05話.[興奮していてな]

「痛い……」


 じんわりじゃない、今回に限って最高を記録するっておかしいだろ。

 あれからまともに食べれてもない、水分は摂っているからなんとか学校には来られているが。


「透っ、席替えしたんだってな!」

「……見ればわかるだろ」


 残念ながら教室の中央に移動となった。

 理想は窓際か廊下側だったというのに中央て。

 しかも更に最悪なことに声の大きい人間達に囲まれているというオチ。

 くじ運が悪すぎる、いまなにか新しいことを始めるのは駄目そうだ。


「そろそろ帰ろうぜ!」

「悪い……先に帰ってくれ」


 痛すぎていまはここから離れたくない。

 あと、それに負けないぐらい木村の声が大きすぎる。

 この反応を見るに、東城や足立は黙ったままでいてくれているみたいだからしょうがないかもしれないが。


「おい、最近は付き合いが悪くないか? いきなり弁当をくれたりするしよ」

「それは相変わらず木村がおにぎりひとつしか食べてないから可哀相だと思ったんだよ」

「あ、哀れんでんじゃねえ!」


 最初にあげたときなんか物凄く嬉しそうな顔で食べていたからな。

 東城はよく木村と食べているらしいが、その際もなにか貰っていたりするのではないだろうか。

 つかどうでもいい、いまは帰ってもらうためになんでも言わないといけない。


「木村は声が大きくてうるさいんだよ」

「そ、そんなに大きかったか?」

「え? あ、いや……そんなに大きすぎるということもないけどさ」


 なんでそこで怒らないんだよ、急に我に返るんじゃない!


「母さんからも言われたことがあってさ、そうか……やっぱり声が大きかったか」

「まあ、気にする人間もいるから気をつけた方がいいんじゃないのか」

「そうだな、これからは気をつける」


 おおぃ、ここは怒って出ていくところだろ!

 しかも普通に席に座っちゃったよ、更に言えば柔らかい笑みを浮かべて「ありがとな」とか言ってきてるし。

 なにを勘違いしているんだ木村は、明らかに嫌そうな感じで言っただろ俺は。


「早く帰れよ」

「透は知っているだろ、早く帰ってもしょうがねえって」

「だからってここに残らなくてもいいだろ」


 八つ当たりしておいて言うのもなんだが痛いんだって。

 なんでこういうときに限って自己ベストを更新してしまうのか。

 しかも強制的にってどういうことだよ、早く治まってくれよ……。


「そんなに俺といるのが嫌なのかよ?」

「いや、けどいまはいたくないな」

「なんでだよ?」

「興奮しているからだ」


 実際、痛みで内が大暴れだから嘘は言っていない。

 こう口にしておけば流石の木村も引くだろうと考えていた結果、


「そ、そういうのは家でしろよ?」


 なんてアドバイスをされてしまうという1番最悪な流れに。

 最高と最悪を同時に体験できるなんてこういうときぐらいしかないぞ。


「いまここでしていいか?」

「だ、駄目に決まっているだろ!」

「ん? なんの話をしているんだ?」

「なんの話って……そ、そりゃ、お、オナ――」

「おいおい変態かよ、俺がしようとしたのは寝ようとすることだぞ?」


 実際、落ち着かせるには寝るのが1番だろう。

 寝るまでには時間がかかるが、上手くいけばある程度の休憩にもなる。


「でも、変態の近くで寝ると襲われそうだからやっぱり帰ってくれ」

「意地でも帰りたくないのかよ」


 母はある程度理解はしてくれるけど物凄く心配してくるから嫌なんだ。

 そんなことで自分の時間を使ってほしくない、困ったら自分から頼るから放っておいてほしい。


「早く帰れよ、暗くなるぞ」


 結局は楽さを追求して突っ伏した。

 話さなくて済むというのは凄く楽なことなんだとこのタイミングでまた知る。


「大丈夫か?」

「……大丈夫じゃない」


 ここまで痛くなるとは思わなかったのだ。

 これまでは1週間続いても少し食欲が失くなるだけで終わっていた。

 ある程度であればきちんと対応もできていたし、授業にだって集中できていたのに。


「偉いぞ」

「やっぱり変態だな、急に頭を撫でるとかおかしいだろ」

「頑張って来ているのはいいことだろ?」

「俺は男だぞ、それで木村も男だ」

「同性だからなんだよ、偉いと感じたらこうして頭を撫でて言うだろ」


 それは相手が子どもとかだったらだろ。

 それかもしくは、気に入っている異性とかさ。

 たまにぶっ飛んでいるところがあるからどう対応すればいいのかわからなくなるときがある。


「いいからやめろ」

「可愛くねえ奴だなっ」

「頼んでないだろ」


 頭が痛いいま、やられても物理的攻撃にしか思えない。

 しょうがないから全てを吐いてしまうことにした。


「だから来ないでくれ、あと少しで終わるから」

「嫌だね、俺らは友達だろ? 心配するのは当然だろ」

「真似するなよ……」


 どうしたって同じ結果に繋がるんじゃどうしようもない。

 もうなにを言われようと無視することに決めてそのままにしておくことに。


「飯はちゃんと食ってるのか?」


 2日前の昼に菓子を食べた。

 正直に言って味わって食べたりするのではなく単なる作業に近い。

 いまはなにを食べても楽しめないからしょうがないけどな。


「頭痛いのに寝られているのか?」


 めちゃくちゃ寝付きが悪いが1度そうなれば朝まではちゃんと寝られている。

 だから倒れたりもしないでいられているわけだ、睡眠時間はいつもより減っているけども。


「無視すんな」

「……痛いんだっていまは」

「だったら家で寝た方がいい、背負ってやるから帰ろうぜ」

「どうせ背負うなら女子でも背負った方がいいだろ」

「生憎とそんな子がいてくれるわけじゃねえからな」


 ああ言えばこう言う――は俺もそうか。

 でもできるのか? 俺の方が身長が高いのに。


「いいから帰れ」

「おう、だから透を連れて帰るんだよ」

「はぁ、勝手にしてくれ」

「おうっ」


 なんで俺は背負われているのか。

 しかも何気に力持ちのようで、不安定で怖いとかそういうのはなかった。

 が、正直に言おう、かなり恥ずかしい。

 あと、まず間違いなく他人からはそういう風に捉えられるのではないだろうか。

 まだ、まだ足立ぐらいの大きさならいいんだけどな、俺は木村より大きいし……。


「お、下ろしてくれ」

「は? 家までもうすぐだから気にすんなよ」

「いや……だから俺らは同性であってだな」

「調子が悪ければ同性だろうと関係ねえよ、自分は勝手に人の心配をしておいて馬鹿だよな」


 むかつく……が、木村の言う通り。

 しょうがないから黙って背負われていた。

 もうなにかを失った後なんだから気にしなくていいと。


「鍵を開けてくれ」

「もういい」

「駄目だ」


 背負われたままでは無理だから鍵を渡して開けてもらうことに。


「あ、こんにちは」

「こんにちは、透を連れてきてくれてありがとう」

「いえ、これぐらい当然ですよ」


 な、いつの間にか母と仲良くなっているぞ。

 これだと無理して我慢しても結局情報がばればれになる流れでは?

 じゃあ痛いのを我慢して頑張っても馬鹿なだけだ、そりゃ木村だって馬鹿って言いたくなるはずだ。


「部屋まで連れて行くぞ」

「過保護過ぎだろ、もういいから下ろせ」


 それでもやっぱり自分の意思で動けていた方がいい。

 すぐに部屋に行ってベッドに寝転がることに。

 制服から着替えてないけどいまはいい。


「下手したら周囲に誤解されるぞ、これからは気をつけろよな」


 やって来た木村にしっかり言っておく。

 黙っていたところで頑固さを発揮して聞いてくれないからこの方がいい。


「細かいことを気にしすぎだ、例えば純の体調が悪かったら透ならどうする?」

「そりゃ背負って家まで連れて行くだろ、子どもみたいなものだから誤解されなくて済む」

「俺も透も所詮子どもだ、だから気にするな」


 なにを言っても、また言わなくても詰みなのはわかっていた。

 なので布団にこもって寝てしまうことにした。

 痛いのは事実だからしょうがない、お客がいようと関係なかった。




「う……はぁ、いま何時だ……?」


 先程よりもマシになったことはすぐに気づいた。

 携帯を探そうとして、そして鞄にしまったままだったことを思い出した俺はベッドから下りる。


「20時48分」

「そうか」

「おう」


 俺でなければべたな反応をしていた。

 絶対に大声で叫んで端まで逃げていたと思う。

 

「ずっといたのか」

「おう」

「待ってろ、飲み物を持ってくるから」


 残念ながらベッドに戻されてまた寝転がる羽目になった。


「さっきよりもマシだから大丈夫だ」

「透の母さんから任されてるんだ、見張っておいてくれって」

「家の中だぞ?」

「だから? 痛いのに無理して学校に行くのが透だろ」


 流石に頭痛というだけで休めないだろ。

 風邪というわけでもないんだ、普通は誰だってそうする。


「今日はもう終わったんだ、それに喉が乾いたんだよ」

「わかった、頼んで注いでもらうわ」


 はぁ、本当に頑固な人間だな木村は。

 しょうがないからゆっくりしていたらごはんも持ってきた。


「最近食ってなかったんだろ、さっさと言えよ馬鹿透」

「あー……半分やるよ」

「わかった、でもちゃんと食ってもらうからな」


 母作のごはんは美味しいからそこまで体調が悪くなければ食べる。

 余計なお世話というやつだ、東城はもう無理でも他の女子を狙えばいいのに。


「美味いな、羨ましいぞ」

「確かに嬉しいな、母さんがいてくれるのは」


 母が働かなくてもしっかり生活できるだけ稼いでくれている父にも感謝しかない。

 しかもそのうえでこの快適な生活だからな、なかなかできることじゃないからな。


「で、俺もいてくれてめっちゃ嬉しいだろ?」

「そうだな」

「はっ、ひ、否定しろよ……」

「実際、背負ってもらえて楽できたからな、やられているときは恥ずかしかったけど……ありがとな」


 東城や足立がいてくれるのもいいことだ。

 問題があるとすれば盛り上がると止められなくなるぐらいの勢いになるということ。

 なにかを言っても届かないから最近は諦めて受け入れるようにしている。


「俺が女子だったら木村に惚れてたぞ、うるさいけど」

「うるさいは余計だ」


 本人がいいと言っているのになかなか強行はできない。

 しかも相手が同性となれば尚更のこと、それなのに木村は一切気にせずにやり遂げたからな。


「木村がいてくれて良かった」

「感謝しろよ、純じゃ透を背負うのは無理だからな」


 真っ暗闇のままだからこそ言えることだ。

 そうでもなければ思っていても口にしたりはしない。


「もう大丈夫なんだよな?」

「さっきよりはマシだからな、木村は早く帰った方がいい」


 仮にひとり暮らし状態であっても家の方が落ち着くだろう。

 話したければ電話でもなんでもいいのだ、というかそれの方がいまはなんだか話しやすい。

 なんか凄く恥ずかしいんだ、いますぐ帰ってほしいぐらいにはな。

 明日そういう噂が広まっていたら軽く死ねるぞ。


「頭が痛いの治ったら俺の家に来てくれよ」

「おう、行く行くー」

「適当だなあ……それじゃあな」

「おう、じゃあなー」


 ……やべえ、明日どんな顔をして会えばいいんだ。

 そのことを考えすぎていたら徹夜することになって違う意味で頭が痛くなった。




 あれから1週間ぐらいが経過した。

 謎の頭痛は既に治っておりごはんも美味しいと楽しめるようになった。

 が、何故かめちゃくちゃ気恥ずかしいままで木村とはいられていない。


「もー、またこんなところにいてっ」

「東城はどうやって俺の居場所を探り当てているんだ?」

「それは女の勘というやつですよ、それでどうしたの?」


 どうしたのとはどうしたんだろうか。

 俺が教室外で過ごすのは常のことだろうに。

 頭痛ではなくなったのであれば余計に他のところで過ごそうとするのは当然のことだ。


「頭が痛いのは治ったんでしょ? それなのに全然来てくれないじゃん」

「それはあれだ」

「どれ?」


 俺と関わってくれている人間はみんな頑固で、ぼけキャラみたいなもの。

 だから躱そうとすることが間違っている、話題を逸らしたところで結局戻ってくるからな。


「……なんか木村といるのが気恥ずかしいんだよ」

「おぉ!」


 おぉって……いいよな、他人事だから気楽そうで。

 しかも恋人がいるという、俺らの中で1番進んでいる彼女。

 敗北感がすごい、どうしようもないことではあるが。


「なーのーで! その茂樹くんを連れてきました!」


 このやろうっ、絶対にわかっていて実行したなこれは!


「透、なんで俺といるのが恥ずかしいんだよ」


 しかも空気を読んでいるつもりなのか東城はこの場から消えた。


「いやその……な?」

「いや、な? と言われてもなにもわからないし、それにそんなこと言われたら気になるだろ」

「いやー……」


 確かに自分といると恥ずかしいなんて言われたら俺だって気になる。

 ある程度の仲であればなんでだよと何度も聞くかもしれない。


「答えるまで行かせないぞ」

「昼だしまだ戻るつもりもないぞ」

「いいから答えろ」

「ま、待て、それ以上近づくな」


 顔を見なくて済むように張り付くようにして寝転んでいた。

 壁がある以上、どうしたって俺の視界に入ることはできない。


「透、約束だから家に来てもらうからな」

「そ、そんなに俺を家に招いてなにをしたいんだ?」

「なにって、ひとりだと寂しいから相手をしてほしいだけだ」


 見ている限り、全然寂しそうな感じがしないんだよな。

 教室でのあれはもう片付けているが、こちらに来ているときは東城や足立と盛り上がっているんだから。

 それとも俺を信用してくれているから正直なところを吐いてくれているのか?

 ないわ、考えたけどそれはない、ただ頑固っているだけなんだな。


「だから変な意地を張っていないでこっちを向け」

「はぁ……面倒くさい奴だな」

「面倒くさいのは透だ」


 んー、あくまで普通の木村って感じの顔だ。

 なんだったんだろうな、あの気恥ずかしさは本当に。


「ほら、立てよ」

「おう」


 あれ、というかなんで木村はここにいるんだ?

 いつもだったら外で東城と食べるか、ひとりで食べているところだろうに。

 ここは校舎内だぞと全力でツッコミたくなる。


「いつまで掴んでんだよ」

「なんでここにいるんだ?」


 木村は「今更かよ」と嫌そうな感じの表情を浮かべつつ言ったが、気になるものは気になる。


「そんなの気になったからに決まっているだろ、どこで食べているのかも知りたかったからな」

「なるほどな」

「遠慮するなって言っているのに結局最初のところに来てくれないからな」


 けどそうか、東城は彼氏がいるんだから邪魔にもならないよな。


「木村、あんまり俺に優しくしていると好きになるからやめた方がいいぞ」

「だ、だから手も離さないのか」

「ああ、いま実は興奮していてな」

「ひぃ!? は、離せっ」

「あ……そんなに必死にならなくてもいいだろ……」


 よし、これで全て吹き飛ばせた。

 あとはこの前予定を立てたようにボールでも買いに行こう。

 バスケをして、母にも世話になっているから手伝いもして。

 運動といい習慣の両立、めちゃくちゃいい感じになる気がした。


「戻ろうぜ、ん? なんでそんな女子みたいな反応をしているんだ?」

「お、俺の体を想像して興奮しているんだよな?」

「あー、そうだなー、はいはい」

「おい!」


 気にしないで戻ろう。

 いまは初心者なりにバスケをしたくてしょうがなかった。

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