第2話「邂逅」

「生きているのかしら? 息をしているの?」

 

 幼い女の子――相田美和は遊んでいた公園で、ぐったりとしている都を見つけた。けがをしているのか、服が血で染まっている。

 

 美和は都の頬に手をあてた。異常ともいえる体温の低さに、美和は鳥肌がたつ。

 

 自分では判断ができない。

 

 命は救えない。

 

 母親――相田和江を捜しにいこうとして、急に視界が変わった。

 

 気がつけば、自分が下になっている。

 

 いつの間に目を覚ましたのだろうか?

 

 都の金色の瞳が、美和を見下ろしていた。こげ茶色の髪も、太陽の光をあたり金色に輝いている。


(綺麗)

 

 何て、不思議な色彩をした瞳と髪色なのだろう。

 

 思わず、吸い込まれそうになる。

 

 見とれそうになる。

 

 日本人には珍しい色彩だった。

 

 美和の漆黒の瞳と、都の金色の瞳が数分交錯する。都は美和を、立ちあがらせた。服についている砂を、払い落としていく。

 

 都の身体が、急に崩れ落ちた。苦しそうな呼吸を、繰り返している。美和は都の身体を支え、少しでも落ち着くようにと背中をさすっていく。美和にできる唯一の励まし方法だった。

 

 その途中で赤くてぬるりとしたものが手につく。

 

 確認してみると血だった。

 

(血?)

 

 出血は怪我からではない。吐血しているということに、今になって理解した。


「大丈夫?」

「触るな」

 

 都は美和の手を、ふりはらった。都は再び意識を失ってしまう。美和は自分の上着をぬぐと、砂の下にひいた。そこに、都をソッと寝かせる。都には少しでも、楽な姿勢でいてほしかった。

 

 手についた血を、水で洗い流した。



*********


「遅くなってごめんね」

 

 膝の上に都を抱いていると、待ち合わせをしていた和江がやってきた。


「お母さん」


(助かった。これで、大丈夫だ)


「美和。この子は?」

「いきなり、苦しみだしたの。家族はいるの? 友達と一緒なのかな?」

 

 周囲を見渡しても、友達や両親らしき人物はいない。

 

 警察と救急車を呼ぼうとしてやめた。誰にも言えない秘密がある可能性が高い。自宅に連れて帰って、手当てをした方が早い。

 

 血は止まっているものの呼吸が浅く、顔色が悪かった。

 

 その姿が痛々しかった。

 

 小さな命を救いたい。

 

 死なせたくない。

 

 和江にとってはただ、それだけだった。


 「家で治療できるの?」

「できることをするつもりよ。看護士としてのお母さんを信じて。安心して」

 

 都の冷えきった身体を、上着で包みこむ。美和が見つけていなければ、都は死んでいたかもしれない。

 

 亡くなっていたかもしれない。

 

 誰にも看取られることなく一人で。

 

 そう思うと泣きそうになる。

 

 胸がしめつけられる。

 

 苦しくなる。

 

 都のことを起こさないように慎重に歩く。


「一緒に遊べるよね? 仲良くなれるよね? 話せるようになるよね?」

「そうなれるように、がんばるからね」

「私も手伝うわ」

「ありがとう。お願いね」

「手当をしないといけないから、早く帰ろう」

「――そうね」

 

 和江に背負われている都の瞳から、大粒の涙が流れていく。その涙はとても静かなもので、二人が涙に気がつくことはなかった。

 

 それが、都が見せた最後の涙だった。





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