あんころもち

増田朋美

あんころもち

あんころもち

ある日、杉ちゃんと蘭が、いつもどおりにショッピングモールへ出かけて、自宅へ戻ろうとしたその途中、公園近くの公会堂の前を通りかかったところ、女性が、五人ほど集まっている。何をやっているのかとおもったら、よいしょこら、よいしょこらという掛け声も聞こえてきた。二人が車いすを止めると、若い男性二人が、女性たちの間で、何かやっているのだった。よく見ると、ひとりは杵をもって上下に動かしているし、もう一人は、臼の中身を動かす動作をしている。

「ああ、餅つき大会ですか。そういえばもう12月ですものね。もうそろそろ、餅をついてもいいころですね。」

と、蘭が餅をついている人たちにいうと、

「でも今日は、九日だよ。九が付く日はまずいんじゃないの?」

と、杉ちゃんがデカい声で言った。

「それはそうなんですけどね。お餅つきをやってくださる方が、今日しか開いている日がなかったんです。ですから、縁起というものは確かにあっても、気にしていては実現できないと思いましたから、今日餅つきを行わせていただきました。」

女性の中から、代表と思われる一寸偉そうな女性が、そう説明した。よくよく見ると、彼女はどこかで見覚えがある。スカーフで顔を隠しているからよくわからなかったけど、彼女は中村櫻子さんに間違いなかった。

「なんで、お前さんが、餅つきなんか主催しているんだ?」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ、たまには、こういうお楽しみをつくった方が良いのではないかと思って始めたの。」

と櫻子は答えた。

「そうですか。確かに、餅を搗く日も、あんまり縁起の良い悪いを考えすぎていたら、実現できなくなる可能性もありますよね。年末になったら、それはそれで忙しくなりますし、今の時代であれば、其れで良いのではないかと思いますよ。」

蘭はその彼女に肯定的なつもりでそういうことをいった。

「でもよ、九が付く日には一寸やめたほうがいいんじゃないのかな。縁起の悪い日に、餅なんかついてさ、やってもらう方も、あんまりうれしくないんじゃないの?この人たち見れば、すぐわかるだろ?」

杉ちゃんは、まだそういうことを言っている。

「せめてさ、四と九のつく日は避けるとか、そういうことはしないのかよ。縁起の悪い日に、餅つき大会なんかしても、かえってよくないと思うけど?」

と、杉ちゃんに言われても、櫻子は気にしないようだった。

「でも、杉ちゃん、ここにいる人たちは、お年寄りでもないし、そういうことを気にしないで、楽しく餅つきをやれば、それでよいのではないかと、考える人たちだと思うよ。」

蘭は、杉ちゃんにそういうことを言った。確かに、そこにいる人たち眺めてみると、楽しそうな顔をしてはいる。年齢は、30代位の若い人から、40代、50代くらいの女性たちで、どうやら高齢の女性を集めているというサークルではないらしい。彼女たちの顔を見ると、みんな何かつらい出来事が在ったかのようにつらそうな顔をしている。つまり、鬱などになってしまった、女性たちの集まりなんだろうなと考えることができた。

「そうかもしれないけどね。やっぱり、四と九は縁起の悪い数だし、その日に餅つきをするのはやめようよ。もしかしたら、餅をついている人たちだって、ここにいる人たちが鬱の人たちだから、面倒くさいから今日やっちまおうと、考えたんじゃないだろうね。もし、そうなるんだったらむしろその逆のほうがいい。そういう人たちだからこそ、縁起を大事にしてやった方が良いのではないですか?それをしてやった方が、ずっと、障害のある人たちを人間として認めているよ。」

杉ちゃんは、櫻子に詰め寄るが、

「そんなことはありません。ただ、たまたま、やってくれる方と、日程が合わなかっただけで。」

と彼女は答えた。

「それに、私は彼女たちをただの利用者とは思っていません。ただ、彼女たちの、居場所をつくってやりたいだけの事です。」

「本当にそうかな?お前さんの顔を見ると、ただ商品としか見てないように、見えるけどね?」

杉ちゃんは彼女に向ってカラカラと笑った。

ちょうどそれと同時に、臼と杵を操作している、よいしょこらという掛け声が止まる。

「はい、お餅がつきあがりました。できましたよ。」

と、二人の若い男性が、汗を拭きながら言った。すると、周りにいた女性たちが、急いでテーブルを一つ用意した。ちょっと待ってくださいね、いまから丸めますので、と、男性の一人がテーブルに粉を敷き、もう一人が、臼の中身をそこへ出した。そして、まんべんなくつきたての餅に粉をつけてちぎり、小さく丸め始めた。そして、その中にあんこを詰め込んでいったので、あんころ餅をつくっているのだということがわかった。

「良かったら、お二人もあんころ餅を食べていきませんか?まあ、お正月気分になるには一寸早いかもしれませんが。」

と、櫻子が、杉ちゃんと蘭に言った。

「あ、いいの?じゃあ頂こうかな。餅は確かにおいしいものね。じゃあ一個いただいてきます。」

杉ちゃんはにこやかに言って、メンバーさんたちのいる台の近くへ行った。蘭は、杉ちゃん縁起の悪い日と、食べものはまた別なのかとあきれた顔をしてそれについていった。

台の周りの女性たちも今か今かと餅ができるのを待っているようだったが、皆健常者とはいいがたい人たちに間違いなかった。彼女たちの話を聞いてみると、昨日窓辺に女の人が立っていたなど話している。相手になった女性もそうなんだねと否定することなく、話しを聞いている。多分、精神医学的に言ったら、幻覚を見るとか、妄想を思い込んでいる状態なのだろう。其れを思ってはいけないと否定してしまう人も多くいるかもしれないが、彼女たちは否定もしないし、肯定もしない。ただ、お互いの思いを聞いてもらっているだけだ。うんうんと相槌を打ってもらって、にこやかな顔をして聞いてもらうだけというのが、一番いいということを、知っている人たちだからこそ、出来るわざと言えそうだった。

「さあ、お餅ができましたよ。どうぞ食べてください。」

女性たちは、運ばれてきた餅を見て、わあうれしいと声をあげた。蘭は、これを見て、この餅つき大会の本当の目的と、彼女たちがなぜこうして集まっているのか、わかってきたような気がした。

「今日はお米屋さんに無理をしてきてもらったんです。ここはもともと、普通のひとが集まるサークルじゃないんですから。こんなところに来てもらうなんて、四とか九とかは関係なくやらないと、とても実現できることじゃないのよ。言葉は通じるのかとか、どのように接したらいいのかとか、お餅をついてくださる方々はわからないことだらけで。でも、それをやってくれるんだから、まだいいのかもしれないわ。」

櫻子は、ここだけだから言えるんだという顔つきで蘭に言った。

「そうなんですか。いつからこのサークルを始めたんですか?」

と、蘭は彼女に聞いてみる。

「ええ、今年に入ってからです。初めは、ラインのみのネットサークルだったんですが、今年の夏から、メンバー全員で実際に集まって、バーベキューとか、公園巡りなどをするようになりました。彼女たちのほとんどが、病院と家の往復しか外出先がないということと、家の中で家族に邪魔な存在だと思われていることが多いものですから、其れで、こうしてそとへ出るようにしてもらっているんです。」

「はあ、なるほどね。それで時々、イスラム教の教えも伝授していくわけね。まあ、四と九を気にしないのも、イスラムを基盤にしているということかな。」

と、杉ちゃんが餅を食べながらでかい声で言った。

「それだけでもないですけどね。ただ私は、彼女たちに生きてほしいだけで。彼女たちにはもうちょっと、生きていく上の明確な基準があったほうが、より、彼女たちが生きやすくなるのではないかと思うのよね。まあ、宗教は、今の時代必要ないと思われるかもしれないけど、それは、あった方が、人間らしく生きられるような気がするの。」

「そうですか。確かにそれはそうかもしれませんね。僕もそれは思います。確かに、イスラム教というのは、非常に善悪がはっきりしていますし。でもなんで、餅をついてみんなに食べさせるということを思いついたんですか?櫻子さんには無関係と思われるけれど。」

と、蘭は櫻子に聞いてみる。

「まあ確かにそうかもしれないわね。でも、こういう行事というのは、それだけでも外へ出るきっかけを作ってくれることでもあるじゃないですか。其れは、日本の良いところだと思って、どんどん活用した方が良いと思うのよね。最近の日本は宗教の博物館だっていうけれど、そういうことなら、それを利用して、どんどんそういうことをやっていけばいいと思うわ。それを、責める人などどこにもいないのが日本という社会だわ。」

「なるほど。そういうことですか。櫻子さんは、なんでも合理的に利用されてしまうんですね。何だか一寸、勉強になりました。確かに、外へ出たくても、出られない人はいっぱい居ますものね。それができないことは、お辛いということは僕もわかりますよ。其れのために、日本の伝統行事を使うんだっていうんだったら納得できます。」

櫻子に言われて、蘭は、そう納得した。一方、杉ちゃんのほうは、利用者の女性たちと話をしながら、楽しそうに餅を食べ続けている。中には、幻覚の話をし続ける人もいる。杉ちゃんは、そういうことを、平気な顔をして、聞いているだけだった。其れがまた彼女たちには良かったようで、彼女たちは、楽しそうに話すのであった。

「まあ確かに、私が相手にしているのは、生きているだけで精いっぱいの人、ただ息をしているだけの人かもしれません。でも、彼女たちを、死なせてしまうわけにはいけないんです。彼女たちは、すくなくとも、誰かに愛されているわけですから、どうしても生きてもらわなきゃ。それは、私たちがしなければならないことだと思います。もし、彼女たちを放っておいたら、其れこそ、アラーの教えに反するのではないかと思って、私はやっております。」

「そうですか、、、。」

と、蘭は、杉ちゃんとしゃべっている女性たちを眺めながら、そういうことを言った。

「そうですか。彼女たちに生きてもらうことですか。」

「ええ、少なくとも私は、今やることはそれなんだろうなと思ってます。」

櫻子がそういうと、蘭は、少なくとも、櫻子さんは、面白半分で餅つきをしているわけではないんだなということがわかって、何だかちょっとほっとしたような気がした。蘭は、彼女と一緒に、メンバーさんたちが楽しそうにあんころ餅を食べているのを眺めていた、のだが。

突然、その静寂は、杉ちゃんによって破られる。

「おい、餅、餅が喉に!」

は?と思ったら、一人の女性が、首の根をもって、バタンと倒れる音がした。女性たちは、彼女をかばうというより、自身の驚きをコントロールできなくて、泣いたり叫んだりしているだけである。

「みんな落ち着いてくれ。それよりも中身をとっちまう方が先だぜ。誰か掃除機持っているやつはいるか?」

と、杉ちゃんが言うと、餅をついていた若い男性の一人が、

「でもそのやり方は、口の中を傷つけてしまう恐れがあると聞きましたが。」

といった。

「何を言ってるんだ。こういう時は、いそいで何とかした方が良いんだよ。それに年寄りじゃないんだから、多少のけがも大丈夫だよ。早くどっかの家から、掃除機を借りてこい!」

と、杉ちゃんは、彼のいうことをさえぎってでかい声で言う。べつの男性が、わかりました!と言って、近くにあった、公会堂へ飛び込んでいった。公会堂よりも、個人の家のほうが良いと杉ちゃんは言っていたが。

「持ってきました!」

と、彼が、公会堂に設置されていたコードレスの掃除機を持ってくる。杉ちゃんはありがとうと言って、掃除機のノズルを、苦しんでいる女性の口に無理やり押し込んで、スイッチを入れた。周りにいた女性たちは、彼女を案じているのか、それとも自分の驚きをコントロールできないのか、はたまた両方なのかわからないけれど、とにかく子供の様に泣き叫ぶばかりだった。しまいには杉ちゃんが、

「おい!うるさいぞ。静かにしてくれ!餅は掃除機で吸い取れば取れるんだからよ!」

とでかい声でいう始末だった。

「皆さん静かに!」

蘭と話していた櫻子が、泣いている女性たちに甲高い声で言った。

「静かにしなさい!こういう時は、ひたすらに祈るしかないんですよ。そういう時だって、人間にはあるんです!今は、彼女が回復するために、神に祈るしかないでしょう!」

櫻子は、地面に手をついて祈りの姿勢をした。其れに続けて女性たちも、祈りの姿勢をした。全員が、アラーは偉大なりとアラビア語で唱えている。それと相反して杉ちゃんが操作しているモーター音が高らかに鳴り渡る。

「よし、取れたぜ!」

と杉ちゃんがデカい声で言った。そして、餅を喉に詰まらせた女性が、それにこたえるように大きく息をした。よしよし、多少口に傷ができたかもしれないが、こうして事故を防いだんだから、其れでいいじゃないかと杉ちゃんはそういい、餅をのどに詰まらせた女性の肩をたたく。

「一体何が起こったんでしょうか。いきなりうちへ来て、掃除機を貸してくれだなんて。誰かお年寄りでもいたんですかね?」

と、公会堂の中から、公会堂の職員が現れる。職員は、この異様な光景を見て、何があったのかと怖がっているようなそぶりを見せた。

「ああごめんねえ、こいつがな、餅をのどに詰まらせて危うく窒息するところだった。ほんと、申し訳ないね。びっくりさせちゃって。」

と、杉ちゃんは、餅を詰まらせた女性を顎で示した。

「でも、いきなりアラー何とか何て聞きなれない言葉が聞こえてきたものですから。」

と職員がそういうことを言う。

「ああ、何も恐ろし気なもんじゃないよ。ただ、こいつがな、逝っちまわないように、みんなでお祈りをささげていただけの事だい。幸い、アラーはまだこいつを、自分のそばに置きたいとは思わなかったらしく、餅は無事に取れて、ちゃんと彼女は息をしているよ。御覧になったら?」

杉ちゃんだけ一人、ニコニコしていた。

「まあ、そういうわけで、つかえた餅は取れたので、掃除機はお返しします。まあ、餅が喉に詰まるなんて、年寄りばかりがすることじゃないね。こういう若い奴らであっても、精神安定剤を飲んでるような奴は、食べ物が飲み込みにくくなるって、誰かに聞いたことが在ったよ。それは、そういうことなんだと思うからさ。まあ、運が悪かったと思ってくれ。」

「そうですか。わかりました。お餅をつくのはいいんですが、いきなりアラーがどうのこうのというのはやめてくださいませね。なんだか聞いていて、すごく怖い思いをしましたから。」

職員はそういって、杉ちゃんから掃除機を受け取った。なんだか、それ以上、櫻子や彼女たちにはかかわりたくないという雰囲気を見せていた。

「まあ、わからないことは首を突っ込まないでください。そのほうが、彼女たちのためでもあるんです。その代わり、彼女たちのことを、くるっているとか、おかしな人とか、そういう風に思わないでそっとしておいてやってください。」

杉ちゃんははっきりといった。こういうところで、こんなふうにはっきり言える人は、杉ちゃんだけであった。

「まあ、其れでいいかな。そうしてやってくれな。さて、これから、今日の餅つき大会の反省会と

いくか。よし、それでいいだろう。」

杉ちゃんがそういうので、職員は頭をひねりながら掃除機を持って、公会堂に戻ってしまった。そうすると、祈りの態勢をしていた櫻子が、それを解除して立ち上がり、周りにいた彼女たちに、もういいわといった。幸い餅を詰まらせた女性は、まだ30代位の若い人で、少々口の中にけがをしたけれど、体のことは平気なようだった。それは高齢者とは違うところだ。彼女はすぐに立ち上がり、

「驚かせてしまってすみません。申し訳ありませんでした。」

と、参加者たちに頭を下げて謝罪した。

「いいえ、あたしたちは、大丈夫。あたしたちこそ何も出来なくてごめんなさい。あなたが苦しんでいるときに、ただ泣いているしかできなくて。」

と、参加者のひとりが、彼女をそういってなだめる。そういうことをいうことができるのも、彼女たちのような、居場所を失った女性ならではの感覚なのかもしれなかった。

「でも、あたしたちは、泣くだけではありません。祈ることができたんです。其れでも良いことにしましょう。あたしたちは、そうやって神に祈ることができたということを、喜びましょう。」

櫻子が、メンバーさんたちにそういう。そういうことはできるのだから、彼女はやっぱり、指導者の素性がある、と、蘭は思った。誰でも、そういうことができるわけでもない。人間は、いろんな人がいて、リーダーに向く人と、そうではない人が居る。其れは、何処の組織でもそうなのだ。

「本当にすみませんでした。私がもう少し、お餅を食べるのを、気を付けていれば。」

先ほどの女性がもう一回言うと、

「いえ、大丈夫ですよ。誰でも、こうして、簡単に命を落としかけてしまうということが分かったんですから、もう少し、生きていてよかったということを、しっかりかみしめていきましょうね。いいですね。」

と、櫻子は、彼女に言い、いいですねと言いたげに、周りのひとに目配せした。

「ええ、わかりました。あたしたちも、これからは気を付けます。」

と、メンバーの一人がそういうと、ほかの女性たちも、わかりましたと次々に口にした。

「やっぱり、こういうことがあるんだから、九のつく日には、餅はつかない方が良いな!」

杉ちゃんは、声よく言った。櫻子は、苦笑いして、本当にそうかもしれないわねと、ため息をついた。

蘭は、やっぱり、日本は宗教の博物館だなと思うのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あんころもち 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る