第8話「同胞」

「都君? 原田都君でしょう?」

 

 都は他学校帰る途中――他校の女子生徒に、声をかけられた。他の生徒たちが様子を見にくる。

 

 その視線がうっとうしい。

 

 女子生徒の腕をつかみ、裏路地に引きずりこむ。


「――誰? どうして、その名前を知っている?」

「私は山口鈴」

「――山口?」

 

 その名前に都は聞き覚えがなかった。


「僕を殺しにきたのか?」

 

 都は鈴の細い首筋に、ナイフを突きつけた。細い首筋に、赤い線が入る。早くも、今つけた傷は修復されつつある。

 

 おそらく、セカンド・タイプだろう。

 

 不思議なのは、鈴から殺気を感じないことだった。最初から戦うつもりなどなかったのだろう。それどころか、笑みまで浮かべている。

 

 都はナイフをしまった。

 

 父の命令でもない。

 

 追手ですらない。

 

 ならば、危険を顧みず、なぜ、自分の目の前に現れたのだろうか?

 

 鈴の意図が分からない。 

 

 理由が分からない。


「こうしないと、会ってくれないでしょう?」

 

 数少ない同胞を見たかっただけだと鈴は言った。

 

 都と話してみたかっただけらしい。

 

 ずっと、会ってみたかったのだという。

 

 鈴は殺されてしまうかもしれない恐怖よりも、興味を優先させたらしい。


**************


「捨てられた気分はどうかしら?」

「いいわけないだろう」

「私も同じよ」

「なるほど。本当に自分の意思で、会いに来たみたいだな」

「当たり前よ。あなたには、時間がないことは、わかっているわ。教授に会いにいくつもりでしょう? 今の家族はどうするつもり?」

「――守るさ」

 

 命にかえても、何があっても、守ってみせる。

 

 そのために、何人の追手の研究員たちを殺してきたことか。

 

 排除してきたことか。

 

 すでに、手は血で染まっている。

 

 心もドロドロとした暗い感情に支配されている。


「雑談をしにきたわけじゃないだろう?」

 

 早く本題に入れと都は瞳を細める。


「もし、私が教授を今の地位から、ひきずりおろすと言ったら、どうする? クーデターを考えていたら? 教授を殺すと言ったらあなたはどうする?」

「それは、君次第だ。僕が決めることじゃない。君の人生なら好きにすればいい」

「まさか、一人でいくつもりなの?」

 

 危険すぎると鈴が呟く。


「全て僕が終わらせる」

 

 鈴が見たのは覚悟を決めた都の瞳だった。


「分かったわ。あなたが決めたことなら、私は手をださない」

 

 都の意思を尊重したかった。


「けど、これだけはさせて」

「何を考えている?」

「遠くからになるかもしれないけれど、私にあなたの家族を守らせて」

 

 鈴がそんなことを考えていたなんて、都は思ってもいなかった。


「僕の家族を、頼む。それと、この手紙を渡してほしい」

 

 美和と和江に気がつかれないように、書いた手紙だった。


「どっちの家族かしら? 今の家族の方なのか? 現在の家族の方なのか?」

「今の家族の方かな。それと、こっちは、渡せたらでいい。湊兄さんに渡してほしい。渡すのはいつでもいい」

「意外と人使いが荒いのね」

「僕に会いにきた行動力を、買っただけだよ。さぁ、いって」

 

 都は鈴の背中を押した。


「でてきなよ」

 

 都は鈴がいなくなったのを確認してから、都は声をかけた。隆が放った追手たちだろう。

 

 都は鈴と話している時から、殺気を感じていた。次の瞬間――ナイフの雨が降ってきた。都は鎖でナイフを弾き飛ばしていく。鎖がジャランと音を立てて、男たちをなぎ倒していった。


 数分もたたないうちに、男たちの山ができていく。

 

 男たちのうめき声が、響き渡る。これで、しばらくは追手がこないだろう。

 

 隆に対する都なりの牽制だった。

 

 どっちにしろ、早くここから逃げなければ隆側の清掃班が到着してしまうだろう。

 

 隆の部下に会うことだけは、避けたかった。

 

 鎖についている血をふりはらう。

 

 鎖を武器箱に片付けた。

 

 遠くで雷が鳴っている。

 

 ポツリ、ポツリと雨が降り始める。

 

 この雨が心の傷も――消えない心の痛みも、洗い流してくれればいい。

 

 取り除いてくれればいい。

 

 都は心臓が波うつのを感じた。

 

 嫌な心臓の跳ね方だった。


(さっきから、感じた違和感はこれか)

 

 呼吸が苦しい。肺も心臓も犯されている。雨に降られながら、ゆらりと立ちあがる。

 

 現在の状況を、亡き母が見たらどう思うだろうか?

 

 しっかりしなさいと、怒るだろうか?

 

 それとも、仕方がないわねと、支えてくれるだろうか?


「母さん。僕がいくべき場所はどこなのだろう?」

 

 大切な人にまで嘘をついてまで、あの家にいてもいいのだろうか?

 

 今の進むべき道は正しいのだろうか?

 

 あっているのだろうか?

 

 都の気持ちそのままに、雨は降り続いた。

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