階段の怪談 〜城東高校七不思議〜

墨華智緒

第1話 12月14日(月)

 階段を上がる足音。

 誰もいない校舎では、結構響くものです。


 その足音はこの4階まで上がり、上がってすぐの、この部屋の前で止まります。

 入り口の引き戸の磨りガラスに映る人影。


 一拍空いて、勢いよく引き戸が開け放たれました。うつむきがちの先輩が立っています。

 先輩にしては、かなり荒々しい開け方ですね。

「……でた」

「はい?」

 先輩の声が小さくてよく聞こえませんね。


 印象的な長髪をなびかせ、づかづかと僕の所にくる先輩。

 さすがにその尋常ではない雰囲気に、絵を描いていた手を止めました。

「どうしましたか?」

「…出た」

「何が、でしょう?」

 ゴキブリが出る季節ではないし、第一ゴキや虫で驚き騒ぐ先輩ではないし。

「…だから、幽霊…」

 あまり感情を出さない彼女の声が震えています。


「この階段で見たんですね?で、先輩の前を歩いて上がっていった、と」

 コクコクうなずく先輩は、僕の制服の裾を離しません。動きづらいことこの上ないですが、先輩がこんな態度をとることがレアです。

「しかし、別棟はこの4階が最上階。しかも階段はここしかありません」

「だ、だから消えたんだってばっ。西の茶室の方に向かって、すうっと」

 女子高時代にはあったという茶道部。しかし共学化と生徒減少のなかで潰れた今では、完全に開かずの間になっている茶室です。

「今日は僕たちしか、この階にはいないはずですしねぇ」

 茶室とは反対の、蛍光灯が照らす東側の廊下には、手前に僕たち美術部が間借りしている特別教室の準備室。その奥の2教室はギター部が使ってます。

 50人を越え、部活自体が珍しいギター部は全国常連で、いつもは賑やかですが、今日は今後の日程説明だけで終わったようで、もう誰もいません。部屋も暗いです。


「本当にうちの生徒だったんですか?」

 この季節、17時を回ればかなり暗くなります。

「間違いないよっ。トイレから戻ろうとして踊り場を曲がると、白っぽい女生徒が」

ケチったのか、トイレが4階にないんです。この別棟。

「しかし、幽霊の正体見たりなんとやらってのもありましたし…」

「何があんのよっ。階段の窓にはカーテンもないし、見間違えるもの自体がないでしょっ」

「階段の照明は?」

「つけてない。いつもそうでしょ」

 多少暗くなっても、グラウンドのナイター光が窓からはいるので、蛍光灯つけなくても不自由ないのです。

 まあ、今は先輩が怖がるので灯り全開ですが。


「もう、調べなくてもいいからさ、か、帰ろっ」

 常時活動してる部員が2人しかいない弱小部です。臆病風に吹かれた現部長が帰るとなれば、僕1人残ることもありません。

「わかりました。片付けて終わりましょう」

「…なに、にやにやしてんのよ?」

「いや、先輩でも幽霊とか恐がるんだなって」

「…わたしだって、苦手なものくらいあるわよ…」

 ちょっと顔をあからめながら、ずっとつかんでいた僕の制服の裾を離します。

 …うわ、かわいい。


 おか先輩は端正な顔立ちの正統的美少女と言えますが、他者とのコミュニケーションを拒否してるようなところがあり、部員で後輩の僕でさえ、2時間の部活中に「こんちにちは」「さよなら」しか会話しなかったことがあるくらいです。

 それと比べると今日はたくさん話してますし、こんな表情も初めて見ました。


 描きかけの絵や画材、荷物をまとめると速やかに部室を後にします。

 服こそつかんでませんが、先輩はカルガモの子よろしく、僕の後ろにぴったりついて階段を降りています。

「…渡辺わたなべ

 ちなみに僕の名前です。

「なんでしょう」

「な、なんか喋ってよ。その、静かすぎると…」

 なるほど、怖いのですね。


「えーと、その幽霊の怪談とか、なんか聞いたことあります?」

「なんで幽霊の話なのよっ⁈状況わかってる⁈」

「す、すいません。その、あまり先輩と世間話してないので…」

 共通の話題がなくて。

「し、仕方ないけど。

 そうね、聞いたことはある、かな。城東高校七不思議の一つ、階段の怪談」

 階段の怪談。

 布団がふっとんだレベルのダジャレですけど、大丈夫ですか?


「誰もいない校舎の階段を女生徒が登ってる。俯いたその姿を見たものが階段を上り切ったあとに彼女を探しても、影も形も無い…」

「初めて聞きましたね。この学校にもそんな怪談があるんですねぇ」

「わたしも7つ全て知ってるわけじゃないけど…」

 まあ、七不思議ってのは語呂がいいからで、本当に7つあるわけではないのでしょう。

「その、階段の怪談ですか、出る場所とか決まってるんですか?」

「…さあ、そこまでは知らない」

「女生徒の顔とかは?」

「わたしからは後ろ姿しか見えなかったから、顔とかは…。でも白い髪だった…」

「この学校の制服で、ですよね」

 老婆の幽霊、というわけではなさそうです。


 そんな話してる間に昇降口から校舎外に出ると、先輩は少しほっとしたように息をはきました。

「わたしの見間違えかもしれないのに、渡辺には付き合ってもらってごめん」

 顔も向けない謝罪ですが、先輩にしては精一杯の感謝でしょう。

「お役に立てたなら何よりですよ」

「…いつも怒らずにこにこしてるけど、疲れない?」

 え?

「ごめん。意地悪い質問だった」

 先輩は小声で謝ると、駐輪場に走って行きます。

「また、明日」

「はい、さようなら」


 




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