第11話「告白」


 都は強い吐き気を感じて、立ちどまった。近くのコンクリートの壁に手をついて呼吸を整える。


 それでも、支えきれずに足元から崩れ落ちた。

 

 見慣れて景色が、歪んで見えた。


「都。しっかりして」

「少し静かにしてくれ」

 

 耳元で騒ぐなと、都は美和に釘をさす。


「今、助けを呼ぶから」

「――大丈夫」

 

 都は和江を呼ぼうとする美和をとめた。ふらつく身体を、壁にあずけて立ちあがる。

 

 先ほどよりも、多少楽になっていた。


「――美和。帰ろうか?」

「話してくれるの?」

「隠していることを、全部話すよ」

 

 美和に倒れかけられたところを、見られていた以上、隠し通すことはできない。逃げずに美和たちと、向き合うしかない。デザインズ・ベイビーだと、受け入れてくれるのは美和、和江、実次第だろう。


 それに、奈美と夢の中で会いつつみ隠さず、話す覚悟はできていた。

 

 決意はできていた。


「あのさ、都」

「――何?」

「手をつないでもいいかな?」

「ごめん。無理だ」


 美和の純粋さを奪う気がして、手をつなぐことはできない 美和は何も言わすに、都の手を握った。壊れ物を扱うような優しさに、都はふりはらうことができない。互い無言で手をつないで、自宅まで帰った。

 

 デザインズ・ベイビー報告書

 妻・奈美妊娠

 バイオ水槽稼働

 都誕生

 この頃から奈美が研究に、反対するようになる。

 都・一歳、一時解放

 はっきりと意思表示ができ、大人とかわらぬ会話ができるようになる。

 知能は高いが体力がないことが判明する。

 そこが、これからの課題となるだろう。 

           原田隆

 きっと、鈴がメモを残してくれたのだろう。帰ってきたら一冊のファイルが、ポストに入っていた。


「僕の父親は原田隆。それだけは、変わらない事実」

「薄々、気がついていたわ」

「――私も」

 

 隆がテレビや雑誌に、でている時の都の瞳はどこか冷たかった。

 

 冷えきっていた。

 

 美和と買い物をする時は、少し離れて歩いて、あの淡々と生活していた都が、自らのコントロールができないぐらいに、隆に対し憎悪を全面的にだしていた。

 唯一、都が感情を露わにした時でもある。都の肩に手をおいた時に、怖がっていた理由もわかった。


 ずっと、隆の陰に怯えていたのだろう。

 

 いつ、追手がくるかわからない日々を、すごしていたに違いない。

 

 美和と和江を守るために、都は神経をとがらしていた。


「なぜ、黙っていた?」


 知っていたなら、嘘をついていた都を責めることでできたはずだ。

 

 この家から追いだすこともできたはず。

 

 研究所に引き渡すことだってできたはずだ。

 

 それどころか、相田家の人々は都を家族として迎え入れた。冷たい態度をとっているにも関わらず、美和と同じように愛情を注いでくれた。隔てることなく、ここまで育ててくれた。


 普通の子供と同じように接してくれた。


「あなたの口から直接聞きたかったの。話してくれることを、信じて待っていたのよ」

「隠す必要はなかったということか」

 

 都の被っていた仮面が、簡単に剥がれ落ちていく。

 

 築き上げてきたものが崩壊していく。

 

 美和と和江と実の前では、仮面を被る必要はなかったのだと、自分を作らなくてもよかったのだと実感した。

 

 都を一人の「人」として、見てくれていた。知ったうえで家族として、受け入れてくれていたのだった。

 

 三人の懐の深さに、都はかなわないと思う。


「ごめんなさい。あなたの心が、壊れてしまわないか心配だったのよ」

「都が背負っているものを、少しでも軽くしたかったの」

「乗り越えないといけなかったのに、僕が逃げていただけです。三人は悪くない」

 

 どうせ、すぐ裏切るのだろう。

 

 離れていくだろうと、三人を信じきれていなかった。

 

 信用していなかった。


「実の母親はどうしたの?」

「父の部下に、目の前で殺されました」

 

 今でも、遺品すら見つけられていない。遺体も隆に部下に、回収されているだろう。


「都は強いわ。会いにいくつもりでいるのね」

 

 和江は都の成長が嬉しかった。


「ちゃんと、向き合おうとしているのね」

「会いにいきます。逃げるのは、やめました」

 

 本来、人は母親から生まれて、歳をとっていくもの。遺伝子操作を容認し――自然の摂理を、狂わせるわけにはいかない。自分のような子供を、増やさないためにも自分が動かないと何も始まらない。

 

 状況が変ることはない。


 同じような思いをさせないために、相打ち覚悟で隆をとめるつもりでいた。


 「それに、今を逃すと二度と会えなくなります」

 

 遺伝子崩壊が始まっている今――自分に残された時間は少ない。

 

 これが、間違いなく最後のチャンスだった。


「一つだけ約束をして」

「約束ですか?」

「人を殺さないで」

 

 もう、手を汚す理由はない。


「私たちなら、大丈夫よ」

 

 呼吸が止まるぐらい、和江は都をきつく抱きしめた。


「――母さん」


 都は引き取られて、初めて和江のことをお母さんと呼んだ今の自分にできる精一杯の愛情表現だった。離れていても家族だということを伝えたかった。


「忘れないで。都は相田家の子供よ」

「一生、忘れません。今まで、大切に育ててくれてありがとうございました」

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 

 和江に抱きしめられて、都は目を閉じる。そして、都は和江の身体を抱きしめ返した。その間、美和が無言なのは、泣いてしまうからだろう。都が解放されて、美和の横を通った時に耳元で囁く。


(大好きだよ。お姉ちゃん)

 

 初めて見せた笑顔を残して、都は住み慣れていた家をあとにした。




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