◉幻影

それからみんなで、棒の引っ張りっこをしたりかくれんぼをしたりして遊んだ。さらに時折体を撫でてあげると、そのたびにイエイヌは大喜びした。

楽しい時間はあっという間に過ぎてゆき、気がつくと日が暮れていた。キュルル達はイエイヌのおうちに泊めてもらい、床に敷かれた一つの布団でくっつきあって眠った。

そして翌日。


サーバル「いっくよー、それ!」

サーバルが投げたフリスビーを、イエイヌがはしゃぎながら追いかけてゆく。そして間合いを見極めながら大きくジャンプし、見事に口でキャッチした。


キュルル「すごいよ、イエイヌさん!」

カラカル「どこに飛ぶのか、あらかじめ分かってる感じね!にしても…よく元気が続くわね…、ゼェゼェ…。」

カラカルはバテていた。先程までフリスビーを投げていたのだが、一向に疲れを見せないイエイヌ相手にヘトヘトになってしまったのだ。


イエイヌは嬉しそうに息を弾ませながら、フリスビーを咥えてサーバルの所へと戻ってきた。

イエイヌ「もっと遠くに投げてもいいですよっ!」

サーバル「よ〜し、それ!」


その様子をキュルルはスケッチしようとしたが、スケッチブックも水筒もバッグも無い。慌てて辺りを見回した後、ふと思い当たった。

カラカル「どうしたのキュルル?」


キュルル「昨日トラクターに、いろいろ置いてきちゃった…。」


カラカル「あ〜…、なんっか足りないと思ってたのよね。」


サーバル「あれ、キュルルちゃん忘れ物?なら取りに行こうよ!」


キュルル「そうだね、ちょっと行ってくるよ。カラカルはここで休んでて。」


そんなキュルルとサーバルを、イエイヌが悲しそうな顔で見ている。遊びが突然終わってしまい、2人ともこのままどこかへ行ってしまうのではないかと気が気じゃないのだ。


それに気付いたカラカルは、2人を引き止めた。

カラカル「待ちなさい!あたしが行くから、キュルルはこの子と一緒にいなさい!」


キュルル「え?カラカル疲れてるんじゃ…。」


カラカル「いーのよあたしの心配は!(ハァ…。)つべこべ言わずに任せなさい!!(ゼェ…。)」

カラカルはムキになって叫んだ。しかし息が切れているのをごまかす事はできなかった。


こうして強引に押し切られたキュルルは、イエイヌとお留守番をすることとなった。そして喘ぎながら歩いているカラカルの横で、サーバルがクスクス笑っている。

サーバル「やっさしー!」

カラカル「うっさい…!」


そんな2人を見送り、しばらくフリスビーで遊んだ後、キュルルとイエイヌはお茶の用意をして2人を待つ事にした。

ヤカンをホットプレートに乗せると、キュルルはふとイエイヌにビーストについて聞いてみた。


キュルル「イエイヌさんは、ずっとここにいたんだよね。じゃあビーストの事は知らないのかな。ふらっと現れて、どんなセルリアンでも一瞬で倒しちゃう、とっても強くてカッコいいフレンズなんだ!」


イエイヌ「ビースト…、もしかして、オレンジ色で、体の大きなフレンズの事ですか?」


キュルル「知ってるの?」


イエイヌ「はい。昔、この近くの森を歩いていたら、大きなセルリアンに見つかって追いかけられた事があるんですが、突然現れてそいつをやっつけてくれたんです。

すぐに立ち去ってしまったので顔はよく覚えていませんが、匂いははっきりと覚えています。」


キュルル「わあ、イエイヌさんをセルリアンから守ってくれたんだね。実は僕たちも危ない所を助けてもらったんだ。とんでもない乱暴者でフレンズにも見境なく襲いかかるって噂もあるけど、全然そんな子には見えないんだよね。」


ズドォン!

そこへ突如、おうちの屋根を突き破ってビーストが飛び込んできた。その衝撃で家の半分が崩壊し、家具もドアも吹き飛んだ。またキッチンではヤカンが床に落ち、ぬるま湯があたりに散らばった。そのあまりに突然の出来事に2人は腰を抜かした。

ビーストは鼻をひくつかせながらあたりを見回した後、足元に転がっている絵を睨みつけると、それを額縁ごと砕かんと右手を振り上げた。


それを見た2人は顔色を変え、必死にビーストを止めようとした。

イエイヌ「ダメ!壊さないで!」

キュルル「待って!ビースト!」


しかしビーストは、勢いよく爪を振り下ろした。彼女の他に気づいているものはいなかったが、絵の裏には緑色の小さなセルリアンが張り付いていたのだ。


緑セルリアン「さすがに鋭いな。だが…、ちょっとばかり遅かったなぁ!」


するとその絵に込められたヒトの輝きがセルリアン化し、何本もの太い腕となってビーストに絡みついた。不意を突かれた彼女はあっという間に動けなくなり、そのまま取り込まれてしまった。


がんじがらめにされたビーストは、なんとかそこから抜け出そうともがきながら真っ暗なセルリアンの体内を漂っていたが、ふと妙なことに気がついた。不思議な事にここは懐かしい匂いがして、妙に心が落ち着くのだ。

そしてあたりに目を凝らすと、その闇のいたるところでセルリアンの元となったヒトの輝きがほのかに輝いている。それを見ていると、もう忘れていたはずのヒトとフレンズが仲良く遊んでいるかつてのパークの光景が、目の前に次々と浮かんできた。


ビースト『わぁ…、なんてきれいなんだろう…。』


ビーストはそれにすっかり心を奪われた。次第に体中が心地よい感覚に包まれてゆく。先ほどまであれほど体を締め付けられていたのに、今はまるでふかふかの布団にくるまっているかのようだ。ここにはなんの苦しみも痛みもない。硬い箱の中で目が覚めてから、こんなに安らかな気持ちになったのは初めてかもしれない。ビーストは全身の力を抜くと、すやすやと眠り始めた。そして徐々に体から輝きが奪われていった。



一方、ビーストを取り込んだセルリアンはそのままムクムクと膨れ上がり、見上げんばかりの巨大な姿へと変貌した。その額縁のような四角い顔の中央にはぎらつく一つ目が付いていて、細長い体には同じような太さの6本の腕が生えている。そしてそれらを振り回しながら、今度はキュルルとイエイヌに襲いかかってきた。


緑セルリアンは顔の陰に隠れつつ、勝ち誇った顔をしながら誰にも聞こえない小さな叫び声をあげた。

緑セルリアン「うぷぷっ!一番厄介なヤツが片付いた…。さぁて、これまで散々やられてきたが、今度はお前らが覚悟する番だぁ‼︎」


イエイヌは爪を振りまわして、伸びてくる腕を必死に払い除けながらキュルルに向かって叫んだ。

イエイヌ「キュルルさんは逃げてください!」


キュルル「そんな…、できないよ!」


イエイヌ「こいつは私だけではとても抑えきれません!それに私は、ヒトと共に生き、どんな時でもヒトを守るフレンズなんです!あなたが無事ならそれでいいんです!」


そうしてイエイヌは大きく口を開けると、相手の腕に思い切り噛み付いた。しかしセルリアンが腕を横に薙ぎ払った勢いで吹き飛ばされ、そのままキュルルと衝突してしまった。


イエイヌ「うう…。」

キュルル「イエイヌさん、しっかり!」

キュルルはなんとか立ち上がり、イエイヌを助け起こそうとした。すると今度は、セルリアンが巨大な腕を2人めがけて振り下ろしてきた。


しかしイエイヌが、とっさにキュルルを突き飛ばした。

キュルル「イエイヌさんっ⁉︎」


その顔は、まるでさよならを言っているかのような悲しげな笑みが浮かんでいる。

イエイヌ『キュルルさん、ありがとう。お手にフリスビーになでなで…。私、とっても嬉しかったです!』


次の瞬間ダンッ!という大きな音がした。とっさに上体を起こしたキュルルが見たものは、取り込まれセルリアンの体の中をどんどん上へと昇ってゆくイエイヌの姿だった。

そしてその先にある額縁状の顔の真ん中にある大きな目が、じっとキュルルを睨みつけていた。


キュルル「あ…、あ…。」


キュルルは恐怖ですくみ上がり、立ち上がる事ができなかった。ただ無意識に右手がジリジリと後ずさってゆき、指の先が何か硬いものに触れた。振り向くとそこには、イエイヌが園芸用に使っていたのであろう先の尖ったシャベルが落ちていた。


キュルル『イエイヌさんっ…!そうだ、諦めちゃいけないんだ!』


キュルルはそれを手に取ると、歯を食いしばりながら心の中で呟いた。

キュルル『ビースト…、ほんのちょっぴりでいい、君の勇気を僕に分けてくれっ‼︎』


すると、少しだけ体の震えが治まった。キュルルは両足にグッと力を込めて立ち上がると、シャベルを両手でギュッと握りしめ、腕に向かって駆け出した。


キュルル「このっ!離せ、離せよおっ!」

キュルルはシャベルを何度も腕に叩きつけた。しかしキンキンと硬い音がして、破壊するどころかかすり傷ひとつ付かない。


緑セルリアンは、その様子を楽しげに眺めていた。

緑セルリアン「ボウヤ、元気だねぇ。でも…!」


バチィン!

巨大セルリアンの腕がわずかに動いた。たったそれだけで、キュルルは跳ね飛ばされてしまった。

緑セルリアン「キャハハハハッ!弱っちいねぇ!」


それでもキュルルは立ち上がり、叫びながらセルリアンに向かっていった。

キュルル「離せ…、2人を…離せぇぇぇ!!!」


そんなキュルルの頭上に、巨大セルリアンの太い丸太のような腕が迫ってきた。

緑セルリアン「これでおしまいだヨォ、ボウヤ‼︎」


ドギャッ!!!

激しい音がすると同時に、キュルルは誰かに突き飛ばされて尻餅をついた。すると目の前にカラカルが立っていた。彼女は必死にセルリアンの腕を受け止めていた。


緑セルリアン「チッ、戻ってきたか。まあ、どこまで頑張れるかだけどなっ!」


巨大セルリアンの圧力に押され、次第にカラカルの肘が曲がり膝が震え、ジリジリと押し潰されそうになってゆく。だがそこへサーバルが飛び込んできて、セルリアンの顔に一撃を加えた。

それによってセルリアンの巨体が揺らぎ、カラカルはどうにか腕から逃れた。そして2人でセルリアンの周りを飛び回りながら、何度も爪を叩き込んだ。


緑セルリアン「クソ生意気なハエどもがっ、とっ捕まえてやる‼︎」


2人を取り込もうと、巨大セルリアンは6本の腕を縦横無尽に繰り出した。ところがあと一歩で追い詰められる、という所で腕が絡まり動けなくなった。


カラカル「今よ!」

サーバル「うんっ!」

すかさず2人はセルリアンの顔目掛けて飛びかかると、渾身の力を込めて同時に爪を叩き込んだ。

サーバル&カラカル「「サバンナX(クロス)ッ‼︎」」


ズズゥゥン…!

強烈な一撃を受け、巨大セルリアンが倒れた。そしてサーバルとカラカルが、軽やかな身のこなしでキュルルのそばに着地した。


キュルル「すごいや2人とも、ありがとうっ…⁉︎」


しかしカラカルは不意にキュルルを抱えると、サーバルと一緒に一目散に逃げ出した。 キュルルは慌てて止めようとした。

キュルル「待って!まだセルリアンの中にイエイヌさんとビーストがっ…!」


ポツッ

するとキュルルのおでこに、カラカルの涙がこぼれ落ちた。見上げると、2人とも苦悶の表情を浮かべながら大粒の涙を流している。さらには全身ボロボロで、ゼイゼイと荒い息をしながらどうにか走っている。もはや2人には、巨大セルリアンとやりあう余力が残っていなかったのだ。


カラカル「ごめん…、あたし達だけじゃ助けらんない!」

サーバル「あれだけやったのに砕けない…!石もないし、もう逃げるしかないよー!」


緑セルリアン「逃がさないよぉ〜ん!」


バウンッ!

なんと巨大セルリアンが、体を勢いよく地面に叩きつけ、反動を利用して空高く舞い上がった。そして、そのままキュルル達めがけて落下してきた。

3人「「「うわぁー!!!」」」


ビースト『う…?』

その声を聞いて、取り込まれていたビーストは目を覚ました。するとイエイヌが、彼女にしっかりとしがみついていた。これほどの絶望的な状況にも関わらず、イエイヌはけものプラズムを放出させながら彼女を守っていたのだ。


ビーストはイエイヌの大事なおうちを吹き飛ばしたうえ、大切な絵まで破壊しようとした。恨まれても仕方ないはずなのに…。

ビースト『こんな私を、守ってくれたのか…。』


それまでぼんやりとしていた頭が、急にハッキリした。しかし全身が痺れていて動けない。

ビースト『すぐにここから出ないと…!体よ動け…、動けっ、動けぇっ‼︎』


【…戦えっ!!!】

その必死の思いに呼応するかのように、頭の中に例の低い声が響き渡った。すると心臓がドクンと脈打ち、体中の血液が逆流したかのような感覚とともに全身の毛が逆立った。そしてビーストの頭に、光り輝く紋章が現れた。


それと同時に体が自由に動かせるようになった。すかさず全身に意識を集中させると、体中から白い輝きが立ち上り、鋭い爪に集まっていった。それから彼女はゆっくりと両手を高く掲げると、あらん限りの力を込めて思い切り振り下ろした。


ズバァッ!

体内で発生した巨大な白い斬撃により、巨大セルリアンは真っ二つになった。それはグオォォーン!と叫んだ後、バラバラになってキュルル達の周りに散らばり、きらめきとなって消えていった。そしてひときわ大きな塊から、ビーストとイエイヌが現れた。


緑セルリアン「ちくしょ〜っ、あと少しだったのに!」

小さな捨て台詞と共に、緑セルリアンは誰にも気付かれる事なくどこかへ飛んでいった。

こうしてイエイヌの絵から現れたセルリアンは、みんなの協力で撃退された。

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