第3話 12月17日(木)

「よーっ、なべっち。久しぶりぃ〜」

部室の戸を開けると、明るい高い声。


「部長。来てたんですね」

「にゃはは。おかっちが七不思議の話をききたいっていうからさー」


一昨日話に出ていた塚本先輩は、本人曰く「前世が猫」だそうで、気まぐれとかわいさが混在した魅力があります。

今年の文化祭では、銀髪の甲冑メイド(ゲームキャラだとか)姿を披露していたので、そういうのが好きなのでしょう。進学も服飾デザイナー系の専門学校ですし。


「わたしはどうでもいいんだけど、渡辺が聞きたいっていうから」

奥の先輩がいつもの不機嫌顔で言います。

「そっかー。なべっちが謎解き高校生探偵になるわけね」

「別に謎を解きたいわけでは」

というか、謎なんてあるんですかね。


「城東高校が、まだ女子校だった時代のこと…」

いきなり話が始まったようです。部長はあえて低めの声を出してますが、元々が高めのアニメ声なのであまり怖くないです。

「いじめを苦に、屋上から身を投げた生徒がいたのよ。それから屋上に向かう女性徒の階段を登る後ろ姿が見られるようになった…。


女性徒は友達への怨みをぶつぶつと言い、万が一その声を聞いてしまうと、『聞いたわね〜‼︎』と鬼の形相で追っかけてくるという。


うまく逃げ切れればいいけど、追いつかれた時には…」

『ギャー‼︎』と、部長は自分で叫び声をあげますが、僕も先輩もぽかーん。

なんとも言えない、気まずい時間が流れ…


「……なんか反応しなさいよ。バカみたいじゃない…」

「あ、こ、怖かったです。ね、先輩」と僕。

先輩も慌ててコクコクうなずいています。

「もういいわよ…。どーせストーリーテラーの才能ないし」

「いや、その、華先輩の話の通りでしたっ。わたしの見た生徒も」

「やっぱり!」

急に好奇心で目を輝かせる部長。

「うなだれた感じで階段上がってましたし、声は聞こえなかったですが、遠目でも口元が動いているのが見えましたし」

「危なかったねぇ。もし声を聞いていたら、ここにはいなかったかも…」

「でも、わたしの場合はそのまま消えてしまったんですが…」

「…その辺は、わたしもよく知らないんだ。他に知ってる子いるかな」

「まあ、怪談なんておヒレが付いていくものですから」と僕。


「まー、気にしてもしょーがないかぁ。もう会えるかもわかんないし」

急速に興味を失った部長です。この辺りが気まぐれと言われる由縁でして。


「しばらく見ないうちに、ずいぶん変わったよねー。おかっちの絵」

今度の興味は先輩の絵のようです。

「一昨日も言われました。渡辺に」

「まー、あからさまだもんねー。なに、なんか心境の変化でも?」

「…たいしたわけじゃないんですが。冬だから逆に暖かい感じの絵が…」

「違うなー、違う。その時の感情がストレートに絵にあらわれるのがおかっちじゃん。わたしの目はごまかせないよん」

部長の目が、きらりんと光りました(アニメ的表現)。

「ズバリ、恋をしてると見た‼︎」

「えっ」「ええっ」

あ、思わず、僕も声が。


そば耳を傾けていた事に気がついた部長は、僕をジロリと見て。

「なべっちぃ〜。トイレ行きたいよね。行きたそうな顔してる。無理しちゃダメだよ」

…はいはい、女の子の会話するから出てけってことですよね。

「それと、ついでに一階の自販機でジュースも買ってきて。5分はかかるね」

5分は帰ってくんなってことですね。了解です。


お金払ってもらえるよねとか考えながらジュースを買って、さらに時間を潰して5分は過ぎた頃、僕は部室に戻る階段を登っていました。

4階に向かって「コ」の字踊り場を折り返すと。


「えっ」


僕の前に白髪の女生徒。階段を登る後ろ姿。


「ええっ?」


ゆ、幽霊?まだ、明るいのに…。


と、その女性徒は走りながら階段を上がり、東側に曲がりますっ。そう、うちの部室のほうへっ!


一瞬間が空いたあと、僕も走って階段を上がりますっ。

そして東側廊下を見ると。

…案の定、というべきでしょうか、姿はありません。誰も。


「ん?何かあったぁ?」

自主練中のギター部員が奥の教室から顔を出してきます。

「あ、いや、今誰かそちらに走って行った人はいます?」

「えー、誰もいないけど」

という事は。


うちの部室の戸を見ます。一拍おいて開けると、部室には先輩と部長のみ。

「…なんかあった?顔が怖いよ?」

「…僕も、見ました。幽霊っぽい人…」

『えっ』

2人の声がハモりました。


手短に、今体験したことを話します。

「…帰る!」

青ざめた顔の先輩が、すぐさま荷物を持ちます。

「…うん、そうね。気にはなるけど、無理して残る事はないよね」と部長。

「じゃあ、僕も…」

「ちょい待ち、なべっち」

部長がクイクイッと手招きしてます。

「おかっちは怖がってる。男の子なら、なにをすべきか分かっているね?」

肩に手を回し、声を潜めて部長が言います。

「先輩を送っていけばいいんですよね?」

「正解。せっかくのチャンス、無駄にすんなよ」

と、意味ありげなウインク。

…この人、もしかして僕の想いに気がついて…?


10分後。

僕は先輩と一緒に、歩いていました。2人とも通学用自転車を引きながら。

「…なんか、悪いわね。渡辺の家とは逆と言っていいくらいの方向なのに」

「部長に言われましたからね」

「無理しなくてもいいのよ?わたしと一緒にいると、渡辺にも迷惑かけるかもだし…」

「じゃあ、今日のかわりに、明日の帰り、僕と一緒に寄り道してくれませんか?」

「明日?……いいけど…、変なとこ行くわけじゃないでしょうね?」

「そこは信頼してください。ちゃんとお礼もしますから」

「…ここの所、渡辺には色々世話になったし、ギブアンドテイクよね。仕方ない、感謝しなさいよ」

やはり上から目線の先輩なのでした。








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