◉誰かのための牙

しかしその声が終わる頃には、私達はどこかの森を見下ろす崖の上に立っていた。

『ここは…?』


ビャッコ「平原の近くだ。キティも鍛錬を積めばできるようになるやもしれんし、あるいは我とは全く別のものを従えるやもしれん。

…それにしても、弱音の一つも吐かぬとは。キティはずいぶん素直で熱心なやつなのだな!だがそれは、誤った教えに惑わされ易いとも言える。流されるだけでなく、時には自分の正義と照らし合わせてみるのも大事だぞ。」


『そういえば、本心(ワタシ)にもそう言われたっけ。』

どうも私は、言われた事を真に受けて突き進むきらいがあるようだ。


ビャッコ「まあ、こればかりはどんなに口で言っても身につくものではない。無数の声の中から己に必要なものを選び抜いて取り組むには、ある程度の知識と経験が必要だからな。初めのうちは失敗続きでも、いずれは見えてくるだろうて。」


『無数の声…か。そういえばさっきから気になってたんだけど、風の音に混じって聞こえてくる小さな声、これはなんなの?』


ビャッコ「風は匂いだけでなく、パーク中の声も運んでくるのだ。距離の近いものや数の多いもの、思いの強いものほど大きく聞こえる。集中してみれば、今のキティでも聞き取れるものもあるだろう。」


そこで私は目を閉じて、耳に意識を集中させた。風の中から聞こえてくるたくさんの小さな声、そんなわちゃわちゃと絡み合った音の中で、なんとか聞き取れたのは…。

「助けてーっ!」


『⁉︎』

誰かの悲鳴だった。私は思わず目を見開くと、必死にあたりを見回した。


ビャッコ「聞こえたようだな。」


『ねえ、今の声は⁉︎』


ビャッコ「この近くでセルリアンに襲われとるフレンズのものだ」


するとまた声がした。

「誰かっ、助けて‼︎」


私は眼下の森に目を凝らした。すると大きなセルリアンに襲われているフレンズがいた。その子は足から徐々にセルリアンに取り込まれている。


『助けないと!』


ビャッコ「待て!いいかよく聞け。全ての声を救う事はできん。それにあのセルリアンは、今のキティでは到底敵わぬ。」


『そんなっ…、見殺しにしろっていうの⁉︎』


ビャッコ「無理なものは無理なのだ。今やるべきはとにかく体を休める事。そして体力が戻ったらあの子の無念を晴らすがよい。」


『明日の私ならできるかもしれない…。けどあの子には今しかないんだっ‼︎』

そして私は全身に意識を集中させた。しかしてんで力が入らない。


ビャッコ「ほれな?そんな体で立ち向かっても犠牲が増えるだけ。がむしゃらに向かってゆくばかりでなく、少しは明日も考えながら行動する事を学ばねば、いくら体があっても足りぬ…⁉︎」


しかし突然、私の全身から白い輝きが吹き上がり、右手に集まり始めた。ボロボロの右手に、白く輝く5本の爪が生成されてゆく。けれども体がどんどん霞んでいった。

私は自分の体を形成するけものプラズムを解放し、戦うためのエネルギーとしたのだった。


ビャッコさんは驚愕の表情を浮かべた。

ビャッコ「いっ…、生命(いのち)の牙!」


『これでっ…、戦える!』


そして私は、すぐさまあの子の下へ駆けつけようと足に力を込めた。しかしビャッコさんが目の前に立ちはだかった。

ビャッコ「…駄目だっ!やめるのだキティ。」


『どいて!』


ビャッコ「そうはいかん!ぬしの心意気は買うが…、100%失敗すると分かっている攻撃をみすみすさせる訳にはゆかぬ!」


『‼︎』


ビャッコ「残念だが我には分かる。その牙にあのセルリアンを倒せるだけの力はないっ‼︎」


その言葉を聞いた私は、フッと目を閉じうつむいた。


ビャッコ「さあ今すぐその牙を引っ込めろ。ボロボロなうえ手枷も失った今のぬしでは、ものの数分で命そのものが尽きてしまうぞ!

ぬしの秘めたる力は凄まじい…、鍛錬を積めば、我より優れた神獣になれるやもしれぬ。無駄に命を捨てるでないっ!」


しかし私は、うつむきながらもはっきりと自分の意思を述べた。

「…いい、それで‼︎」


ビャッコ『なにっ…⁉︎』


そして顔を上げて、心の中でこう叫んだ。

『最初からあいつを倒そうなんて思っていない…、私の命が燃え尽きるまで、叩いて!叩いて‼︎叩きまくって!!!わずかな傷の一つでも残せればそれでいい!』


ビャッコ「それを無駄死にと言うんだ!」


『無駄じゃない‼︎たとえ私が力尽きても、必ずみんなに何かを残せるはず…。あの子が逃げてくれれば、誰かにセルリアンの事を伝えてくれるだろうし、残った傷跡を見た他の誰かが、やつに立ち向かう勇気を持ってくれるかもしれない。

もともと私は、戦いの中で誰にも知られないまま消えてゆくつもりだった。そんな私の命が誰かの一歩のきっかけになるんだったら…、こんな嬉しい事はないよ!』


ビャッコ「…!!!」


そこへまた、あの子の悲鳴が聞こえてきた。

「お願い、助けて‼︎」


「待ってて、今行く!ウオオオオオーッ!!!」


私は雄叫びを上げると、右の爪を構えながら、眼下のセルリアンに飛びかかっていった。

しかし突然、目の前にビャッコさんが現れた。あまりに急だったので、私は腕を引っ込める事ができなかった。


ザシュッ…!

右の爪が、ビャッコさんの左肩を貫いた。

「アアアッ…⁉︎」


ビャッコ「…もうよい…、力を抜け、アムールトラ!」

そう言うと、ビャッコさんは私の右手にそっと自分の手を重ねながら、私と一緒にふわりと宙に浮いた。その目は、これまで見た事のない優しさに溢れていた。


私は全身をガタガタと震わせながら爪を引き抜いた。昂っていた気持ちがぷっつりと切れ、体から力が抜けてゆく。私は震える声でこう尋ねた。

「なん、でっ…、なんでそこまでするっ…⁉︎」


ビャッコ「我は今の今までぬしをみくびっておった。この傷はその詫び…。驚いたぞ… 、ぬしは昔の我にそっくりだ‼︎これはトラのさがというやつなのかのう…。」


「ビャッ…コさん…。」


「同じく命を削るなら、我の方が良かろう。我はぬしの何倍も生きた。…我にぬしほどの決意があれば、あれくらいものの数ではなかったのだ。

ここで見ておれ、見ることもまた勉強だ!」


そう言うと、ビャッコさんの体が旋風で包まれた。そして両腕に、物凄い力が溜まってゆく。

そしてビュッという音と共に、その姿が消えた。


ビャッコさんは一瞬でセルリアンの目の前に現れると、両腕を叩きつけた。

ビャッコ「疾風白虎拳!!!」

ドグワッ!!!

セルリアン「グオオオオーン!」

「きゃーっ!!?」


両腕に込められた膨大なエネルギーが一気に炸裂し、巨大な風の渦がセルリアンの体を粉々に打ち砕いた。あの子も吹き飛ばされたが、どうやら無事なようだ。


すると巻き起こった風が一気に押し寄せてきて、私の周りで吹き荒れた。そして風の中から、穏やかなビャッコさんの声がした。

ビャッコ「アムールトラよ…、ぬしはまだパークに未練があるようだな。一旦戻って、これからの事をじっくり考えるが良い。」


『パークに…?でも、私の居場所なんて…。』


ビャッコ「案ずるな、耳をすませてみよ!」


私は言われた通り意識を耳に集中させた。すると風の中からみんなの声が聞こえた。

「野生解放が使えるようになったよ!これならもうセルリアンに怯えなくても大丈夫だよ!」


「パークを元通りにしてくれたのは、ビーストなんだって!」


「ラッキービーストが見せてくれたよ!パークとみんなのために戦ってくれたんだ!」


「かばんさん達が言ってたよ、ビーストはアムールトラっていう、とっても優しいフレンズなんだって!」


「アムールトラに会いたいよ…。誤解してた事謝りたいし、ありがとうって言いたい!」


それを聞いたとたん、なぜか私の目に涙が溢れ出した。

『みんな…!私、一緒にいていいの…?』


すると目の前に、輝きを放つ小さな紙片がヒラヒラと舞い降りてきた。

ビャッコ「忘れ物だ!ぬしと一緒にやってきたものだ…。それと餞別だ、我の輝き少し持ってゆけ!ゆめゆめ、命を捨てようなどと思うなよ!

またいつか会えるのを楽しみにしておるぞ!達者でな…。」


そう告げると、ビャッコさんの声は風の中へと消えていった。

そして紙片に手を伸ばすと、それがカッと強烈な光を放った。



気がつくと、私は手枷が置かれた記念碑の前に佇んでいた。

「ここは…、沈んでいたはずの遊園地?それにこれは私のジャラジャラ…、私がいない間、一体何があったんだろう?」


とここで、私は突然流暢に喋れるようになった自分に驚いた。そしてボロボロだった体も、いつの間にか綺麗になっていた。

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