◉それぞれの夜

重い足取りで研究所を後にしたキュルル達。中でもサーバルは悲しみのあまりろくに眠れなかったため、キュルル達の後ろをフラフラと危なっかしい足取りで歩いていた。

すると、キュルルの左腕のラッキービーストがこう言った。

腕ラッキー「じゃんぐるハ広イカラ、コノぺーすダト次ノえりあノ入リ口アタリデ日ガ暮レルヨ。」


キュルル「そっか…。」


カラカル「なら、今日はその辺りで早めに休みましょ。」


キュルル「そうだね、サーバルもそれでいい?」


キュルルとカラカルが振り返ると、サーバルは虚ろな表情をしながら弱々しい声で返事をした。

サーバル「…うん…。」


今の2人には、サーバルにかける言葉が見つからなかった。


そのまましばらく歩いてゆくと、茂みの向こうから声がした。

?「やあ、キュルルさん達!」


するとガサガサという音とともにゴリラが現れた。

ゴリラ「昨日はありがとう。今もみんなで、キュルルさんが新しく作ってくれた紙相撲で遊んでたんだ。どうだい、ちょっと見ていかないかい?」


キュルル「あの…。」


カラカル「ゴメン、あたし達急いでるの。」


ゴリラ「そっか。早くおうちが見つかるといいね。」


すると向こうから、ゴリラを呼ぶ声がした。

ヒョウ「おやぶーん、あんたの番やでー!」

イリエワニ「今度は負けんぞ!」


ゴリラ「おー、今行くよー!もう少し落ち着いたら、荒らされた広場をまた綺麗にして、運動会をやるつもりだよ。おうちが見つかったら、ぜひかばんさんと一緒に来てくれよ。じゃあねっ!」


そう言うと、ゴリラは茂みの奥へと消えていった。キュルルは困惑した目でカラカルを見つめた。

キュルル「…どうしよう、教えてあげた方がいいのかな…。」


カラカル「ううん、まだそうと決まったわけじゃないわ!」


ゴリラと別れたキュルル達は、とぼとぼと歩き続けた。そして日が暮れ始めた頃、次のエリアの入り口が見えてきた。


カラカルはグッと伸びをした。

カラカル「さて…とっ!次はどんなとこなのかも気になるけど、それは明日のお楽しみにして、今日はこの辺りで休みましょっ!」


キュルル「そうだね。じゃあこの大きな木の根元で眠る事にしようか、ねえサーバル?」


サーバル「…ごめん、私は木の上で寝るよ。」


カラカル「そう…、落っこちないように気をつけなさいよ?」


サーバル「うん…。」


そう言うと、サーバルはのろのろと木の上へと登っていった。


それを見上げながら、キュルルが心配そうな顔をした。

キュルル「…サーバル、大丈夫かなぁ…。」


カラカル「いいから、そっとしときなさい。」


キュルルはカラカルと一緒に、大きな木の根元に寄りかかった。そして目を閉じると、かばんさんの顔とやり取りが次々と浮かんできた。

「私は“希望の歌”って呼んでるんだ。」

「心配しないで、みんなと同じじゃなくてもいいんだ。」

「先に寝てて。後から来るから。」


キュルル『かばんさん…。』


そしてそれらが頭の中でぐるぐると回りだし、ぼやけていった。

昨日よく眠れなかったのと、今日の体の疲れもあって、キュルルはすぐに眠ってしまった。




一方、サーバルは太い枝の上でうつ伏せになっていたが、眠る事ができないでいた。心も体もクタクタで、もう目を開けているのも辛いのに、悲しみが押し寄せてきて寝られない。まるで夜の暗闇全部が悲しみとなって、体にのしかかっているようだ。それに押しつぶされそうになった時、すぐ下の枝からカラカルの声がした。

カラカル「サーバル、起きてんでしょう?ちょっといい?」


サーバルはビクッと体を震わせると、慌てて起き上がった。

サーバル「カラカル…。うん、いいよ。」


しかしカラカルは、サーバルのいる枝には飛び移らずにそのまま腰をおろすと、いつもの調子で話しかけた。

カラカル「昨日の夜は大変だったわよね…、今更だけど、セルリアンから助けてくれてありがと。」


サーバル「…うん…。」


カラカル「ところでアンタ、寝床を抜け出してどこ行ってたの?」


するとサーバルは、ボソリとこう答えた。

サーバル「…かばんさんと話してた。」


カラカル「だと思った。…でね、あたしずっと気になってたんだけど、昔アンタと一緒にいたフレンズって、もしかしてかばんさんだったの?」


サーバル「…分かんない。」


カラカル「…かばんさん、頭に羽を付けてたわよね。アンタのと色は違うけど、形はそっくりだった。お話しして、なんか分かったの?」


サーバル「……、分かんない。」


なんとかサーバルを元気づけようと登ってきたカラカルだったが、どんなに考えても適切な話題もかける言葉も見つからない。だんだんいたたまれなくなってきた。

カラカル「…ごめん、やっぱり今は1人になりたいわよね。」


そう言ってカラカルは枝から腰を上げると、そこから飛び降りようとした。するとサーバルの声がした。

サーバル「待って!…カラカル、ちょっとでいいからそこにいて。」


カラカル「…うん、分かった。アンタが寝るまでここにいるわ。」


サーバル「ごめんね、ありがとう。」


カラカルはもう一度枝に腰を下ろすと、太い幹に寄りかかって夜空を見上げた。今夜は少し曇っていたが、しばらくすると雲が晴れ、大きな月が現れた。その光が、あたりをぼんやりと照らしてゆく。


カラカルは頭の後ろで手を組みながら、心の中で月に話しかけた。

カラカル『毎日毎日、飽きもせず登ってきては沈んでく…。アンタはそれが辛いとか辞めたいとか、思った事ないの?』


すると、上の枝からサーバルの寝息が聞こえてきた。




不意に、キュルルは目を覚ました。すると隣にいたはずのカラカルがいない。周りを見渡すと、すっかり暗くなっていた。

キュルル『きっとサーバルの所へ行ったんだ。』


空には月が出ていたが、ジャングルの木々がその光を遮っていた。もう一度木に寄り掛かり、真っ暗な闇を見つめながら、キュルルはかばんさんの事を考えた。

キュルル『かばんさん…。ここから消えちゃったら、どこへ行くんだろう。こんなふうに暗くて静かで寂しいところに、ひとりぼっちでいなきゃならなくなるのかな…。そして僕や周りのみんなも、いつかはいなくなっちゃうのかな…。』


疑問ばかりが湧いてきて、いつまで経っても答えは出ない。そして考えれば考えるほど、どんどん怖くなってきて、とうとうキュルルは泣き出した。

キュルル「グスっ…、うえぇぇ〜ん!」


すると木の上からカラカルが飛び降りてきた。そしてキュルルの前でかがむと、そっと彼の肩に右手を置いた。

カラカル「どうしたの、キュルル?」


キュルル「カラカル…っ、どうしてかばんさんは消えちゃったの?どうしてずっと一緒にいられないの⁉︎消えたらみんなどこへ行くのっ…⁉︎」


訳がわからなくなって、キュルルは泣き喚いた。するとカラカルは、キュルルをぎゅっと抱きしめると穏やかな声で語り出した。

カラカル「あのねキュルル…、フレンズもヒトも、いつかは消えちゃうの。それがいつなのか、どこへ行くのかは誰にも分かんない。でもね…、だからみんな、今日を一生懸命生きてるの。」


カラカルの口から、今まで考えた事もなかった言葉がたくさん出てきた。それらは難しくてあまりピンとこなかったが、キュルルの問いに真剣に向き合おうという気持ちは十分伝わってきた。その心とぬくもりに包まれて、キュルルは少し落ち着いた。

キュルル「いつものカラカルだ…。やっぱり強いんだね、凄いや!」


カラカル「…強くなんかないわっ‼︎」


そう叫ぶと、カラカルはキュルルの手を掴んで自分の目元へと持っていった。すると暗闇で分からなかったが、そこがびっしょりと濡れていた。彼女もまた、泣いていたのだ。


そしてカラカルは、少し声を震わせながら言葉を続けた。

カラカル「…あたしには、かばんさんの事をすぐに受け入れろだなんて、偉そうな事は言えない。どれだけ時間がかかったっていい、何度でも思い返して、悩んで、悲しんで…、そしてキュルルなりの答えを見つけて。」


キュルル「…うん、分かった。」


カラカル「心配しないで、あたしはずっとアンタのそばにいてあげるから。」


キュルル「ありがとうカラカル。ごめんね、泣いてるのに気づいてあげられなくて。」


カラカル「いいのよ。」


キュルル「サーバルは?」


カラカル「大丈夫、ようやくあの子も寝たわ。」


キュルル「そっか…、よかった…。」


その言葉で、やっとキュルルも安心する事ができた。

そうして2人は、ぴったりと寄り添いながら眠りについた。




サーバルは太い枝にうつ伏せになって眠っていた。

サーバル「待って…、待ってよ…。」


サーバルは夢を見ていた。

彼女は、広い草原を疾走するオフロードカーを懸命に追いかけていた。運転席からかばんさんの声がする。

「私はかばん、ここのパークガイドだよ。」

「旅に出ようと思うんだ。もし途中で君たちに会えたら、一緒に冒険したいな。」


かばんさんの乗る車はどんどん遠ざかってゆく。サーバルは必死に追いかけながら目一杯右手を伸ばすと、悲鳴のような叫び声を上げた。

サーバル「行っちゃだめ!お願い、止まってえぇ!」


すると車が激しい光を放った。眩しさのあまり、サーバルは思わず手で顔を覆った。

「ごめんね…。けど…、君は生きて…!」


その言葉が終わると同時に、車は大爆発を起こした。指の間から、爆炎と真っ黒な煙が見える。そしてサーバルの目の前に、かばんさんの帽子がパサリと落ちてきた。


そして、そこから声がした。

「約束、だよ…。」


サーバル「イヤだ…、イヤだよかばんさん、かばんさぁぁぁん!!!」


そして眠っているサーバルの目から、はらはらと涙が流れ落ちた。

サーバル「かばんさん…、行かないで…。」


何も言わない月だけが、その涙を穏やかな光で照らしていた。

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