第3話「新しい家族」



 (ここはどこ? 僕は――)

 

 都は見知らぬ部屋で目が覚めた。

 

 けがをしてあるところは、手当をしてある。服も新しいものへと着替えさせてある。

 

 研究所から逃げ出し、公園に逃げこみ美和と会ったところまでは、覚えている。その後のことを覚えていないことから、意識を失ってしまったのだろう。

 

 研究所のベッドとは違いフカフカで柔らかかった。それに、優しいベージュで統一された壁紙が目に入る。

 

 都は部屋全体を見渡した。生活雑貨なども綺麗に整理して棚に並べてあった。棚にある子供向けの本は、助けようとしてくれた美和のものなのだろうか。

 

 美和へとむけた愛情に満ちた空間だった。

 

 ここには、研究所ではない普通の生活をしている者の営みがあった。

 

 この家が一般家庭だとわかる。怪我の治療も住人が、親切でしてくれたのだとわかっている。

 

 もし、自分のことを――デザインズ・ベイビーだと知られてしまったら?

 

 追手に生きていること知られてしまったら?

 

 ここの家族の幸せを自分が壊す権利はない。

 

 都の中にある不安は消えない。

 

 巻いてある包帯をはずす。

 

 けがはすでに治りつつある。

 

 体力も逃げている時よりも、戻ってきていた。

 

 プロトタイプ試作品とはいえ、さすがの回復力だった。

 研究に貪欲だった隆のことだ。

 すでに、セカンド・タイプ第二世代のみならず、サード・タイプ第三世代まで作りあげているかもしれない。

 

 狂気に走った人間は、どこまで傲慢になれるだろうか?

 

 残酷になれるのだろうか?

 

 起きあがり住民がいるだろう、リビングに足を進めた。リビングに入ると晩ご飯のいい香りがした。研究所から逃げ出したのは、日があける前――五時ぐらいである。早い人はすでに、動き出している時間帯だろう。実際、ウォーキングやジョギングをしていた人たちが都に声をかけてきた。


 現在の時刻は――十七時半を示している。

 

 長い間、意識を失っていたことになる。


**********


「よかった。目が覚めたのね」

 

 リビングのドアを開くと、料理をしていた和江が、笑いかけてきた。料理が終わったのか、和江がこちらに歩いてくる。


 美和が和江の隣で、見つめてくる。


「調子はどう? お医者様を呼ばなくても、大丈夫?」

「助けてくれてありがとうございました」

 

 自分の存在は、火種にしかならないだろう。

 

 この家族が欲望に――闇に染まる必要はない。

 

 優しい人たちを、巻きこむわけにはいかない。


  傷つけるわけにはいかない。

 

 すぐに、この家をでていくつもりでいた。


「時間はあるかしら? あなたと話がしたいの」

「何でしょうか?」

「君、帰る家はあるの?」

「あなたたちには、関係ないでしょう?」

「私たちの家族にならない? この子が、姉弟をほしがっているのよ」

 

 これで、一人っ子の美和に寂しい思いをさせなくてもすむ。

 

 家庭が明るくなる。

 

 都の肩に手をおいた。

 

 都は嫌がるように、身体を震わせた。

 

 「何か」を怖がっているかのようで。

 

 触れられることを、拒絶しているかのようで。

 

 都は肩においてある手をはずす。都のあなたたちの家族に、なるつもりはないといった意思表示だった。


「何者かわからない子供を、養子にするおつもりですか?」

「こうして会ったのも、何かの縁だわ。悪い話ではないでしょう?」

 

 どこにもいかせないと美和が、都の服を握りしめた。

 

 ブラウンの大きな瞳が、期待で輝いている。


「私は相田美和。五歳」

「母親の相田和江よ。君の名前は?」

 

 自己紹介をされて、逃げ場を失ってしまった。


「原田都。君と同い年」

「決まりね。早速、手続きをしないといけないわね」

「その思いを裏切るかもしれませんよ?」

 

 普通の「人」とは違う。

 

 「人」とは言えない。

 

 「人」とはほど遠い存在だから。


「お礼をきちんと言える子だもの。裏切るようなことはしないわ」

「今日から私がお姉さんよ。お姉ちゃんと呼んで」

 

 どうやら、そう呼んでほしくても美和はうずうずしていたらしい。

 

 都はため息をつく。


 部屋の案内している美和のあとをついていった。


********


 数ヶ月後――。

 

 相田都。

 

 都は本当に相田家の子供になっていた。ここ数日、和江が仕事を休んでいたのも手続きの関係だろう。

 

 本気で養子にするとは、思ってもいなかった。

 

 和江の行動力に、都は脱帽した。


「わからないことがあったら、いつでも聞いてね。仲良くしようね」

「僕は家族ごっこをするつもりはない」

「私たちは家族じゃないの? 私の弟でしょう?」

「血のつながりはないだろう?」

「お母さんは仲良くするように、言っていたわ」

「同情なんて嫌いだ」

 

 近づくことは許さない。

 

 土足で踏み入れることは認めない。

 

 もう、話すことはないと都は部屋に入ってしまう。

 

 閉じられた部屋の扉を、美和は泣きそうな表情で見つめた。

      


 







 






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