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Rinora

01話.[たまらなく幸せ]

 いつもの場所で昼ご飯を食べようとしたら知らない男子がいた。

 それでも気にせず、けれど結構距離を作って座って母作の弁当を食べることに。


「美味そうだな」

「あ、これか? 母さんが作ってくれたやつなんだ」


 話しかけられても無視したりはしない。

 ただ、話しかけてくるとは思っていなかったから困惑しかなかったけども。


「ぐぅ……」

「た、食べるか?」

「いいのかっ!?」


 まだ食べようとしていたところだったから丸ごと手渡す。

 ま、まあ、母さんもこれだけ美味しそうに食べてもらえたら嬉しいだろう。

 昼に食べなかったぐらいで死ぬわけでもなし、それよりこの男子を放っておく方が問題だと思う。てか、できない、こうして見られた以上無理。


「あ、ありがとな!」

「なかったのか?」

「……なんでかわからないがすぐに腹が減るんだ」


 食べた内容を聞いたらそりゃ減るよなと。

 おにぎりひとつじゃ俺だって足りない、そういう目で他人のごはんを見てしまうのはおかしくない。


「家は母ちゃんしかいなくてな、昼飯代は100円だからさ」


 100円か、それこそスーパーでおにぎりひとつ買えるかどうかというところ。

 購買のパンでも110円で不可能、それに単純に好みの問題もあるからな。

 というか、いきなり重い話をぶち込んでくるのはやめていただきたい。


「悪かった、あんたの分が……」

「気にするなよ、それより美味しかったか?」

「ああ! それはもうすっごく美味かったぞ!」

「そうか、なら良かった」


 レンチンを多用していようが朝から作ってくれていることには変わらない。

 だから感謝している、自分が食べなかったのだとしても美味しいと食べてくれたのなら満足してくれるはず。

 俺も今度腹が減ったら潤んだ目で相手の弁当を見よう。


「名前を教えてくれないか? 俺は木村茂樹しげきって言うんだが」

「渡辺とおるだ、それを貸してくれ」

「洗ってくるぞ?」

「いいんだ、貸してくれ」


 会う可能性は低いがそれじゃあなと言って教室に戻るために移動した。

 100円しか貰っていなかったからってなにかをしてやれるというわけでもないし。

 母に余計に作ってくれとも言えない、自分で稼いでいるわけでもないしな。

 明日からは別のところを利用しようと思う。

 どちらにしても教室で食べるのは違うから探し続けるしかないのだ。


「これだったらやらない方が良かったか」


 なかなかどうしてそういう変化に対応するのは難しい。

 ま、スーパーのおにぎりを悪い物だとは言えないがな。




「渡辺くん、ちょっといいかな?」

「ん? おう、大丈夫、あ」


 女子に声をかけられたと思ったらその向こうに木村がいた。

 でも、女子は女子で用があったらしくなにかを言おうとする。


「渡辺っ!」

「お、落ち着け……」


 そんな犬みたいに来られても困るぞ。


「あ、それでなにか用か?」

「あ、うん、けど木村くんが先でいいよ」

「で、木村はどうしたんだ?」


 で、木村の方は何故か俺の後ろに隠れるようにして黙ってしまった。


「あー、それでどうしたんだ?」

「あ、渡辺くんだけがプリントを出してないからさ」

「悪い、これだよな?」

「うん、ありがとう」

「いや、こっちこそありがとう」


 異性が苦手なのだろうか。

 女子が去ったらまた目の前にやって来た。 


「わ、渡辺、俺だ、木村茂樹だ」

「見ればわかる、それでどうしたんだよ?」

「こ、ここでは話しづらい……」

「わかった」


 なんか一部の女子からは人気がありそうな感じ。

 つい隠れてしまおうとするところとかな、相手は自分と同じぐらいの身長の男子だが。


「悪い」

「別にいい、それで?」


 俺はクラスや学年を教えていないからあれきりな感じになると考えていた。

 が、どうやったのかは知らないものの、木村はこうして俺の目の前にいる。

 もっとごはんを寄越せとか言われてもなにもしてやれないぞ。


「俺と友達になってくれ!」

「いいぞ」

「いいのか!?」


 いちいち大袈裟な反応をする奴だ。

 だけどあれ以上あげたりはできないときちんと説明しておく。

 木村は「それでもいいから友達でいてくれ」と言って嬉しそうに笑っていた。

 友達になっただけで嬉しそうにしてくれるのは悪い気はしないな。


「木村は女子が苦手なのか?」

「ああ……、情けないが苦手だな」

「ふっ、なんか意外だな、女子相手でもどんどん話しかけそうなのに」

「ど、どこの世界の俺だよ……」


 ちなみにこちらは苦手でも得意でもない。

 話しかけられたら先程のように対応をするというだけ。

 特に緊張する必要はない、相手を怯えさせないように丁寧な対応を心がけるが。


「渡辺っ、連絡先を交換してくれっ」

「いいぞ、はい」

「えっ、お、俺に操作させるのか!?」


 どちらにしても携帯は滅多に利用しないから任せるしかない。

 交換してくれと口にしたのは木村なんだからそれぐらいは自分でするべきだ。

 何故だか物凄くゆっくりと操作していて、返ってきたのは冗談でもなく約5分後だった。


「それじゃあな」

「ああ! また昼休みにな!」


 なんでだ……。

 流石に目の前でむしゃむしゃと母作の弁当を食べられないぞ。

 鬼畜な人間というわけでもないからな……。




「渡辺っ、来たぞっ」

「お、おう」


 木村はすぐに笑みを浮かべるから悪い気はしないんだけどなあ……。

 袋から取り出したのはツナおにぎりひとつだけ、風で飛ばないようにポケットにしまった。

 こっちは母作の弁当箱を開封して食べ始める。

 相手の方を見なければ大丈夫だ、ここには俺だけしかいないから大丈夫。


「ここ、何回も利用しているのか?」

「そうだな、教室で食べるのは苦手なんだ」


 賑やかなところはあまり得意じゃない。

 静かにしろなんて言えないからこうして出てくるしかないわけだ。


「そのおかげで俺は渡辺に出会えたわけだから悪いことじゃないな」

「そういえばどうやって俺のクラスを突き止めたんだ?」

「渡辺のクラスから出てきた男子に聞いた」


 対同性の場合は普通に話せるようだな。

 そこまで難しく考えなくてもそんなに変化はないんだけどな。

 ただ声が高かったり背が低かったりするだけだ、そう考えておけば緊張もしないだろう。


「毎日連絡するからなっ」

「それはいいけど、反応できないときだってあるからな?」

「わかってるっ、それに俺は暇だから何時間でも待てるからな!」


 暇だからって、母親だけしかいないなら家事だってしなければならないだろうに。

 それをしても尚、時間が余るということなのだろうか?

 偏見かもしれないが、片親でしかも母親だと恐らく仕事は……って良くないイメージがある。

 そうすると夜に出て朝まで帰ってこないよな? だから小銭を置いておくというのも、なあ?

 けど、せめて200円にしてやってくれないだろうか?

 わざわざ毎日スーパーに寄るのも不効率だし、200円になれば購買のパンも買えるから。


「22時以降は寝ていることが多いから起きていたりしないようにな」

「わかった、渡辺は結構早寝をするんだな」

「そうだな、あまり遅くまで起きても得がないからな」


 よし、会話をしながら食べるのは行儀が悪いが食べ終えられた。

 大事なのは食べているときに相手を見ないこと。

 すぐにいい笑みを浮かべてくれるというのもなんだか申し訳ない気持ちになる。


「木村も教室が苦手なのか?」

「ん? あ、別にそういうことはないぞ」

「ならなんでこんなところに?」


 ここは外だ、わざざわ靴に履き替えないといけないんだぞ。

 苦手ではないのなら教室で昼ごはんを食べればいい。

 食べ終えたら突っ伏す、その流れは最強だと思う。


「苦手というわけではないんだ、ただ、ひとりでいるのが好きなだけで」

「そうか」


 それなら俺がここに来ると意味がなくなってしまう。

 明日からは変えようと決めたのだった。




「聞こえているか?」

「おう、聞こえてる」


 読書中に電話がかかってきて読むのをやめた。

 連絡すると言っていたのだからなんにもおかしなことじゃない。


「ちょっとビデオ通話にしてくれないか?」

「わかった」


 その瞬間に見えたのは、木村の顔と白い壁と畳。

 割と綺麗にしているのか、床の上には特に置かれていない。

 何故か彼は上から自分を映しているらしく他の情報もよく見えるのだ。


「母さんはいないのか?」

「もうちょっとで帰ってくる」


 ……水商売というわけではなかったらしい。

 それなら何故100円? 木村も説明していないのだろうか?


「昨日はありがとな」

「母さんは喜んでくれていたぞ」

「美味しい物を美味しいと言わない方がおかしなことだからな」


 そうだな、わざわざそこで天の邪鬼になる必要はない。

 朝から頑張って作ってくれているうえに美味しいから本当に母親様様だなと。

 少しは手伝ってやらなければならなさそうだ、もっと早く気付けよという話だが。


「ひとりで寂しかったからな、ありがたいぞ」

「そうか」


 ビデオ通話ももう終わらせているから気にせず読書を再開する。

 別になにか面白い話もできないから返事だけしておくぐらいしかできないからだ。

 相手が絶対に気に入られたい異性というわけでもなし、気にする必要はない。

 ところで、母はもう少しで帰ってくるというあれ、どうせ嘘だな。

 余程のことがなければ午後20時ぐらいでひとりで寂しいだなんて考えない。

 大体その時間になれば家族が帰ってくるということなら尚更のこと。

 連続しているからじゃないのか? ひとりでいることばかりだからじゃないのか?

 ただ友達になっただけであんな大袈裟な反応を見せていたのはそういうことだろう。

 その寂しい時間を友達と過ごすことで埋められると考えたからという可能性もある。


「明日、木村の家に行く」

「あ……それはやめてくれ」

「なんでだ?」

「来てもなにもしてやれないからな」

「そうか、木村がそう言うならやめておくよ」


 なにかしてほしいわけじゃないんだけどな。

 逆になにかしてほしくて他人の家に行く人間はいないだろ。

 ま、どうせ食べる場所は変えようとしているんだから気にしてもしょうがないか。

 それこそ関わったところでなにかしてやれるというわけでもないからな。


「これ以上は迷惑をかけるから切るわ」

「おう、じゃあな」


 携帯の電源を消して読書に集中し始める。

 俺にとってはそれだけで十分だった。




「渡辺くん」

「あ、もしかしてまた出してないプリントでもあったか?」

「ううん、今日は単純にきみに用があっただけ」


 珍しいな、そんなことがあるなんて。

 ああ、そういうことか、木村に興味があるんだな。


「木村なら外で食べてるぞ」

「なんで木村くんの話が出てくるの?」

「え、興味があるんじゃないのか?」


 というか、当たり前のように他クラスの木村を知っているってすごいな。

 なんらかの魅力があれば他クラスだろうと調べようとするものなのだろうか?


「あ、なにか迷惑でもかけていたか?」

「ぷっ、あははっ」


 え、笑われても困る。

 彼女が悪役であったのなら合っていると言うしかないが。


「自分に用があるって考えないんだ」

「ほら、俺は基本的に教室外で過ごすからさ」

「確かにそうだね、渡辺くんがじっとしているときなんてほとんどないし」


 なんか言うことを聞けない小学生みたいに言われている。

 ま、事実その通りなんだから言い訳をしたりはしなかった。


「それよりさ、どうして教室にいないの?」

「賑やかなのが好きじゃないんだよ、クラスメイトにしたって変なのがいない方がいいだろ?」

「そこまでみんなが気にしているわけじゃないよ」

「だな、でもみんなに静かにしろなんて言えないから出るしかないだろ?」


 木村が言っていたようにひとりでいる方が好きなんだ。

 別にここにいようと思えばいくらでもいられるが、わざわざそんなことをする必要もない。


「なるほど、渡辺くんは自分が折れるタイプなんだね」

「というか、そういう風にしかできないというだけだな」

「でも、波風を立てないようにしているのは偉いと思うよ」


 な、なんでこんなに褒めてくれるんだ?

 残念ながら彼女のことをなにも知らないからなにもしてやれないぞ。

 素で言っているのだとしたら彼女の方が偉いのではないだろうか。


「そういえば外で食べているって言っていたよね? 今度、私も行っていい?」

「別に俺の場所というわけでもないからな」


 異性に慣れさせることもできるかもしれないし悪いことじゃない。

 今後、沢山関わる必要が出てくるのだからある程度は普通に対応できた方がいい。

 異性が来る度に誰かの背中に隠れていたら話にならないからな。


「そこに行けば木村くんにも会える?」

「はは、やっぱり木村に興味があるんだな」

「木村くんって反応が可愛いからさ、からかいたくなるというか」

「あんまり意地悪しないでやってくれよ?」


 ……面白うそうだから少し見てみたい。

 そういう意味でも彼女が来ようとしてくれることは悪くはなかった。




 別のところを探すのは結構面倒くさい。

 それでも俺はいい場所を探して行動するのみだ。

 昼ごはんぐらい静かなところで食べたいからな。

 誰かが来てしまうような場所じゃ駄目だ、木村にもわからないぐらいの場所がいい。


「ここいいな」


 体育館とグラウンドに挟まれたそんな場所。

 目の前にネット、しかも段差があるから座るのも楽だし。

 そのうえで別に暗いとかそういうこともない、実にいいところだった。

 ネットがあるおかげでグラウンドで遊ぶ人間がいようとわかりにくいし、ネットがあるおかげで細道みたいな感じになっているから人もなかなか来づらいし。


「いま頃、驚いているところなのかねえ」


 あの女子、東城に場所だけは教えたからな。

 だから先程からずっと携帯が震えている。

 なんてことをしてくれたんだと叫びが聞こえてきているかのようだ。


「もしもしー?」

「もしもしじゃねえ! なんなんだあの女の子は!」

「俺と同じクラスの東城だ」


 一緒にいなくてもどれだけ慌てているのかが容易にわかる。


「つか、なんで来てくれないんだよ」

「俺もひとりでいるのが好きなんだ」


 それになにかを期待されたってなんにもしてやれない。

 それなら知り合う前レベルに戻しておいた方がいいだろう。

 いや、単純に外に出てきている理由を思い出したからだが。


「東城に場所を教えたのは悪かったよ。ただ木村は少し慣れた方がいい、意地悪がしたくて場所を教えたわけじゃないということはわかってくれ」

「……余計なことをするな、それにいまでも最低限の対応はできる」

「そうかい、それじゃあな」


 同じ敷地内にいるのに電話でやり取りをするっておかしいな。

 携帯をポケットにしまって母作弁当を食べ始めた。

 相変わらず安定していて美味しい。

 食べていると俺にも同じように作れるんじゃないかという考えが出てくる。

 が、残念ながら調理実習など以外では調理器具に触ったことがない人間だ、それはもう悲惨なことになるのではないだろうか? まっ黒焦げになったりとかな。

 食材を進んで無駄にしたくないし、一応手伝うと言っても母はいらないと言うのでやめているという形になる。だ、だから頼りきりな屑な息子というわけではないぞ。


「なに内で言い訳してるんだ」


 早く食べて読書でもしよう。

 この時間がたまらなく幸せだった。

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