03話.[言い訳をさせて]

「それでさ、三樹ちゃんに笑われちゃってさ」

「それは仕方がないな、俺でも笑う」

「えー……」


 だって高校2年生なのに小学生と間違われる人間がいたら笑うだろ。

 病気とかだったら話は別だが、本人曰く至って健康ということらしいし。

 そういう風に弄り倒そうとしているわけではないのだから感謝してほしい。


「足立は何組だ?」

「僕は3組だよ、木村くんは4組」

「へえ、じゃあ2、3、4か」


 1、3、4とかよりはすっきりしていていい。

 あと、意外にも木村との繋がりは最初からあったみたいで足立はよく話をしている。

 残念ながらその木村君は東城に集中していて駄目だけどな。


「ふっふっふ、来ていたようだな純」

「うん、渡辺くんと話をするためにね」

「透は愛想が悪いからやめておいた方がいいぞっ」


 寧ろ東城と話せるようになったら全く来なかった木村には言われたくない。

 そりゃなにもしてやれないけどさ、だからってたまには来てくれてもいいだろ?

 同じ場所で昼ごはんを食べていた仲だぞ、遠ざけようとしたのも俺だからあれだけども。


「少し付き合ってくれ」

「なにい!? お、俺らは同性だぞっ」

「いいから早く」


 足立とか東城がいるからって来てくれなくなるのは少し寂しかった。

 ひとりが好きとは言っても、ひとりじゃなければならないというわけでもないから。


「好きだ」

「はあ!?」


 先に衝撃的な発言をしてからさらりと本題をぶつける。

 それをしようと思っていたのに木村の奴が慌てすぎて笑ってしまった。


「冗談だよ、俺らは友達なんだからもっと来いよ」

「じ、自分から違う場所を選んだんだろ!」

「木村がひとりがいいって言ったからだろ?」


 正しくは、ひとりでいるのが好き、だったが。

 まあ、俺からすれば同じような意味だから大して問題もない。


「は? あ……そういえばそんなことも言ったな……」


 しかもいまは東城と毎日食べていると言うしな。

 そこは期待していないから問題はない、ごはんを食べるときぐらいひとりでいたいし。


「いや違う、ひとりでいるのはなにも考えなくて済むからで、誰かといられるのも嬉しい……から」

「だから東城と毎日一緒にいるんだろ? 東城は付き合ってくれて優しいなあ」


 仲の良くもない俺にだってあのにこにこ笑顔でいてくれるぐらい。

 下手をすれば聖人扱いされていてもおかしくはない、いいことだからそういうことにしておくか。


「言っておくがそういうのはないからな! あとっ、変な遠慮してどっかに行ってんじゃねえ!」

「そうそうっ」

「うわあああ!?」


 また同じ失敗を繰り返して東城に怒られていた。

 そりゃ自分が言ったときに限ってまるで化け物にでも出会ったような反応をされたら嫌だよな。


「私達はそういうのじゃないよ、ねえ?」

「あ、ああ」


 うわ、こういうパターンが1番残酷だ。

 気になっている女子自らないと現実を突きつけてくれるとは。

 俺だったら悲しくなりすぎて少なくともその日はすぐに帰る。


「それに私、彼氏がいますからっ」

「「えっ!?」」

「もー! なんで渡辺くんも驚いているの!」


 いや、彼氏がいるのに他の男子とごはんを食べたりしていていいのかという疑問。

 しかも休日も遊んだりとかさ、彼氏がいる人間でもそういうところは自由なのか?

 例えば俺が誰かと付き合っていたとして、異性の友達ばかり優先していたら多分怒られるぞ。


「と、東城さんっ、もしかしてそれって純――」

「え、違うよ?」

「「ふぅ、それならまだいいな」」


 あの小さい同性に先を越されていたら引きこもり事件になる。

 良かった、これで1ヶ月間引きこもることにならなくて済んだのだから。

 というか、そりゃ付き合っているよなという話。

 愛想がいいって重要なんだなってよくわかる1例だ。


「ちょ、僕を置いていかないでよ」

「足立、先に誰かと付き合ったりしたら吹っ飛ばすからな」

「ええ!? な、なんで急にそんなに怖い話になっているの!」


 身長だけしか勝てる部分がないなんて情けなさすぎるだろう。

 だから守ってもらうしかない、俺が惨めな気持ちにならないためにもずっとな。


「その背と同じぐらい謙虚に生きていろと言っているんだ」

「別に遠慮しているわけじゃないよ!」


 先手を打って攻撃を仕掛けてこようとする足立の頭を抑えて止めた。

 そのタイミングで予鈴が鳴ったのでふたりと別れて東城と戻る。


「東城、あんまり不意に現れたりするなよ、木村の心臓が口から飛び出るぞ」

「いやいや、あれは木村くんが大袈裟に驚きすぎなんだよ」

「いやでも実際、背後から急に声をかけられたらかなり驚くぞ」


 自分がされた場合のことを考えてみた方がいい。

 もし背後から大して知らない男子に話しかけられたら、きゃあ!? ってなるだろうよ。


「あんまり純くんを馬鹿にしないであげてね」

「東城と付き合っていないと知れただけで十分だ」


 他の異性に手を出そうとしているようなら頑張って止める。

 足立がいくら頑張ったところで姉と弟にしか見えない。

 待て、逆にそれが良くて狙おうとする女子がいるのでは?

 それならその女子に話しかけて頑張って止めようと決めた。




「見ててよっ? 僕にもできるんだから!」


 自販機相手にぴょんぴょんとし始める足立。

 俺としては俺と言うのやめたんだなぐらいにしか思えなかった。


「ふんぬぅ~!」

「無理するな」

「わっ、も、持ち上げないでよ!」


 努力を全否定しているのと同じだと怒られてしまう。


「もう……渡辺くんってナチュラルに馬鹿にしているよね」

「してないしてない、俺がいるんだから頼ればいいだろ?」


 俺だって満足にできないから家事などは専業主婦の母に任せてるわけだし――って、これは駄目か。

 あれからというもの、少しずつ手伝ってできるように頑張っている。

 試しに卵を焼いてみた際には真っ黒にはならなかったが微妙だった。

 けど、最初から上手くいくだなんて考えていないからこれからも頑張ろうと考えていた。

 ……話が逸れたな、とにかくできないときは他人に甘えればいいんだ。

 相手ができないなにかにぶち当たったら協力してやればいいだけ。


「バスケやるんだろ? 行くぞ」

「うん」


 東城がバスケ大好き少女でよくあそこでやるみたいだ。

 親友みたいな立場である足立はそれによく付き合わされていたらしい。

 でもそのおかげである程度は上手くできるようになったらしいし、継続するのは大切だとよくわかる。


「透も反対でやろうぜ」

「おう、そうだな」


 いい加減普通の打ち方で決めないと格好悪い。


「レイアップだっけ? それって難しいのか?」

「いや、ディフェンスがいなければ普通のシュートより楽だぞ」


 試しにしてみたら不格好ではあったものの入れることができた。

 ドリブルのスキルとかがあればこれは最強かもしれない。

 これの上位スキルがダンクだとはわかっているが、日本人でできる人間は少ないだろう。

 ましてや初心者である俺が口にすることすら間違っているレベルの話だからやめておこうと決めた。


「透、この後……家に来るか?」

「無理するなよ」

「ま、来てくれても特になにもしてやれないからと断ったんだが、断る程でもなかったなってさ」


 少しだけ確認してみたいだけだった。

 なにができるわけじゃないと考えているくせに余計な思考が働いた。

 寒い季節じゃないからあれだが、肌着だけを着ていたというのもその理由のひとつ。

 単純に入浴後は肌着だけで寝るという可能性もあるけどな。


「こ、来いよ」

「あ、じゃあ行くかな、本当に無理してないんだよな?」

「大丈夫、見られて恥ずかしい物もないからな」


 あまり遅く帰ると母に心配をかけるから抜けることにした。

 東城と足立はまだ残るということだったので特に気にする必要もなく。


「ここだ」

「へえ……」


 別に外見が汚いとかそういうのじゃない。

 俺の中で勝手に貧乏というイメージがあるが、失礼な話だからこれについての情報を捨てておいた。


「座って待っていてくれ」

「おう」


 畳なのは彼の部屋だけらしい。

 2階に和室って珍しいな、それとも俺が知らないだけか?


「はい、飲み物」

「ありがとう」


 夜ごはんとかはどうしているのだろうか。

 母だけしかいなくて母は大体20時頃までは帰ってこなくて、ってことは自炊しているだろうが……。


「ちゃんとごはんは食べているのか?」

「ああ、大丈夫だ」


 怪しいな、なんか心配になる。

 俺の予想では母があの時間に帰ってくるというのもなんだか信じられないところ。

 そんな時間に帰ってこられる仕事であれば100円というのはなあ。

 だって消費税があるから買えないじゃないか、やっぱりおかしい。


「だったらもう夜ごはんを作ったらどうだ? 17時を越えているしいい時間だろ?」

「いや……まだいいだろ、母さんが食べるときに冷たくなるからな」

「電子レンジを使えばいいだろ?」

「電子レンジは……ないんだ」


 最低限の物はあるらしく実際にそれを見せてくれた。

 俺にとっては1家に1台電子レンジがあるものだと考えていたから驚いた。

 じゃあ冷めたら冷めたままで食べなければならないのかよ。

 1階の事情はわかったから木村の部屋を見せてもらうことにする。


「へえ、綺麗だな」

「汚いのは嫌だからな」


 ここも最低限の物しかない。

 あのビデオ通話のときからわかっていたことだが、布団を敷いて寝ているようだ。

 ベッド派の人間としてはこれも驚き、とはいえ電子レンジよりはまだ受け入れられるかな。


「見せてくれてありがとう」

「ど、どういたしまして」

「戻ろう」


 やっぱりなにもしてやれることはないな。

 実は母が朝まで帰ってこないということなら一緒にいてやるぐらいはできる。

 ただ、それは俺のただの妄想だから口にしたりはしない。

 いつもように柔らかい表情でいるわけだし、きちんと帰ってくるなら問題もないだろう。


「寂しかったら連絡してこいよ、相手ぐらいならしてやるから」

「さ、寂しくなんかねえよ!」

「はは、そうかい、それじゃあな」


 結局、余計なお世話ってやつだよな。

 本人は至って元気そうだから友達として対応しておけば大丈夫なはず。

 気にしすぎていても自分のことが疎かになりそうだからやめておいた。

 心配されたくて一緒にいるわけじゃないだろうからな。




「失礼しました」


 なかなかどうして職員室の雰囲気というのは疲れる。

 教科担任め、いちいち運ばせやがって。

 軽く地獄へと繋がるそんな門に見えてくるぐらいだぞ、あの静かな感じがもう嫌すぎるっ。


「はぁ……」


 ああいう思いを味わう度にもう2度と来ないからなと内で叫ぶものの上手くいかずという現実。

 仕方がないから足立や木村を廊下から眺めようとしたら……。


「なんだあれ」


 と、ひとり廊下で呟いてしまった。

 なんであいつだけ席を離されてるんだよ。

 なんか異様な感じだった、しかも本人はずっと俯いたまま。

 おかしいのはその状況でひそひそ話をしたりする人間がいないということ。

 誰かひとりは気にしていてもおかしくはないのに、まるでいない者扱いされているのは普通に驚く。


「失礼」


 教室に足を踏み入れても特に変わらない。

 そのまま俯いたままの木村を連れて行こうとしても同じだ。


「おいおいどうしたよ、いつもの元気はどうしたんだよ」

「……別にいいだろ」

「明らかに異様だったんだよ、だから何故かこうして連れ出してしまった形になるな」


 まだ馬鹿にしているとかならわかりやすいんだけどな。

 でも、こんな感じならそりゃ教室にはいたくないわな。

 あそこに来たくなる気持ちもわかる、東城に甘えたくなる気持ちもわかる。

 相手をしてもらえるって本当にありがたいことだと知ることだろう。


「苛められているとかじゃないんだな?」

「当たり前だろ、そんな無駄なことに時間を使う人間はいない」

「そうか、なら連れ出して悪かった」


 余計なことをすると刺激してしまう可能性もある。

 そうだとわかっていても友達だからって今回はこうしたわけだけどさ。

 中には自分から言えなくて、抱えて、抱えてきれなくなって終わる人間もいるだろうから不安だった。

 そういうところに関して木村は情報を吐いてくれないから余計にな。


「心配してくれたのか?」

「友達なんじゃなかったのかよ、心配ぐらいするだろ」


 教室に戻ってからも引っかかったままだった。

 まだわかりやすくそういう雰囲気を出してくれていたら良かったんだが。

 教室内の雰囲気はあくまで平和、至って普通の生徒の集まりみたいな感じ。

 木村の席だけ離されているのと、まるでいない者扱いしている以外は本当に楽しそうだった。

 気になるのは教師がどういう風に考えているかということ。

 あのまま放置するってわけじゃないよな? 自分からそうしているというわけでもなさそうだし。

 とにかく授業が始まって一旦考えるのをやめる。

 普段から真面目にやっておけばテスト期間のときに焦らなくて済むからな。

 他人のことで自分のことを疎かにしてはならないのだ。




「東城さんは明るくていいな」

「そうかな? 意識しているわけじゃないけど」


 結局、あれからはすぐにこちらに来てしまうのでわからなかった。

 わかっていることは、こちらにいるときは普通に楽しそうだということ。

 恐らく東城が癒やしの存在になっているんだろう、純も来たりして余計に良くなっていた。

 その空気をぶち壊さないためにひとりで帰ることにする。

 今日は俺が買い物をしてくると母には言っているのでその任務を終わらせるためでもあった。


「よし」


 必要な物をかごに入れたら会計を済ませて家に帰ることに。

 普通に重い、これを食材が無くなる度に母にやらせていたとは……もっと早くやってやるべきだった。

 専業主婦だからと全て任せるというのは違う。

 父は頑張って働いてくれているから、その子どもである俺がこれぐらいを手伝わないとならない。


「ナイシュー」


 今日は小学生軍団がバスケットコートを利用していた。

 ないところはないからそりゃあるなら利用したくなるよなという話。

 残念ながら食材的に寄り道している場合ではないから真っ直ぐ帰ろうとしたときのこと。


「珍しいな、母さんが来るなんて」

「うん、たまにはね」


 危ない、咄嗟に隠れて良かった。

 へえ、あれが木村の母親か、派手というわけでもないんだな。

 あと、心なしか木村も嬉しそうだ、でも珍しいってどういうことだ?

 ここら辺に来るのがってことか? それとも、単純に家に帰ってくる機会が少ないとか?


「ごめんね、あんまり帰れなくて」

「気にしないでくれよ、頑張って働いてくれているんだからさ」

「ちゃんとお金使ってる?」

「ああ、飯だってちゃんと食ってるから」


 嘘をつきやがったな木村の奴。

 母は恐らく本当にある程度の余裕があるぐらいの額を置いているか振り込んでいるんだと思う。

 だが、彼の方が使わないでいるんだ、負担をかけたくないとかそういうのだろう。

 ま、母が冷たい人間とかじゃなくて良かったか、普通に美人だし清潔感もあるし。

 ただ、そうなるとあの教室でのあれはなんなんだ? あんなことされる意味がわからない。


「ごめんね、今日も忙しくてここまでになっちゃうけど」

「家もあるから大丈夫だ、風邪とか引かないように気をつけてくれよ?」

「うん、茂樹くんもね」


 こっちに来ようとしていたのであくまで向こうから来たみたいに演じておいた。


「こんにちは」

「あ、こんにちは」


 家に帰れない程の激務ってなにをしているのか。


「この野郎!」

「うわっ、な、なんだよ!?」

「……盗み聞きしやがって、丸わかりだったぞ」

「悪い……」


 けど、あんな近くで足を止めて話したのも悪いと言い訳をさせてもらいたかった。

 が、その後も木村はぷんぷんとしたままで聞いてくれやしなかった。

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