第2話 12月15日(火)〜16日(水)

「こんちはぁ〜」


 部室に入ると、もう先輩は絵を描いていました。

「こんにちは」

 昨日の怯えた感じはかけらもなく、眉間にシワを寄せながら不機嫌そうな顔です。

 先輩が真剣に絵に向かってる時のデフォの顔。

 僕も先輩の邪魔にならないように静かに絵を描く準備をします。

 とは言え、今日はギター部の活動日らしく、隣からは賑やかな女生徒の声とギターの調べがバックミュージックですが。


「ねえ」

 …ん?今のは先輩?

 しかし、先輩の顔は絵に向いたまま。

「ねえってば。無視しないでよ」

「あ、はいはい」

 絵を描きながら話しをするなんて。先輩、どうしたんです?


「昨日のことで、わたしも少し反省した」

 先輩が反省すべき事なんて、昨日ありましたっけ。

「同じ部なのに、共通の話題がないと昨日みたいな時に困ると分かった」

 先輩はチラッと目だけを僕に向けます。

「だから、部活中でも無駄話をしたい」

 …なんか、すごくピントがズレた反省な気がしますが。

 でも、今まで無駄話をすると鬼の形相で睨んでいたことを考えると、大きな進歩です。


「もちろん構いませんよ。大歓迎です」

 僕は自分の描きかけの絵を出し、イーゼルに掛け、水彩色鉛筆を用意して………

 あれ?

 今のフリは、先輩がなんか話し掛けてくる流れでは??


「ねえっ!」

 焦れたように先輩が言います。

「話し掛けていいって言ってるんだけど!」

「ええっ、僕からですか⁈」

「当たり前でしょ!わたしにはそんな話題なんてないんだから!」

 なんでそんなに上から目線なんですか…。


「わかりましたよ。

 えーと、最近の先輩の描く絵の雰囲気、変わりましたよね?」

「あ、わかる?」

 先輩との共通の話題と言えば、絵(か幽霊)しかないんですが、それでも先輩は嬉しそうです。

「僕が入学当初の頃は、青緑黒を多用してマグリットの亜流のような絵を描いてましたね」

 体中に剣が刺さり、血を流しながらも友達と普通に話してる学生とか、勉強している教室の真ん中に浮かんでる断頭台とか。かなりグロいやつ。

「…亜流で悪かったわね」

「僕は好きでしたよ。あと野菜がユニフォーム着て野球してるやつとか」

 野菜の顔は人面疽じんめんそのように苦痛で歪んでましたけど。


「でも、今はこんな感じですからね」

 水彩色鉛筆で先輩が描いている絵は赤桃白が多く、アイスやケーキの家から顔を出し、騒ぎ転ぶ小人たちが遊ぶファンタジックなもの。しかし描かれてる梯子や階段は、エッシャーのだまし絵のように上下がはっきりしなくて、先輩らしいです。

「冬だからね」

「冬だと逆に、暗い絵になるんじゃないですか?」

「そのままだと面白くないでしょ。冬だから春っぽい絵」

「…さすが、先輩らしいヒネクレ…」

「なんか言った?」

「いーえ、先輩の感性に脱帽です」


「しかし、渡辺の絵心は成長しないねー」

「僕はいいんですよ」

「楽しくないでしょ、これじゃ」

「僕は美術部より美術鑑賞部ですから」

 絵は描くより、眺めていたい派です。


「ねえ、次の話題」

 話が途切れると、すぐに次の話を要求する先輩。

 なんかアラビアンナイトのシェヘラザードになった気分です。

「じゃあ、昨日の七不思議の続きですが」

「…それはパスしたいんだけど」

「1年生仲間に聞いたんですけど、誰も七不思議の話を知らないんですよねー。2年生には広がってる話なんですかね」

 あえて、先輩の抗議を無視して話を続ける僕。

 絵心をバカにされた仕返しじゃないですからね?


「わたしも華先輩から聞いただけだから」

 塚本華つかもとはな先輩。前部長で今3年生。岡先輩が学校で屈託なく話せる唯一の人。多分。

「あー、部長はいろいろ知っていそうですね」

 塚本先輩のことは入部当初から「部長」と呼んでいたので、前部長になっても言い方が抜けないです。

「華先輩に聞いてみる」


「それと、幽霊と言えばうちにもいますよね」

「えっ」

「幽霊部員のことです。1年の服部はっとり

「…あの萌え豚か」

「先輩がそんな言い方するから、幽霊部員になっちゃうんですよ」

 コミュ症気味のくせに、罵詈雑言だけははっきり言うからなあ。


「イラストが得意で、それこそ絵心は僕よりはるかにありますし」

「絵心っても、描くのは肌もあらわな巨乳ばかりで気持ち悪い」

「でも、5人いないと部が存続出来ないんですからねっ。部長、じゃなくて塚本先輩たち2名が卒業すると、服部入れてやっと3人なんですから」

 そういうことは現部長たる岡先輩が考えることなのに。

「新入生に期待しよう」

 本当に大丈夫ですかね…


 それでも普段と比べれば、かなり親しく先輩と話すことができた日です。

 幽霊が怖いのか、暗くなる前に先輩は切り上げて帰りましたので、僕も早めに部室を出ました。


 翌日の16日は、部活休養日でした。






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