02話.[俺は高校2年生]

 今日は廊下で読書をしていた。

 雨が降っているからしょうがない、それに教室内では集中できやしないからな。

 ただ、


「おい木村……」


 何故だか先程からずっと睨まれているのだ。

 なんですぐに場所がばれているのかがわからない。

「渡辺のせいで酷い目に遭ったからな」と彼はまだやめない。


「悪かったって謝っただろ?」

「違う……それはいいが渡辺が逃げるからだ」


 なんかもう依存されてしまっているらしい。

 もうごはんは食べた後だから気にせずに読書を続ける。


「なに読んでいるんだよ?」

「ラノベだ、かたっ苦しい内容の物は好きじゃないからな」

「二次元が好きなのか?」

「と言うより、現実を直視したくないんだろうな」


 賑やかなのが嫌いと言うより、加われないから逃げているというかそんな感じ。

 周りはなにも悪くはない、自分が悪いとも言うつもりはない。

 ただただこうして生きてきて乗り越えてきたから問題視する必要もないだろう。

 でも、こういうことを言っておけばひとりが好きという発言の説得力も増していいのではないだろうか。


「オタクとか言ってくれるなよ」

「い、言わねえよ」

「自分で思うのはいいけど言われるのは嫌なんだよなー」


 沢山購入してあるから俺は立派なオタクだ。

 ポスターとかを貼っているわけではないからにわかオタクなのかもしれないが。


「木村は本当は教室にいるのが嫌なんだろ?」

「そ、そういうわけじゃないぞ」

「無理するな、俺だってこうして出てきているんだから同族だぞ」


 変に強がったところで意味もない。

 そもそもどもってしまう辺りがもうそうだと言っているようなものだ。


「みーっけ!」

「うぇっ、と、東城さん……」


 あれま、余計に症状が悪化している気が。

 彼女はぺろっと舌を出して笑った。

 あー、なんか誰にでも気さくに接することができそうで良さそうだな。

 リハビリの相手としてはこれ以上なく相応しいかもしれない。


「そんなに怖がらないでよ~」

「こ、怖がってなんかないですよ」

「なんで敬語なの?」


 あくまで彼女は彼女らしく接しているだけだなこれは。

 なのに木村が過剰に反応をして、追い詰めているように見える。

 ここだけで見るとSな少女東城&Mな男子木村という感じ。


「落ち着いてっ、まずは深呼吸!」

「わ、わかったっ、すぅ……はぁ……」

「よし!」


 また彼女もノリがいい人間のようだ。

 誰が相手でもそのように接することができるのは有効なスキルだと思う。

 ぶすっとしている人間に来られても気を使う必要が出てくるだけだからな。

 そんなことをしていたら余計にひとりでいるのが好きになってしまうだけ。


「まずは自己紹介をするね、私は東城三樹みきです」

「ふぅ、俺は木村茂樹で……だ」


 同じ漢字というのもいいのではないだろうか。

 まずはすぐに慌てずに冷静に対応できるようにならないとな。


「はぁ、渡辺くんは?」

「え? あ、渡辺透」


 なんかあからさまにやれやれという表情で見られている。

 自己紹介なんて4月にしているんだからいらないと思った。

 だって俺と彼女は同じクラスなんだしな、木村は直接聞いているから知っているし。


「よし、これからはふたりが教室で過ごせるように特訓をしよう」

「「え、必要ないぞ……」」

「駄目なの、だって教室にいられる権利があるのにおかしいじゃん」


 違う、俺は自分の意思で出ているだけだ。

 幸い苛めとかは存在していなかった、仮にあっても適当に躱すだけだし問題もない。


「東城、俺は自分の意思で教室から出ているだけだ、それならいいだろう?」

「うーん、私としては教室にいてほしいけどそういうことなら」

「だから木村にはしっかり付き合ってやってくれ!」


 本を持って退散。

 こうしていじくり回されるのが嫌なのだ。

 俺は自由にやるから周りの人間達もこちらに関わることなく自由にやってほしい。

 

「はぁ……」


 雨が降った場合のことも考えておかなければならないようだ。

 最近新しく決めた場所はばれていないようだから問題もない。

 それに秋や冬になったらどうしたって寒くなるし、校舎内でも見つけておくべきだろう。

 問題なのは木村だけではなく東城も来るようになってしまったこと。

 ひとりの時間を大切にするために教室から出ているのにこれでは意味がない。

 これならまだ教室で大人しく席に座って眠くもないのに突っ伏していた方がマシだった。

 

「渡辺ぇ!」

「なんだよ」

「俺を毎回犠牲にしやがってっ」


 そんなことを言われても困る。

 いい人間ではないのだから自分だけは逃げるために差し出すのは当然だろ。

 なにも言わなくても、なにも出さなくても相手が納得してくれるならしない。

 けど、実際はそうじゃない、口にしただけでそうなんだと納得してくれる人間はほぼいないからな。


「それはしょうがないだろ、それに俺は相手が異性だろうと遥かに年上だろうと普通に話せる」


 これは実際に本当のことだ。

 事実、東城相手に動揺したりもしていない。

 動揺したりするのはいきなりハイテンションで来られたりしたときだけ。


「お、俺だって話せるぞっ」

「なら適当に躱せばいいだろ。俺はそれをした、ただそれだけのことだ」


 別に嫌われようと構わない。

 ただ普通に生きられていればそれだけで十分だった。




 休日は基本的に本を読んで過ごすのが常だった。

 読み終わったら新しいのを買いに行くという繰り返し。

 大事なのは一気に買うのではなくその都度買うこと。

 そうじゃないと数の多さに微妙な気分になって手をつけなくなるからだ。


「透、お友達が来てくれたわよ」

「友達?」


 無視もできないからと玄関に行ったら……。


「おはよう!」

「な、なんで俺の家を……」


 柔らかい笑みを浮かべて呑気に挨拶をしてくるそんな東城がいた。


「あ、もしかして用事とかあった?」

「いや、それはないけど……」

「なら良かったっ、ちょっと付き合ってくれない?」

「わかった、着替えてくるからちょっと待っていてくれ」


 こういうタイプは嫌だと言っても色々やり方を変えて誘ってこようとするはずだ。

 だから変に抵抗するよりはある程度従ってしまった方が早いし、問題も起きない。

 執着されても嫌だからな、最悪は木村を生贄に捧げればいいんだが。


「それでなにに付き合えばいいんだ?」

「バスケットコートがあるでしょ? バスケをしようよ」

「下手くそだぞ俺」

「大丈夫っ、木村くんもいてくれているから!」


 ああ、木村はもう犠牲になっていたのか。

 残念だな、東城の中のなにかを刺激してしまっているらしい、茂樹だけに。


「遅いぞ渡辺!」

「おはよう」

「おう!」


 めちゃくちゃこれからバスケをやります! という感じの服装だった。

 こちらはどこかに行くだけだと考えていたから運動するって感じではない。


「はい、ボールを貸してあげる」

「ありがとう」


 なんだっけ、そう、左手は添えるだけだ。

 って、俺は左利きなんだから添えちゃ駄目だろ……。


「うーん、やっぱり無理だな」

「諦めるのが早いぞ」

「中学も部活なんかやっていなかったからな」


 珍しく強制的に入らなければならない中学校じゃなかった。

 が、約500人生徒がいたが、そのほとんどは部活に所属していたという形。

 なんだろうな、強制されない方がやる気が出ていいのではないだろうか。

 ま、ほとんどの中学校が部活動に強制的に所属しなければならなくなっているから意味もない話だがな。


「まずは下投げとかなんでもいいからシュートをしてみようぜ、距離も近くていい」

「そうか? えっと、ほいっ」

「そうそう、まずは色々な形を試してみればいいんだよ」


 な、なんか木村になにかを教えられているというのが違和感しかない。


「慣れたら東城さんのように上からな」

「全然飛ばないんだよな」

「膝を適度に曲げて飛んでみればいい」


 飛ぶぐらいなら俺にもできる。

 けど、バスケ選手みたいに飛んでシュート、という流れにできなかった。

 シュートはシュート、飛ぶのは飛ぶだけみたいに。


「ゴール下なら飛ばなくてもいいんだけどな」


 大事なのは腕の振りと手の動きか。

 つか、なにを真面目にやっているのだろうか。

 言い方は悪くなってしまうが、別にバスケに興味があるというわけではない。

 好きな人間だけがやってくれればいいと思う、なんにだって当てはまることだから。

 やっていたって馬鹿になんかしないから、上手くできない人間のことも馬鹿にしないでほしい。

 とはいえ、東城が言っていたように他人はそこまで自分のことなんか意識していないんだけどな。

 それでも体育とかで使えないとか言う奴らはいるから、は? じゃああんたは最初からできたのか? って毎回ツッコもうとして黙ってやめるという連続だった。

 興味もないことについて言い争いをするなんて最高に時間の無駄だからだ。


「見ておくわ」

「そうか、わかった」


 自ら東城の方に近寄ってわいわいやり始めた。

 ふたりきりは緊張するからと誘われたのなら冗談じゃないぞ。

 性格がいいわけではないから利用されるのは嫌なんだ。

 ……本を持ってきておけば良かった。


「くぅ、木村くんは上手だね!」

「小中とやっていたからな」

「なんで高校では入らなかったの?」

「まあいいだろそんなことは、やろうぜ」

「うん」


 なにかをするには必ず金が必要になる。

 本みたいに毎回毎回細かい出費というわけではなく、一気にどでかくどかんという感じで。

 って、勝手に俺は木村家を貧乏だとか失礼な妄想をしているが、まあ引っかかることがあるんだろう。

 そういう部分にはあまり踏み込もうとしない方がいい、金銭面で援助できるなら話は別だけどな。

 たかが高校生じゃそんなこと不可能だ。

 大体、仮にできても相手が受け取ろうとしないはず。

 憐れまれているのと同じだだからな、木村はプライドとかも高そうだし無理だろ。

 待て、プライドが高い人間が弁当を受け取るか? やっぱりプライドは高くないのかもしれない。


「渡辺くん」

「ほい」

「ありがと!」


 確実に必要ないとわかっていても帰ることはしない。

 変な風に口に出したりもしない、そんなことをしたら面倒くさいことになるから。

 そこら辺については大人なつもりだ、なんでもかんでも真っ直ぐぶつければいいわけじゃないんだ。


「とりゃあ!」

「わっ、危ないだろ!」

「休んでんじゃねえ!」


 おいおい、もしかして既に東城のことが気になっているとかじゃないだろうな?

 誰を好きになろうが木村の自由だが、流石にあまりにも単純すぎる。

 あまり一緒にいない人間なのに変わらず明るく接してくれたらいいのかもしれないけどさ。


「木村、東城のことが気になっているのか?」

「なっ!? そ、そんなわけないだろっ、俺は女の子が苦手だって言ったはずだが!?」


 対応が下手くそすぎ、これじゃあそうだと言っているようなものじゃないか。


「別に馬鹿にするつもりはない、そうならそうで頑張ってみればいいだろ」

「へ、変なこと言うなよな! 東城さんを困らせたくないんだ」


 確かに他人を好んで困らせるのは違うわな。

 けど、そんなにやにやと変な顔で言うと説得力がないんだよな、と。

 勘違いして順序をぶっ飛ばしてしまいそうだし。


「私を困らせたくないってなんの話?」

「うわあ!?」

「むっ、なんでそんな反応をするの!」


 やれやれ、そういう反応をするから絡まれるというのに。

 休憩ということになったから東城の相手は木村に任せて自販機へ。


「んー! と、とど、届か、ない……」


 そうしたらなんかかなり小さい男子が格闘していた。

 数秒それをぼけっと眺めていて、はっとなった俺は近づく。


「これでいいのか?」

「えっ、あ、うん……」

「ほい、押したから取れよ」

「あ、ありがとう――あ、ありがとうございます」


 まさか3段目に届かない人間がいるとは思わなかった。

 自分が小学生の頃でも届いて――いや、自動販売機を利用していなかったか。

 スーパーで買った方が安いと両親に言われ続けていたから飲み物を買いたかったらいちいち行ってた。


「あ、俺は足立じゅんと言います」

「そ、そうか」


 最近は急に自己紹介が流行っているのかもしれない。

 ここには飲み物を買いに来ただけだから小銭を投入してボタンを押して。


「ま、小学生があんまりひとりで出歩くなよー」


 無理して俺と言いたくなる気持ちはよくわかる。

 だって俺が僕とか言っていたら自分が気持ち悪すぎてしょうがなくなるからな。


「待ってください! 俺は高校2年生ですよ!」

「えっ!? し、身長は?」

「1……42センチです」

「そうか、まあ誰にでも自己紹介をするのはやめておけよ、それじゃあな」


 相手が小さい高校2年生だったというだけ。

 あとはあれ、自動販売機の下にブロックが置かれていたというだけ。

 なにも全ての自動販売機の3段目に負けるというわけでもないだろう。


「遅いぞ!」

「空気を読んで抜けてやっていたんだよ」

「だ、だからそういうのはやめろ!」


 ただ話せるというだけでにやにやしている人間がなにを言う。

 飲み物をある程度飲んだら適当なところに置いて俺も少しやることに。

 大体、下からシュートだけしかできないまま帰られるわけがないだろ。


「とりゃあ!」

「上半身ばっかり力んでも駄目なんだってっ」

「膝を曲げるんだよな? ふぅ、ほっ!」

「そうそうそう! そんな感じだ!」


 何気に世話焼きというかこういうタイプなのかもしれない。

 おにぎりひとつじゃ足りなくて涙目になっていた人間はここにはいなかった。




「はは」


 いつもの場所でごはんを食べ終え本を読んでいた。

 傍から見たらやばい奴だが、こんなところに来る物好きな人間はいない。

 が、グラウンドではわーわーと複数人が男子が盛り上がっていた。


「ちょっ、勢い良く投げ過ぎだよー!」

「わりー」


 ん? なんか聞き覚えのある声が。

 ひとりがボールを追ってこちらにやって来る。

 しかも小さい姿は……見間違えようもない。


「あ、渡辺さん!」

「え、なんで俺の名字を知っているんだ?」

「三樹ちゃんから聞きました」


 み……ああ、東城のことか、意外なところで繋がっているものだな。


「早くしろよー!」

「あ、ちょっとやっててー!」


 いや、本当に早く向こうに戻って遊べよ……。

 ここすらも変えなければならなくなったら嫌だぞ。


「この前はありがとうございました」

「敬語じゃなくていい、それに礼を言われるようなことはしていないだろ」


 同じ学年なら尚更のことだ。

 もっとも、まだ信じられてはいないけどな。


「あ、でも、あの自動販売機に勝てなかっただけですから!」

「わかってる、あそこのは少し高くなっているからな」


 これを機にスーパーで買うようにしよう。

 そうすれば小遣いを無駄に消費しなくて済むし、なんなら少し安く2リットルを買える。

 なんで何回も利用してくれそうな自販機の方を高くしたんだろうな、電気代の関係か?


「それよりどうしてこんなところで……」

「察してくれ」

「あ……す、すみません」


 謝られると最強に惨めな気持ちになるな。

 まあでも足立の奴が悪いわけじゃないからしょうがない。


「それより敬語はやめろ」

「い、……いいの?」

「ああ、敬語を使ってもらえるような偉い人間でもないからな、あ、でも先輩にはやめておいた方がいいぞ」

「うん、それは守るけど」


 ……敬語をやめると余計に小中学生感が増す。

 でも、気にしているかもしれないから口にはしないでおいた。

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