◉闇の誘い(いざない)

キュルルはビーストに声をかけようとしたが、彼女はキュルルに背を向け、何かから庇うように立ちはだかると、目の前の空間を睨みつけた。


そこでは先程の闇が集まって、巨大な影となっていた。それは次第にはっきりとした形を成してゆき、ついには全身真っ黒な髪の長い女のヒトの姿へと変わった。その頭には6本のトゲトゲした虹色の長い角が生えていて、吊り上がったとても冷たい目をしている。


女はビーストに片言で話しかけた。

女「そう睨むな、何もしなイ。ただ念のため、聞いておこうと思ってナ。ビースト、なぜ戦ウ?いくら痛くて怖くて辛い思いをしようが、誰もお前を見てくれなイ。」


ビースト「!」


不意に女はキュルルを一瞥すると、嘲るような笑みを浮かべた。

女「ああ、一人理解者がいたナ。だが…ククッ…ヒトは最低だゾ。お前が助けてやる価値など全くない、ひ弱で口先だけの生き物ダ。ヒトが泣いてすがるのは苦しい時だけダ。事が済んだらすぐさま手のひらを返し、自分の利益ばかりを追い求め、不平不満を喚き出ス。」


「忠告しておこウ。たとえパークの危機を救ったとしても、お前はすぐに英雄の座から引きずり下ろされ迫害されル。そんな連中を命懸けで守る必要がどこにあル?」


ビースト「………。」


それを聞いてキュルルは叫んだ。

キュルル「違うよ!僕は絶対そんな事はしないし、させない!」


しかし女はキュルルを凍りつくような目で睨むと、冷淡な口調でこう述べた。

女「それはお前が、ビーストに個人的好意を抱いているだけに過ぎなイ。たった一人のヒトの感情では、周りを動かす事はできなイ。実際、お前がいくらパークの危機を叫んでも、言葉だけではホテルに集まったフレンズの意思を変えることはできなかっタ…。違うカ?」


キュルル「ぐ…!」


女「ビースト、私に手を貸せとまでは言わなイ、ただ邪魔さえしなければそれでイイ。そうすればお前には手を出さなイ。言う通りにしてくれれば、お前はそのお気に入りのヒトと一緒に、永遠に幸せな時間が続く世界で、永久に生きてゆけるゾ。その素晴らしさは、セルリアンの中でよく分かったはずダ。

さあ、どうすル?いくらお前が獣でも、この答えはすぐに出せるだロ?

……さあ、どうすル⁉︎」


ビーストはじっと目を閉じ、うつむきながらこう答えた。

ビースト「…嫌だね。」


女は一瞬驚いた後、ヤレヤレといった感じでため息をついた。

女「……所詮獣だナ。明日の大きな幸せよりも、目先の幻想(エサ)にすがりついていたいのカ。」


ビースト「…違う!!」

女「⁉︎」


ビースト「私はそれほど賢くないし器用でもない、戦うしか能がない。みんなから避けられているのは事実だし、お前の言うことも嘘じゃないと思う。…でも、いいんだ。」


ビーストは目を開くと、まるで自分を奮い立たせるかのように話し続けた。

ビースト「それでも私はみんなが好きだ。ヒトも!フレンズも!山も海も風も大地も空も…私の周りにあるもの全てが好きだ‼︎だからっ…、」


次第にその声は、かすれた涙声になっていった。

ビースト「もし本当に…みんなが私にいなくなって欲しいなら…、みんながそう望むなら…、私は…私はっ…!」


そしてビーストは顔を上げ、寂しげな顔でこう言い放った。

ビースト「お前を砕いて…!パーク(ここ)を去る…!!」


キュルル「なっ…⁉︎駄目だよビースト!」

それを聞いたキュルルは驚き、ビーストの手をギュッと掴んだ。


女「ソウカ…。まったく、おめでたい騎士(ナイト)だナァ…。天下のビーストも、今や首輪のついた飼い猫カ。…まあいい、それなら容赦はしなイ。お前が自責の念と後悔で泣き叫び、苦しみもがく姿を見るのが楽しみダ。」

そう言うと女は2人の前からかき消えた。


キュルルは不安そうな顔でビーストを見つめた。すると彼女は振り返り、穏やかな顔でキュルルの頭をポンと叩くと、そこから立ち去っていった。キュルルは彼女を追いかけようとして叫んだ。


キュルル「待って!行かないでビースト、ビーストォ!」




キュルルは叫びながら目を覚ました。その目には涙が浮かんでいる。それを聞いて、隣で寝ていたカラカルとイエイヌが飛び起きた。

カラカル「しっかり!…もしかして寝ぼけたの?」

イエイヌ「だ、大丈夫ですか⁉︎」

キュルル「…夢…?」


まだ心臓がドキドキしている。いやにはっきりした夢だったが、思い返そうとしている間にも内容がどんどん霞んでゆく。そしてすぐに、どうして涙を流しているのかも分からなくなってしまった。



【戦えっ!】

ビースト『!!!』

突如頭の中に響き渡った例の声に、ビーストは叩き起こされた。彼女は海のそばの高い木の上でキュルルと同じ夢を見ていたのだが、やはり内容は思い出せなかった。しかしパークとキュルルによくない事が迫っているのだけははっきりしていた。


暗闇の向こうに、輝いているホテルが見える。そして海中のセルリウムが、どんどんそこへ押し寄せている。

戦う事になったら、また闇に飲まれてしまうかもしれない、そうしたらみんなを傷つけてしまうかもしれない…。

しかしこのままじっとしているのは、もっと嫌だ!


すると空から声がした。

?「ここにいたのですね!よかった…。さあ、とっととホテルに向かうのです!」

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