◉大平原の白い巨峰

すると、とうとう彼女の乗っていた枝がべキン!と折れた。

「あ゜っ!!!」


どっしーん!

そして派手な音とともに、草に覆われた地面に尻餅をついた。


「あてててて…。」

お尻をさすったり体についた葉っぱを払ったりしていると、その音を聞きつけたキュルルとカラカルがやってきた。


彼女を見たキュルルは、全身を震わせ、目からボロボロ涙を流しながら叫んだ。

キュルル「ビー…、アムールトラァァァ!!!」


それからアムールトラに駆け寄ると、勢いよく抱きついた。そして、彼女の名前を何度も叫びながらわんわん泣き出した。

キュルル「会いたかった…、会いたかったよぉ…!」


アムールトラはその勢いに圧倒されたが、しっかり彼を抱きしめると、小さくなった手で頭を撫でた。

カラカルは、目に涙を浮かべていた。

カラカル「おかえり!もう、さっきから何やってたの?無事なら早く出てきなさいよ!」


2人の涙を見て、アムールトラは心の中で首を傾げた。

アムールトラ『どうして2人とも、泣いているんだろう…?』


キュルル「カラカル、この子がそばにいるって知ってたの⁉︎」


カラカル「木の上からず〜っと気配と音がしてたのよ。」


アムールトラ『あ、バレてたんだ…、恥ずかしい〜!』


彼女は顔を赤らめながら気まずそうに頬を掻いた。それからトラの子の顔が描かれた紙の切れ端を2人に見せながら、流暢に喋り出した。

アムールトラ「ごめんね。パーク中大騒ぎになってるし、キュルルさんのものをバラバラにしちゃった事も謝らないとと思ったら、どうしても踏ん切りがつかなくって…。」


すると2人は、凄くびっくりした顔をした。

キュルル「へ⁉︎アムールトラ…。」


カラカル「アンタ、そんなスラスラしゃべれたの⁉︎」


アムールトラ「ああ、これはね…。」



女王「ウガァァァァ!!!」

断末魔の叫び声と共に、女王の体が激しく輝き大爆発を起こした。目の前が真っ白になり、もう駄目だと思った。

しかし次の瞬間、腕からカシャンという音がして私の体は空高く舞い上がった。そして全身に激しい衝撃が走り、そのまま気を失ってしまった。


それからどのくらい時間が経ったのだろう。すぐそばで誰かの声がした。

?「…ぉぃ、…おい、起きんか!」


『う…、う〜ん…。』


私はゆっくりと目を開け、上体を起こした。あたりはどこまでも続く平原で、強い風が吹いている。これまでパーク中を走り回ってきたが、こんな所には来たことがない。そして目に前に、小柄なトラのフレンズが立っていた。


その子は全身真っ白だった。髪型はボリュームのあるショートヘアーで、前髪にトラの縞模様がある。くりくりとした瞳は右目が青、左目が黄色のオッドアイ、毛皮は私と似たような感じで、上は長袖のワイシャツにベストにネクタイ、下はミニスカートにニーソックスを履いていて、お尻からは長くてしなやかな尻尾が生えている。そしてそれぞれ青と黄色の髪留め、手首の腕輪、足輪、尻尾の輪をつけている。


しかし見た目とは裏腹に、この子の放つ気配は今まで出会ったどのフレンズよりも圧倒的で、まるで目の前に巨大な山が立っているかのようだった。

私は思わず身をこわばらせた。


ビャッコ「おお、我(われ)の気を感じ取ったか。見た目で判断せず、物事の本質を見極めようとする目があるのだな、感心感心。

だがそう固くならずとも良い。我はジャパリパークの西方を守護し風を司る者、四神獣のひとりビャッコだ。」


「強い気を感じて来てみれば、手枷が外れたばかりのビーストであったか。もはや新たに生まれるものも無くなって久しい…、こうしてあいまみえるのはぬしで最後かもしれぬな。で、何用だ?これからの身の振り方でも聞きに来たのか?」


そう言われて体を見回すと、手枷がない事に気づいた。それに全身もボロボロで、右手が特にひどい。

「私、は、あの…。」


ビャッコ「無理に話さずとも良い。念ずれば大体分かる。それにぬしの事は、まだパークにヒトがおった頃から知っておる。」


そう言うとその子は、私の目をじっと見つめた。

ビャッコ「……どうやら手枷がここに連れてきたようだの。とりあえず目の前の敵は退けたが、その後は何も考えておらん…か。

長き眠りの間に全てを忘れ、目覚めてからは誰も導く者が現れなかったのでは無理もないか。

…まあ、体が癒えるまでゆっくり休め。それからどうするか考えるがよい。さらに力を磨いて神獣になるも良し、あるいはこれまで通りの生活を送るのもよいだろう。」


『これまで通り…。また一人ぼっちで戦い続けるのは嫌だなぁ…。』


ビャッコ「…ふむ、戦いが嫌いとは、珍しいビーストだ。おまけに1人が大っ嫌いときたか。

ならばここで暮らさぬか?苦しみばかりのパークに戻る必要がどこにある…。そして体力が戻ったら、我の手伝いをしてくれぬか。」


『え…???』


私は改めて、目の前の子を見つめた。こんなにも強大な気を持っているのに、私が手伝うことなんてあるのだろうか。


ビャッコ「ぬしらの基準で考えればこれ以上ないくらい元気に見えるだろうがな、本来の力に比べれば今の我はぬしと同じくらい弱っておるのだ。

海の底の火山を鎮めたり、あれよあれよと元の姿に戻ってゆくパークを治めるのには結構な力がいるものでな。

陽の光、風のそよぎ、水のせせらぎ、大地のうねり…。我ら四神獣は、ぬしらがなにげなく目にしているもの全てを管理しておるのだ。

ここで学び力をつければ、いずれぬしにもできるようになるだろう。さすれば、今よりもっとたくさんのフレンズの力となれる。」


そう言われても、話が大きすぎて私にはピンとこなかった。


ビャッコ「今全てが分からずともよい。力がつけば、おのずと見えてくるであろう。さて、ここで暮らすのなら、この風に慣れなくてはな。まずはこの中でもゆったり眠れるようになれ。」


そんな無茶な、と思った。この強風の中では目を開けているのもやっとで、気を抜いたら吹き飛ばされてしまう。せめて体が万全の状態だったら、だいぶ違っただろう。


ビャッコ「我にしてみれば、こんなの涼風も同然だ。これくらい凌げなくてはな。それになまじ元気だと、できる事が多い分やるべき事を見失う。ボロボロだからこそ見つけられるものがあるのだ。

よいか、風と争おうと思うな。風は目の不自由な巨人、こちらが少し方向を示せば、意のままに動いてくれるのだ。感覚を研ぎ澄まし、風の声を聞け。後は風が全てを語ってくれよう。

よいな?キティ。」


『キティ?』


ビャッコ「子猫という意味だ。我からすれば、ぬしの力はまだそれくらいだからな。我はずっとぬしを見ておるぞ。時がきたらまた会おう。」


そう言うと、ビャッコさんの周りにつむじ風が巻き起こった。そしてそれが収まった時にはその姿は消えていて、私は風の吹き荒れる平原に1人取り残された。

『困ったな…、どうしよう?』


とりあえず、もう少し風をしのげそうな所はないか探してみる事にした。しかし吹き飛ばされないよう這いずりながら移動してみたものの、疲れるばかりで道は全然捗らない。風の中に目を凝らしても、あたりはどこまでも続く平原で、身を隠せそうなものはなにもない。


『いっその事、吹き飛ばされちゃったらどうなるんだろう?』


そう思った途端、風で体が浮き上がり、凄い勢いでゴロゴロと転がった。

『目が回るぅ〜!お願い、止まってぇ!』


私は無我夢中で両手を振り回した。すると爪に何かが引っ掛かり、なんとか体を止めることができた。

それは平原にポツンと立っていた、私の身長くらいの低い木だった。私は必死にその細い幹に腕を回してしがみついた。


しばらくして、クラクラしていた頭がはっきりしてきた。

『ふう…。これなら思いっきり高く跳べば、トリの子みたいに飛べるんじゃないかなぁ…。』


風に乗って空を自由に飛ぶ自分の姿を想像して、私はちょっぴり愉快になった。そのまま飛んで行けば、いつかはこの平原も終わり、見知ったパークのどこかへ出るだろう。

『でも…、いずれは地面に降りなきゃいけないんだ。』


降りた先に待っているのは、孤独と戦いの日々…。それなら、ここにいた方が良いのではないかと思えてきた。


『…よし!あの子が言ったように、まずはここで眠れるように頑張ろう!』

そう考えた私は、木にしがみつきながら目を閉じた。


ゴオオオオ…

真っ暗闇の中で、強い風の音だけがはっきりと聞こえる。初めのうちはいつまた飛ばされるかという恐怖しかなかったが、しだいにくたびれてきて、体の力みが弛み、意識が途切れ始めた。

ぼんやりとした頭に、風の音が絶え間なく流れ込んでくる。

『…でも、どれも同じ音ではないんだな。』


よくよく聞いてみると、その強さや吹き付ける向きによって、風の音は微妙に違っていた。しばらくすると、音でどんな風なのか分かるようになってきた。私は風が弱まると眠り、強まると起きるを繰り返した。するとだんだん慣れてきて、強風の中でも眠れるようになった。


お腹が空いた時は、木になっている小さな赤い実を食べた。硬くて美味しくはなかったけど、不思議な事に一粒でも満たされた気分になった。


ここは時間の感覚がよく分からない。もう何年も経ったような気もするし、数分しか経ってないような気もする。すると不意に、風の中からビャッコさんの声がした。

ビャッコ「我の声が聞こえるか?なら次は、立ち上がって風の中を歩いてみよ。」


風が弱まった時を見計らい、私は木にしがみつきながら立ち上がった。でもすぐに強い風が吹いてきて吹き飛ばされそうになり、慌てて身を伏せた。

『これじゃあ歩けないよ。風の強さごとに違う色がついてれば見分けられるのにな…。」


その時ふと、風の中にビャッコさんの匂いを感じた。音を聞いてみると、どうやら少し弱い風から匂いがするようだ。私は再び立ち上がると、それを頼りに少しずつ歩き出した。

『風と争っては駄目…。強い時はやり過ごし、弱まった時に一歩踏み出す…。』


そしてしがみついていた木が見えなくなるくらい歩いた頃、目の前につむじ風が巻き起こった。かと思うとそこからビャッコさんが現れた。


ビャッコ「おお、戻ったか!ここは我とキティが最初に出会った場所だ。どうやら風が見えるようになったようだな。我が力を貸してやったとはいえ、なかなか飲み込みが早い。

風を見る鍛錬はこれくらいにして、今度は風に乗るとはどういうものなのか教えてやろう。さ、我の手をとるがいい。」


そう言ってビャッコさんは右手を差し出した。その手を握ると、あたりの風が集まってきて、私たちを包み込んだ。私はびっくりして、思わず声を上げた。

「わっ‼︎」

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