06話.[それになにより]
「透くん、ちょっといいかな?」
「おう、別にいいけど」
こんな廊下にまで来ておいて言うことじゃないだろう。
自由になんでも言ってくれればできる範囲で相手をする。
流石に下ネタとかを言われたら反応に困って上手く言ってやれないかもしれないけどな。
「実は、気になる子ができちゃって」
「へえ、そうなのか」
これだけ小さくても高校2年生で男子だもんな、それはしょうがない。
「実はさ、相手は男の子なんだよね……」
「へえ、そうなのか」
別にそれは自由だから気にならなかった。
ただ、なかなか受け入れることができる男子というのは少数だろうから難しいだろうな、誰かを好きになることは素晴らしいことだとは思うが。
「協力してほしいなって」
「俺より木村を頼った方がいいんじゃないのか?」
「茂樹くんは声が大きいから」
わかる、あとすぐに感情的になりすぎる。
いい人間なのは確かだからそういう部分だけ直せば最強だけども。
「俺にできることはあんまりないけど、とりあえずどんな感じなんだ?」
「そうだねえ、あんまり多くの子とは関わっていない子かな」
なるほど、それじゃあ俺みたいってことか。
あまりに陽キャって感じだと想像できないから助かった。
「足立――」
「純でいいよ」
「純はどういう風にアピールしていきたいんだ?」
「と言っても、付き合うことは非現実的すぎるから一緒にいられればいいかな」
「なるほどな、そういう考え方もいいかもな」
ある程度は妥協しておかないと気持ち悪がられて最悪なルートに入るからな。
問題があるとすれば、その場合はどんどん気持ちが強くなっていくだろうということ。
でも、踏み込もうとすればほとんどの確率で拒まれてしまうと。
つまり同性を好きになってしまった時点でハードモードになってしまっているということだ。
「よし、それなら早速その男子のところに行くか」
「いいよ、だって賑やかなのはあんまり得意じゃないんでしょ?」
「けど、協力してくれと言ったのは純だぞ?」
「それでも貴重なお昼休みを犠牲にしてもらうわけにはいかないから」
ならここでゆっくりしているか。
木村との件で学んだが、本人にその気がなければこっちが焦っても余計な世話にしかならない。
それに賑やかなのが苦手なのは確か、おまけに初対面であろう人間に話しかけるのもな。
「転んでいたら汚れちゃうよ」
「そんなの気にしない、絶妙に気持ちいいんだよ」
「じゃあ僕もしてみようかな」
「おう、してみればいい」
ただ、このままのんびりしていると眠くなるのは問題かもしれない。
10分休みなんかにこれをしてしまうとリアルであと5分とか言いかねない。
昼休みだったら昼休みで静かな感じが強烈な眠気を誘うし……。
「このままここにいたいや」
「残念ながらそんな余裕はないんだよ」
「はは、わかっているよ」
あと、学校にいなければならないからここを仕方がなく利用しているだけだ。
放課後になったら真っ直ぐに帰って、家に着いたらベッドに寝っ転がりたい。
本当だったらさっさと入浴を済ませて寝転ぶのが1番だが、意外と面倒くさいからな。
「気持ち悪がられるかと思った」
「同性に冗談で好きだと言ったことがあるからな俺は」
「それって相手は茂樹くん?」
「そうだな」
残念ながら純と木村以外で話せる人間がいない。
いやコミュニケーション能力はあるし、恥ずかしがり屋というわけでもないから話すことはできる。
が、いきなり話しかけられても相手が困惑するだけだろうという話。
「すごいなあ、僕だったら冗談でも言えないよ」
「冗談で言うべきじゃないぞ」
「うん、それはわかっているんだけどさ」
さてと、そろそろ戻らないとな。
小さい同級生を持ち上げて起こした。
「子ども扱いやめてよ」
「いいだろ、なんか持ち上げたくなるんだよ」
最近は運動もしているから力もついてきたし余裕だ。
なんなら持ち上げたまま教室まで連れ戻ることすら可能だぞ。
「わっ、な、なにするの?」
「俺のことを信用して話してくれたのは嬉しかったからな」
「……よ」
「え?」
「ううん、戻ろっか!」
まあもう授業も始まるから確かに戻るしかない。
放課後は木村の家に行くことになっているからなるべくそれ以外で相手をしてあげなければならないな。
話を聞くぐらいであれば俺にもできるから、それに自分の言ったことぐらいは守れるように頑張りたい。
「また後でな」
「うん、また後で」
教室に戻ったら悲しい現実が俺を迎えた。
何故俺みたいな人間が中央に存在しているのか。
俺は良くも悪くも目立つ方ではないから端で十分だというのに。
「なんで今日もそんな顔をしているのー?」
「東城、俺と席の場所を交換してくれないか?」
「残念だけどそれは無理かな、それに窓際なんて譲れるわけがないじゃん!」
「そうだよな……」
全く知らない声が大きい存在達に囲まれて生活するのは嫌だっ。
けれどひとりのわがままで周囲を動かすなんて不可能。
まあいい、放課後になったら自由になれるんだから我慢しようじゃないか。
それぐらいの忍耐力は自分にもあった。
木村宅で読書をしていた。
木村本人は床に寝っ転がって寝ているという展開。
なんでここにいるのかがわからない、本人的にはこれで落ち着けるらしいけども。
にしても、純の奴も下手くそだなとしか言いようがない。
それこそ俺ら以外の男子といないうえに、木村には相談不可能となったら答えが出ているじゃないか。
つまりここで可愛くない寝顔を晒して寝ている木村が好きなのだ。
というか、あんなことを言って引かせたのに普通に家に招いてしまう木村もあれだがな。
「んがっ……ん……」
平和だな、絶対に寂しくなんかないだろ。
それに、利用されるのは嫌だとか考えていた俺はどこにいったんだ。
「木村、客がいるのに寝転ぶな」
「すぅ……すぅ……」
意外といびきとかかかない系のよう。
ただ、このままというわけにはいかない。
だって純が木村のことを好きなら悲しいだろう、裏でこそこそふたりきりでいられたら。
「茂樹、起きないと襲うぞ」
これでも反応したりしない。
あまり問題にならないとこころ、みぞおちに拳を置いて体重をかけてみた。
「ぐぅ!? な、なんだ!?」
「ふっ、おはよう」
「透かよっ、驚かせるな!」
逆に俺以外が原因だったらポルターガイスト現象になってしまうだろ。
未だに驚いたような顔をしている木村――茂樹の額を攻撃しておいた。
「俺はもう帰るぞ」
「は? まだいいだろ、19時40分だぞ」
「いや、腹が減ったんだよ」
その場に留まっているだけでもそういう欲求は増えていくんだ。
生きていれば誰だってわかる、それこそ茂樹の方がそれはわかるだろうに。
「わ、わかった、俺が作ってやるからもうあと2時間はいてくれ」
「そうしたら帰るのは22時頃になるだろ……通話とかすればいいだろ?」
そんなカップルじゃないんだからさ、大体長時間通話とかも訳がわからないし。
おまけに純の気になっているかもしれない相手となあ。
俺は話を聞いているのにその裏でその相手と仲良くしていたら狂いそうになるだろうよ。
「嫌だ、絶対に帰らせないぞっ」
茂樹は「作ってくるから待っていろ」と言って移動してしまった。
茂樹の方は俺のことを好きなんじゃないか? と考えてしまうぐらいには必死すぎる。
だが、もしそうなったらごちゃごちゃしすぎていて困るという……。
「雑すぎだろ、手伝うからやらせろ」
「透は座っておけばいい」
「いいから、食べさせてくれるんだろ? それならちょっとぐらい手伝うべきだろ」
頭が痛かったとき以外は手伝っていてちょっとずつ習得していたんだ。
母はとにかく丁寧だから少しでも引き継がれていたらいいと思う。
「できたなっ」
「そうだな」
ここで問題発生。
米をセットまではしてあったもののボタンを押していなかったというオチ。
おかずが完成していただけにもどかしい時間を過ごすことになった。
「炊けたぁ……」
「だな」
水の塩梅は凄くいいな、俺好みの硬さだ。
茶碗に注がれただけなのにとてつもなく美味しそうに見える。
電子レンジがないということだからおかずを温めることは不可能だが、炊きたてだから大丈夫だろう。
「美味しいぞ」
「当たり前だ、俺は何年もこの生活を続けているんだからな」
「その割にはすっごく雑だったけどな」
「う、うるさいっ、黙って食べておけ!」
でも、悪くないなこういう時間も。
謎のプライドのせいで結局あんまり手伝えなかったから洗い物ぐらいはやらせてもらう。
「ふぅ……俺、飯を食った後のこの時間が好きなんだよな」
「なんとなくわかる、じっとしていたくなるよなあ」
それでも流石にもう帰らないと普段は温厚な母も恐らく怒る。
「もういいだろ? 俺はそろそろ帰る――」
「駄目だ」
「知っているか? 普段は優しい母さんでも怒るとめっちゃ怖いんだぞ?」
それこそ3日間ぐらい口を利いてくれなくなるから嫌だった。
弁当にも俺の嫌いな食べ物をびっしりと、残したらそれこそそれが延長になるからできない。
「連絡すればいいだろ」
「いや、それは茂樹が寝ている間にしたよ」
「だったらいいだろ、もう泊まっていけよ」
「着替えがないんだよ」
「女の子じゃないんだからパンツはそのまま履けばいいだろ」
潔癖症じゃなくてもそれはなんだか嫌だろ。
服とかないだろと言ったら「俺のを着ればいいだろ」と言われてしまった。
ビデオ通話した際には肌着を着てやっていたんだぜ? それを貸されても微妙だろうよ……。
「いいから早く風呂に入れっ」
「溜めてないだろ……」
「泊まるんだから溜めるのに時間がかかってもいいだろっ」
しょうがないから母にその旨を連絡して溜まるのを待つことに。
本当にこうと決めたら変えない男だ。
「あと、なにちゃっかり名前で呼んでんだよ」
「嫌ならやめる」
「別に嫌じゃねえけど……なんでこのタイミングなんだ?」
確かに、純が茂樹のことを好きだと考えておきながら矛盾している。
「なら木村って呼ぶ、悪かったよ」
「だから別に嫌じゃねえって、あ、風呂溜まったから入ってこいよ」
「どれを使っていいのか教えてくれ」
「わかった」
ふーん、あれだけ雑な切り方をしていたくせに洗面所とか浴室はめちゃくちゃ綺麗だな。
入っていないということもないだろう、それなら普段から一緒にいる俺でも流石に気づくし。
とりあえず選択肢がなくて逆に助かった形となる、シャンプーとボディーソープを使用させてもらって綺麗にした。でもなんか湯船には垢とか浮かんでしまいそうだったから入らずに速攻で出る。
「うっ、これを履くのか……」
何日も履く奴もいるぐらいだし一般的ではなくても……もういい、考えることをやめよう。
本当に冗談抜きでぞわっとした、木村の服を着て、ズボンを履いたときはなにも思わなかったが。
「出たぞ」
どれだけ眠たいんだよ……。
今度も額を攻撃して起こすことに。
「起きろ、出たぞ」
「ん……まだ寝たいぞ……」
「風呂に入ってからにしろ」
「……帰るかもしれないから洗面所にいてくれ」
「帰らない、帰るつもりがあるなら風呂に入らないだろ」
と言ったのに聞き入れてもらえず。
強制的に洗面所にいることになってしまった。
何気にここ、俺の家のより広いんだよなと複雑な気持ちになる。
茂樹の母はなんの仕事に就いているんだ、この様子だと全く帰ってきていないんだろうけどさ。
「……悪かった、無理やり泊まらせようとして」
「後からそうやって謝罪をするぐらいなら言うな」
「後悔は先にできないだろ……」
ああ、本当に相手が異性であれば良かったんだけどな。
残念ながら同性で、何故か同性と浴室へと続くスライドドア越しに話しているという……。
「でも、受け入れてくれて嬉しい」
「なにを言っても変えないだろ、木村という人間はそういうものだ」
「茂樹でいい」
ちくりと指摘したりそれでいいと言ったり忙しい人間だ。
唐突だが、明日からはちゃんと純も連れてこようと思う。
その気はなくても裏切り行為みたいになってしまうからな。
「透はいきなり弁当を食べさせてくれたぐらいだもんな」
「あれは茂樹が涙目でこっちを見てきていたからだ、どうせなら女子に頼れば良かったのによ」
「異性といるのは得意じゃないんだ、三樹さんは別だけどな」
「狙っても付き合えないぞ」
「だからそういうつもりじゃないって何回も言っているだろ」
どういう人間か少し興味があった。
あと、東城はもう少しぐらい異性との距離を気をつけた方がいいと思う。
もし知られたら怒られるぞ、その際にこちらが巻き込まれるのもごめんだし。
「……今日、純と戻ってきていたよな? なんの話をしていたんだ?」
「昼休みのことか? ただあそこに転ぶと楽だって話をしただけだ」
誰も来ない場所、階段の踊り場で転がっていただけ。
あの話を聞いた以外は特になかった、純も転がっただけで。
「こそこそすんなよ」
「あそこで休憩していることは茂樹も知っているだろ?」
「だったら俺が行っても問題ないのか?」
「ああ、別に問題はないけど」
寧ろ純の奴が喜ぶだろう。
話を聞くしかできないよりもよっぽどいい。
「あと、恥ずかしいとか言っていたのはどうなったんだ?」
「もうなくなったよ」
「ふーん」
冷静に考えれば相手が自分にとって凄くいい存在だったら同性でもいてくれて良かったって言うわ。
たったこれだけで同性愛者という扱いになってしまったらいま頃やばいことになっているからな。
「出る」
「うわっ! い、いきなり突撃してくるな!」
慌てて廊下に逃げ出した。
同性の息子を見るような趣味はないのだ。
「そういえば俺はどこで寝ればいいんだ?」
「床だな」
「苦行だな……」
まあいいか、明日からは泊まったりとか絶対にしないし。
「出るぞ」
「おう」
それと今日は普通に服を着てくれているようで安心した。
同性だろうと肌着とかだけだと目のやり場に困るからな。
「部屋に行こう」
「おう」
明日も学校だから早く寝なければならない。
暗いまま部屋に突入して、そのまま電気を点けることなく寝ることになった。
「あ、そういえばかけるものがないな」
「気にするな、制服の上着でもかけておくからいい」
「そうか、それじゃあおやすみ」
「おう、おやすみ」
他人の家に泊まるとか地味に初めてだ。
あ、いや、親戚の家には泊まったことがあるから友達の家に泊まるのは~と言った方が正しいか。
だからって別になにもないし、なんならこの男を別の友達が好きだし。
「透」
「なんだー」
「ちょっとこっちに近づいてくれないか?」
床でも気にせず寝られているのは茂樹本人もそうだからだ。
もし片方がすやすやと柔らかいベッドで寝ていたら仮に夜中でも飛び出す。
「これでいいのか?」
「おう」
「寂しがり屋かよ」
「だから透を呼んでいるんだろ」
いくら寂しく感じても母にずっと家にいてくれなんて言えないしな。
片親ということは母が仕事をしてくれないと詰むし。
「寝る……おやすみ」
「おう」
純、俺が協力してやるからなっ。
それになにより自分の言ったことぐらい守りたい。
細かいことがわかっただけでも木村宅に来て良かったと思える日だった。
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