◉本心(ワタシ)

女王「ン…?ナンダ?」


女王は大きな違和感を感じた。何か様子がおかしい。3体のフレンズ型セルリアンもきょときょととあたりを見回している。すると急速に地震が収まり、セルリウムの勢いが止まった。

かばんさん達の活躍により、海底火山が鎮静化したのだ。そしてビーストの手枷が、かすかな輝きを放っていた。



「…ぉぃ、…おい、起きなよ!」

ビースト「…う……?」


すぐそばから誰かの声がして、ビーストは目を開けた。すると薄暗い空間の中にトラのフレンズが立っていて、こちらに手を差し伸べている。


その子は長袖のワイシャツの上に赤いチェック柄のブレザーを着ていて、下はオレンジ色の半ズボンにガーターベルトとガーターストッキング、そしてロングブーツを履いている。両手に真っ白な手袋をはめて、首には赤茶色の蝶ネクタイ、そしてふわふわでボリュームのあるショートヘアには、服と同じ柄の小さなシルクハットがちょこんと乗っかっている。


「何手こずってるんだい?ほら、さっさと起きて、ぱっぱと片付けなよ!」


しかし、ビーストは指一本動かすことができなかった。そして相手の方を見つめたまま、投げやりにこう言った。

ビースト「…硬い箱の中で目を覚ましたら、突然頭の中に『戦え。』と声が響いてきた。そしてがむしゃらに走り出し、それに導かれるままセルリアンを吹き飛ばした時に私は確信した。これこそが私に課せられた使命、かつ生きる意義なのだと。

それから今日まで一人で戦い続けてきた…。あの声はお前だったのか?だが何を言われても、私はもう動けない。お前がなんなのかは知らないが、こんな役立たずはほっといてどこへなりと行くといい。」


それを聞いて、その子は一瞬キョトンとしてから吹き出した。

「ぶわははは!バカだなぁ、そんな事できるわけないだろう!あのね、ワタシはキミの本心、立派なキミの一部だよ!そしていつもキミの頭の中に響いていた声は、眠る前のキミ自身の声なんだ!」


ビースト「私の声だって…?その私は何をしてたんだ?やっぱりフレンズを食べていたのか?」


するとその子は顎に手を当てながら考えた後、こう言った。

「う〜ん、今ワタシが過去の事を全部話しても、キミは信じてくれないだろうね。ま、おのずと分かるから。ただ、キミはフレンズを食べちゃった事はないから安心して。」


「話を戻すよ。いいかい、目が覚めたキミは、過去の自分の声を使命だと勘違いし、セルリアンなんかの言葉を鵜呑みにしたあげく、極力フレンズと関わらないっていう、無謀極まりない生き方を選んだんだ。はぁ…、ほんっと単純というか、素直なんだから。」


「ホントのキミは、勇敢な騎士なんかじゃない。寂しがり屋で泣き虫な甘ったれ、そして誰よりも優しい奴なんだよ。だから過去のキミは、あの言葉で自分を奮い立たせ、なんとか戦っていたんだ。」


「けどキミは、それを使命だと思い込んだ。そして戦いしかすがるものが無かったもんだから、本心(ワタシ)を無理矢理押さえ込んで、使命に忠実な理想の自分を演じ続けたんだ。

しかしいつまでも抑え込めるもんじゃない。これが漏れ出すたびに、キミは理想と本心の板挟みになって悶え苦しんできた。そしてその苦しみを、破壊という形でごまかし続けたんだ。」


ビースト「え…?しかし黒い輝きが…」


「あのね、キミのけものプラズムは感情に大きく左右されるんだ。誰かを守るために力を使えば白く輝くし、逆に自分の愉しみだけに使えば黒く染まる。キミは黒い輝きを纏うたび、闇に飲まれるーとか自分が自分じゃなくなるーとか心配していたけど、なんのことはない、心が壊れないように騒いでただけなんだよ。

だいたいさ、普段よりハデな事をして気晴らしするってのは誰でもやってる事だよ。それで正気を失うなんてありえない。」


それを聞いたビーストは、自嘲気味に呟いた。

ビースト「…そんな弱い私が、パークを守るだなんて…、はは、こいつはお笑いだ。いや、情けなすぎて笑い話にもならないな…。

私にはもう、何もない…。」


するとその子は、苛立たしげに怒鳴った。

「あのさぁ、弱くて当たり前なんだよ!体と違って、キミの心はまだ赤ん坊なんだ!

そんなキミが、悩んだり迷ったり失敗したりするのは当然だ。その時は周りから助けられたり怒られたりしながら、成長すればいいんだよ。」


ビースト「‼︎…そんな大切な事、何で今まで黙ってた⁉︎」


「言ってたさ、何度も!だがキミは理想の自分を守るために、ずうっと聞こえないふりをしてたんだ。ここにきてようやく言葉が通じるようになったのは、ひどく痛めつけられて耳をふさぐ気力もないってのもあるが…、弱いキミを受け入れてくれる誰かを見つけたからじゃないのかい?」


それを聞いて、ビーストはハッとした。

かばんさん達は、ジャングルで倒れていた彼女をとても大切に扱ってくれた。

博士は彼女を理解し、優しく接してくれた。内なる声におののき、訳がわからなくなってそこから飛び出してしまっても、決して見捨てようとはせず、迎えにきてくれた。

イエイヌは、自分の身が危ないにも関わらず守ってくれた。

そしてキュルル。彼はどんな状況に陥っても、最後まで信じてくれた。


ビースト「ようやく…分かった…。私は使命のために戦ってたんじゃない、誰かを守るために戦ってたんだ…!そして私も、守ってもらってたんだ!」


ビーストの目に力強い輝きがともり、体に力が蘇ってきた。そして彼女がよろめきながら立ち上がると、目の前の子の姿が揺らいでどんどん縮んでいった。


「よかった、やっと気づけたね。それじゃあ、この子も大切にしてやってくれよ。ずっとキミに見つけてもらえる日が来るのを待ってたんだ。本心ってのは、押さえ込んで見て見ぬふりをするものじゃない。正面から向き合って理解するものなんだよ。」


そして、小さな姿のビーストへと変わった。その子は、両手で顔を覆ってしくしく泣いていた。ビーストはその子のそばにしゃがむと、微笑みながら優しく声をかけた。

ビースト「ごめんね、長い間一人にして。でももう大丈夫、これからはずっと一緒だよ。」


するとその子はピタリと泣き止んだ。そしてゆっくりと顔を上げると、涙でうるんだ大きな瞳でビーストを見つめ、おずおずと彼女に向かって両手を伸ばした。

ビーストはその子を抱き上げると、そのままギュッと抱きしめた。するとその子は、すっかり安心した様子で腕の中で寝息を立て始めた。


ビースト『…ちっちゃくて軽くて、ホワホワして温かい。』

ビーストは穏やかな笑みを浮かべながら、じっとその寝顔を見つめていた。

すると彼女の耳に、キュルルやフレンズ達の声援が聞こえてきた。


ビースト「…戻らないと!」

彼女がこう呟くと、腕の中のビーストが輝き始めた。そして、その子は光となって彼女の胸の中へ飛び込んでいった。

そこに宿ったほのかに温かい輝きから、一筋の光が伸びている。そしてその向こうから、みんなの声が聞こえてくる。それに向かって、ビーストは暗闇の中を駆け出した。

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