

「でも、駄目なんだよね、透くんを見ていればわかるよ」


 待て、純は俺のどこを見て勝手に諦めているんだ?

 いや、確かに……受け入れることはできないのかもしれないけども。


「だから言った者勝ちというか、僕はこれだけで満足しているんだよ」

「純……」

「いいよ、返事なんかしなくてもわかっているから」


 純は俺の本を読み始めて黙ってしまった。

 とんでもない雰囲気にしてくれたと思う、けど1対1で言う勇気は出なかったのかもしれない。


「20時になったら帰るよ、僕もお腹が減るからね」

「そうか、まあそれぐらいに帰るのが1番だからな」


 やっぱり通話とかで済ませば問題も起きない。

 いや、問題は起きた後なんだけどな、なんで俺なのかがわからない。

 だって大胆すぎだろ、その俺に好きな人がいるって言うのは。

 この中で誰よりも勇気がある、なかなかどころかほとんどできない行為だ。

 で、実際に純は「じゃあね」と最後に笑みを浮かべて帰っていった。


「茂樹、俺はどうすればいいんだ?」

「は……? どうすればいいって、あとは帰るだけだろ……」

「今日はもういいんだな」


 それなら帰るか、母が作ってくれたごはんが単純に食べたい。

 いつもと違って引き止めてきているわけでもないし……いいよな?


「ま、正直に言えば茂樹が取られなくて良かったかな」

「ど、どういう意味だ?」

「……純と仲良くしているところを見ていたら寂しくなってな」


 でも、これならまだ茂樹が好きだという流れの方が良かった。

 言えたから満足しているなんて嘘だろ。

 あれから結局こっちのことを見てくれはしなかったからな。


「純はすごいな、身長は東城よりも低いのに強い」

「……だな」


 俺は多分、自覚しても言えないままで終わるはずだ。

 いまのは友達として相手をしてほしいから出た言葉だ。


「き、気をつけて帰れよ」

「おう、ありがとな」


 ……危なかった、俺も自らの足で過酷ルートに踏み入れるところだった。

 あれはそういう意味で求めているのではなくて、あくまで友達としてだぞと言い聞かせる。

 例え相手が同性でも気にせず動けるって素直に格好いいとしか言いようがない。

 こっちは相手を意固地にさせることしかできないから尚更のこと。

 だから別に突拍子もないことじゃないんだよな、純が俺を好いてくれたことよりはな。

 いやでもまさか同性相手にこういう感情を抱くなんて考えてなかったけどさ。


「やばい……俺、茂樹のこと好きかもな」


 単純すぎるとかそういうのはあるけども。

 今度こそ、どういう顔をして茂樹に会えばいいのかがわからなくなってしまったのだった。




 1週間が経過した。

 俺はただ適当に放課後になったら購入したボールを使って遊ぶ、を繰り返していた。

 あれから茂樹の家には行っていない、茂樹もまた誘ってくることはなく。


「透くん貸してっ」

「おう」


 同じく影響を受けた純がボールで遊んでいるところを見る毎日。

 意外と楽しいし、なにより運動になるからいいはずなんだけどな……。


「純が言っていたのはそういうことだったんだな」

「ん? ああ、そうだよ、透くんの中にある気持ちはよくわかったから」


 純だってあれだけ上手く隠していたのになにをやっているんだ俺は。


「というかさ、よく俺といられるよな」

「言ったでしょ? 一緒にいられればいいって」

「でも、告白したくなったんだろ?」

「うん、言えないままで終わるのも嫌だなって思ってさ、ごめんね、困らせたよね」

「困らせたというか、茂樹が好きなんだと考えていたから驚いたな」


 で、自覚することになって詰んだ、遥かに難しいルートに足を踏み入れてしまった。

 しかもそれで茂樹と話せなくなっているというオチ、一緒にいられない方がまだマシなのかもしれないが。


「受け入れてもらえなかったからね、透くんを道連れにしたんだ」

「本当に大変な道に引きずり込んでくれたものだな」

「はははっ、悪いことばかりでもないんだけどね」


 いや、悪いことばかりではないだろうか。

 仮に想いをぶつけて受け入れてもらえたのだとしても人前で堂々と振る舞うことができない。

 他人を不快にさせる可能性がある、女子同士であれば仲がいいのかな程度で終わるかもしれないけども。

 というか、あの様子だと受け入れられる可能性は限りなく低いのではないだろうか。

 冗談で言った際も本気で引いていたからな……真っ直ぐに生きている人間だから尚更難しいな。


「透くんは言うの?」

「俺は純と違って強くないから言えないだろうな」

「んー、振られることを考えたらそれでもいいのかもしれないけどね」


 恋というのは一長一短だ。

 変な感情を抱いたせいでこれまでの関係がぶち壊れることもある。

 純みたいな強い人間ならともかくとして、振られた後も普通に友達のままは難しい。

 ましてや相手は同性だ、今度こそ本気で気持ち悪いと言われて終わるかもしれない。

 そう考えたら、自分を正当化するわけではないけど言わない方がマシなのではないだろうか。

 今日の放課後まで、茂樹は純とは普通に話せていたからな。




「あ゛ぁ゛……」

「さっきからどうしたのよ?」

「ん……? ああ悪い、うるさかったか?」

「休みなんだし別にいいけれど……」


 リビングのソファに寝っ転がってゾンビみたいに呻いていたら母に心配そうな表情で見られてしまった。

 ついに息子の頭がおかしくなったと絶望していたのかもしれない、事実、おかしくなっているからあれだが。

 同性愛者の人達を馬鹿にするつもりはいまもないが、まさか自分がそうなるなんて思っていなかったのだ。


「母さん、俺が同性を好きだと口にしたらどうする?」

「それって茂樹くん?」

「例だ例」

「そうねえ……母としては女の子といい関係を築いてほしいわね」


 ごもっとも!

 多様性だなんだって言われているいま、こういうのもありかもしれない。

 それでも、少数なことには変わらないのだ。

 いまでもまだ、男子なら女子と、女子なら男子というのが一般的で。


「でも、特に口出しする気はないわ、犯罪などをしていたら怒るけれど」

「犯罪なんてしないし、相手にだって迷惑をかけないようにって気をつけてる」

「ええ、いつまでもそう意識して生きてくれていれば十分よ」


 母は「お買い物に行ってくるわ」と言って出ていこうとしたので手伝うことに。

 この前代わりにしてみただけでいつもかなりの負担をかけているということがわかったからだ。

 それになにより、家で呻いているよりはよっぽどいいことに時間を使えるから。


「最近はどうしたの?」

「少しはやらせてほしい」

「私はありがたいけれどね」


 が、今日に限って買った物が少なく、罰という程にはなってくれない重量だった。


「あら、茂樹くんじゃない?」

「そうだな」


 バスケットゴールに向かってシュートを繰り返しているようだ。

 元々、車が走る側に歩いていた自分としては母が盾になって助かっていた。


「声をかけなくてもいいの?」

「練習中に声をかけると集中も乱れるだろうからな」

「そう、それならそうしておきましょうか」


 こういうときに無理やり話しかけさせようとしなくて母はいい。

 落ち着いているし、何事にも冷静に対応できるから尊敬できる人だった。

 俺とは違う、俺にはなにが引き継がれたんだかね。


「ありがとう」

「これじゃなんにも母さんの役に立ててないだろ」

「そんなことないわよ、一緒に行ってくれたから行きも帰りも楽しかったわ」

「お世辞を言われても嬉しくないぞ……」


 どうせならもっと買ってくれれば良かったのに。

 そうすれば何度足を止めようと必ず家まで持って帰った。

 だけどこんな遠慮された感じじゃもやもやが残るだけだった。

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