◉そのままでいて、君だけは
廊下に出ると、かばんさん達はライブ会場ではなく、出入り口に向かって歩き出した。そして博士がポツリと呟いた。
博士「…本当は、安全な所なんてどこにもないのです。」
助手「パークの終わりをいつどこで見届けるか…、それだけの違いなのです。」
かばん「うん…、意味ないって分かってても、どうしても失敗した時のことを考えちゃうよね。」
フェネック「私もさ〜、バレないようにしてたけど、さっきから震えが止まらないんだよ〜。」
みんなが暗い顔でうつむきながら歩いていると、アライさんが後ろ歩きで列の前までやってきて、胸の前で両手をグーにしながらまっすぐな瞳で叫んだ。
アライさん「やる前から怖がってたらダメなのだ!やってみて、ダメだったら怖がるのだ!」
しかしそのまま数歩進んだところで、慣れない歩き方のせいで足を取られてすっ転んだ。
アライさん「のだっ⁉︎」
それを見て、フェネックが思わず吹き出した。
フェネック「相変わらずアライさんは面白いねぇ。」
博士「まったく…。まあなんだかんだ、お前の根性は信頼しているのです。」
助手「何事にも『当たってくだけだろ』…、たいしたたくましさなのです、まったく。」
かばん「ありがとう。アライさんのおかげで、怖いのがどこかへ飛んでいったよ。」
アライさん「なんで転んで褒められるのだ?けど、どんな時でもみんなを笑顔にするのがアライさんなのだ!」
かばんさん達は、互いに手を繋ぎながらホテルを出た。そして泊めてあったジャパリバスのトレーラーに、順番に乗り込んだ。ところが最後にかばんさんが乗り込もうとした時、背後から声がした。
?「待って!どこ行くの?」
かばんさんが驚いて振り向くと、そこには不安そうな顔をしたサーバルが立っていた。
かばん「黙って行くつもりだったんだけど…、私達は海底火山を止めてくる。」
サーバル「それって海の中だよね?へーきなの?」
かばん「心配しないで、すぐに戻ってくるよ。」
笑顔でそう言うと、かばんさんはサーバルに背を向けた。しかし耳が良いサーバルには、かばんさんの声が震えている事がすぐに分かった。
サーバル「ねえ、どうしてそんなに悲しそうなの?お願い、ホントの事を教えてよ!」
するとかばんさんの体がぴたりと止まり、カタカタと震え出した。
かばん「…言えないよ。」
サーバル「やっぱり危ないの⁉︎ならここにいてよ。私、かばんさんと離れたくない!」
かばん「無理だよ…、私達にしかできないんだ。」
サーバル「ちょっとみんなで考えてみようよ!大丈夫、かばんさんはすっごいヒトだし、すぐにもっと良いやり方が…。」
かばんさんはうつむき、肩を震わせながら大声で怒鳴った。
かばん「もうやり尽くしたよ!何度も!何度も、何度もっ…。けど…、駄目だった。結局どの方法も、しっかりつかんだと思った途端指の間からこぼれ落ちていったんだ。」
その言葉は、次第に涙声となっていった。
かばん「そして残ったのがこれだけ…、これだって、上手くいくとは限らない…。」
それからふっと上を向いた。
かばん「…怒鳴ってごめん。大丈夫だから、サーバルはここで待ってて。」
その時サーバルの頭の中に、帽子を被った女の子の姿がフッと浮かび上がった。どこで会ったのか、名前も顔も分からない、けれどもとっても大切で大好きな子…。それを掴もうと、サーバルは体をわななかせながら手を伸ばした。
サーバル『なんだろう…、なにか思い出さなきゃいけないような…、とても大切ななにかを…。』
不意に、かばんさんが振り返った。その顔は涙でクシャクシャになっていて、口元だけが無理に笑っている。
かばん「そんな顔しないでよ…、君だけはどんな時でも笑っててくれないと…嫌だよ…。」
震える声でそう言うと、サーバルから目を背け、うつむきながらバスの入り口に右足をかけた。
それを見つめるサーバルの目は、涙でいっぱいになっていた。それが揺らめくとかばんさんの姿が歪んで、どんどん遠ざかってゆく。
サーバル「う、うわぁっ…!」
かばん『ごめんねサーバルちゃん…、ずうっと一緒にいたかったけど、僕達の旅はここまでだよ…。』
するとサーバルの胸の中で感情が弾け、叫び声となって外に飛び出した。
サーバル「かばんちゃぁぁぁん!!!」
そして勢いよくかばんさんに飛びついた。
突然のサーバルの言葉に、みんな驚いた。
かばん「えっ…⁉︎」
博士「かばん“ちゃん”…?」
助手「まさか、思い出したのですか⁉︎」
アライさん「なにが起きたのだ⁉︎」
フェネック「信じられない…。」
サーバルは嗚咽を漏らしながら、かばんさんにありったけの思いをぶつけた。
サーバル「分かんない…分かんない!なにが分かんないのかも全然分かんないよ!でも、これだけは分かるよ!このまま行かせちゃダメだって!離れたらもう会えないって!!
お願い!私も連れてって、かばんちゃん!!!」
これを聞いたかばんさんの目から、大粒の涙が溢れ出した。そしてずっと胸の奥にしまい込んでいた呼び名を吐き出すと、大声で泣きだした。
かばん「サーバル…ちゃん…!わああぁ…っ‼︎」
そうして2人は、目に涙を浮かべながらしっかりと抱き合った。また博士たちも、涙ぐみながらその様子を静かに見守った。
それからしばらくして…。ようやく2人が落ち着き始めた頃、博士がバスから降りてきてサーバルにこう声をかけた。
博士「サーバル、口を閉じるのです。私がよしと言うまでそのままでいるのですよ。」
サーバルは言われた通り口を閉じると、両手で塞いだ。すると博士は、サーバルの鼻をギュッとつまんだ。すぐに息が苦しくなってきて、サーバルの顔が赤くなり、体が震えだした。
サーバル「ブハァ、なにするの⁉︎」
堪えきれずサーバルが口を開けて大きく息を吸い込んだところへ、博士がおどろおどろしい口調で迫ってきた。
博士「いいですか?我々陸のけものが水の中で息をするには、たくさんの空気が必要なのです。しかしバスに用意できたのは片道分…、つまり、たとえ海底火山を止められたとしても、帰ってくることはできないのです。
これに乗ったら、お前は今よりもずうっと苦しい思いを死ぬまで続けなければならないのです。本当にそれでもいいのですか?」
するとサーバルは即座にこう答えた。
サーバル「いいよ!私はかばんちゃんのそばがいい!」
博士「…そうくるだろうと思っていたのです。装備の都合上、行けるのは5人まで…、私の代わりに行ってくると良いのです。私はここで、できる限りのことをするですよ。」
こうして、博士の代わりにサーバルが海底火山鎮静化に参加することとなった。みんなはバスに積んであったアヅアエンの潜水用の装備を身につけると、運転席に乗り込んだ。
かばんさんがスイッチを押すと、窓が厚いバリアで覆われ、完全に密封された。そしてバスは、海底火山に向かって出発した。
博士はそれを黙って見送った。そしてバスがすっかり沈んで姿が見えなくなると、頭の羽を広げてふわりと舞い上がった。
博士『頼んだのですよ。…さてと、あいつはどこで震えているのですかね、まったく!』
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