第4話 12月18日(金)
「一緒に来て欲しい所って、ここ?」
先輩が訝しげなのも無理ないといえます。
ここは学校からさほど遠くないパン屋兼ケーキ屋さん。結構広くて2階にはイートインスペースもあり、城東生もよく来る馴染みの店といえます。
「実は、席を予約してあるんですよ」
「えっ、なんで?」
「まあ、それは入ってからのお楽しみという事で」
先輩をせかして店内へ。
お店の人に注文票を見せて、持ってきてもらったものは。
「えっ…、これって…」
極小のホールケーキ。乗ってるチョコ板には『先輩!誕生日おめでとう‼︎』
「岡先輩。誕生日おめでとうございます」
「え、なに…知ってた、の?」
「前、部室で部長と話していましたよね。誕生日がクリスマスに近くて、いつも一緒にされてしまうんだって」
先輩の話なら、なんでも覚えてますよ。僕は。
「お店の中で火を使うのは…って言われたので、ロウソクは立てれませんでしたが…」
「そんなの、いい!てか、こんなケーキ用意してくれただけでも嬉しい!…あ、ありがとう」
ちょっと照れながら、それでもはっきりとお礼を言う先輩。
この顔を見れただけでも、サプライズ仕掛けた意味がありましたね。
「それと、これはプレゼントです」
ラッピングした小さな贈り物を先輩に渡します。
「こんなものまで…、開けていい?」
「もちろんです」
かさかさ軽い音をたてて、中から出てきたのは。
「…嬉しい。水性色鉛筆だ…。わたしの使ってるシリーズの、しかも赤桃白」
「今描いてる絵でその色を多用してますからね。足りなくなってるんじゃないかと。まあ、本来なら色セットで買いたかったですが、僕も金がなくて…」
「ううん!使わない色もらっても余るだけだし、これの方がいい!ありがとう!大事に使わせてもらう!」
これだけ喜んでもらえると、買ってきた甲斐があるというものです。
その後、ケーキを取り分け食べながら話をします。
「でも、こんな準備、いつしたの?」
「16日水曜日には、だいたい。部活お休みでしたから」
「じゃあさ、もしわたしが今日用事があって付き合えないって言ったら、どうしてたわけ?」
「その時には、1人寂しくケーキ爆食いでしたね」
「…どーせ、わたしに友達いないことも調べてあるんでしょうけど…」
まあ、その通りなので、無言でにこにこ。
「わたしがチョコケーキが好きってのも?」
「部室に持ってきてるお菓子が、チョコかチョコがかかってるものがほとんどでしたので、好きなのかな、と」
「…ほんと、よく見てるわね〜。キモいわ」
まあ、その自覚はないわけでないですが、キモい、と言われれば反撃したくなります。
「でも、先輩だって周りくどいことしてるじゃないですか」
「なんのこと?」
「今回の幽霊騒ぎ、狂言ですよね」
「!!」
その驚いた顔、見開いた目。図星ですよね。
「な、な、何を根拠に…」
その慌てた対応だけでもダウトですが、まあ謎解き探偵の役割としては説明した方がいいでしょうね。
「まず最初から違和感があったんです。
あの別棟、足音がよく響くんです。で、初日月曜日、先輩が幽霊見たと言った時、全然足音が乱れてなかったんですよ。
もし本当に幽霊見たなら、止まったり走ったりしてもいいのに、まったく同じ歩調で階段を上がり、しかも部室前で止まった。
幽霊が怖いなら、そのまま部室に駆け込むんじゃないですかね。
まあ、そんなことで元々疑ってたんですが、決定的だったのは昨日の部長、塚本先輩の話です。
女子校時代の話と言ってましたが、共学化した時、女子の制服も一新されてるんですよ。
学校の沿革の写真なんかで、女子校時代はセーラー服なのは知ってました。今、先輩が着ているようなブレザーとは似ても似つかないものです。
なのに、先輩はうちの制服を着ていたと言いました。共学化に合わせて、幽霊も衣替えしたとは、ちょっと考えられないですよね。
最後に、先輩が口元が動いているのを見た、と言ってしまったことです。
部長の話に合わせようとしたんでしょうが、余計でしたね。
だって先輩は、月曜日に後ろ姿だけで顔は見てないって言ってるんですよ。顔は見てないのに口元が見えてたらおかしいですよね。
あ、僕が見た幽霊ですか?
もちろんあれは部長の変装でしょう。というか、ただかつらを被って後ろ姿を見せただけですね。あの白、というより銀髪は、部長が文化祭でつけてたコスプレのやつでしょうね。
僕をなんとか理由をつけて下の階にいかせて、しかも5分後と時間指定までして後ろ姿を見せ、幽霊騒ぎを疑っているらしい僕に信じ込ませようとしたんでしょうが、走る足音がしてましたから誰かの変装だとすぐにわかりました。
ギター部は誰も見てないようでしたから、逃げる場所はうちの部室しかありません。
2人のうちどちらか、といえば背格好的に部長ですよね。
なにか、反論はありますか?」
「……悪党」
「はい?」
「だってそうでしょ?全てを見抜いていながら、わたしと華先輩の芝居をせせら笑ってたんだからっ。さぞかし気分よかったでしょ〜ねぇ〜」
ありゃ。攻め方失敗しましたか。
「全てが判ってたわけではないんです。動機、なぜ先輩たちはこんなことを僕に仕掛けたのか?これが分からなかったんですが…」
表情を伺うようにきいてみれば、急に落ち着きがなくなる先輩です。
「そ、それは…」
「意味もなく、こんないたずら仕掛けるような先輩ではないはず。しかも部長まで巻き込んで。で、ひとつの推論にたどり着きました」
「…何よ」
「怪談からこっち、先輩は僕にたくさん話しかけてきました。一緒に帰ったりもしました。今まではなかったことです」
「…渡辺」
「しかも、怪談を理由にしてです。もしかすると、不器用な先輩が僕との距離を縮めるきっかけとして…」
「わ、渡辺‼︎」
…ああ、顔真っ赤にして悶える先輩は、なんともいえずかわいいです。
「ということで、先輩。僕たち付き合いませんか?」
「…………へ?」
そんなちょっと間抜けな顔もかわいいですよ。先輩。
「先輩は気がついていなかったかもしれませんが、僕はずっと前から先輩が好きでした。そして今も」
「!!」
「こ、こんな、取ってつけたような告白…」
「最初に会った時から好きでしたよ、僕は」
いわゆる一目惚れというやつです。
「…でも、それって、結局顔だけが好みってことでしょ?」
「最初は確かに。でも知れば知るほど好きになっていました。そうでなければ絵心のない僕が美術部にいませんよ」
「…」
「つっけんどんに見えて実は面倒見が良く、あまり話をしないのも、すぐ相手を攻撃をしてしまう不器用さを自分で分かっているからだと知りました」
なにごとにも真面目で手を抜けず、だからこそ他人との軋轢も多く、それに傷ついて一見グロい絵ばかり描いていた先輩。
そんな先輩を支えたい、と思ったんですよ。
「先輩が狂言怪談を仕掛けてくれたおかげで、先輩も憎からず思ってくれてたと知り、僕も勇気を出せました」
ここで姿勢を正し、頭を下げて右手を先輩に出します。
「
2拍ほど間が空いた後、先輩の声が降ってきました。
「しょ、しょうがないわね…。つ、付き合ってあげるから、顔上げて」
そして、軽く手を握ってくれます。ほのかに温かい、先輩の柔らかい手。
「じゃあ‼︎」
「仕方なく、だからね?渡辺がコクってきたんだからね?そこのところ、忘れないでね⁈」
顔をちょっと赤くして、少し口を尖らせて。それでいてちらちら見てくる目には喜びが浮かんでいて。
まさしく、王道のツンデレ顔です。
僕は美術鑑賞部。鑑賞する「美術」は先輩、なんですから。
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