◉噂のあの子は怖〜いぞ!

3人は広々とした原っぱへとやってきた。そこには『パンのロバヤ』と書かれた看板が掲げられた薄暗緑色の移動販売車が止まっていて、周りには木製の椅子とテーブルが並べられている。


カラカル「ここでご飯が食べられるの。」

サーバル「こんにちはー!ロバー、いるー⁉︎」


すると車の陰から、長い耳をしたフレンズがひょっこり顔を出した。

ロバ「あ、どうもみなさん、お疲れ様ですー!」


この子はロバ。灰色の髪と女子学生服のような毛皮、頭には長い耳、ふさふさのポニーテールとブーツは黒、白いタイツをはいていて、お尻からは鞭のような尻尾が生えている。


彼女はここで、ジャパリまん、ジャパリコロネ、ジャパリチップス、ジャパリソーダなどさまざまな食料を提供していた。

かつては多くのフレンズの憩いの場であったのだが、今は閑散としている。


ロバ「どうぞ、いっぱい食べていって下さい。」


サーバル「いつもありがとう、ロバ。」


ロバ「いえいえ。おや、その子は誰ですか?」


カラカル「森の中を1人でウロウロしてたから連れてきたのよ。なんにも覚えていないらしくて、自分が何のフレンズかも分からないんだって。サーバルはヒトじゃないかって言ってるんだけど。」


ロバ「ふーむ…、私結構記憶力には自信があるのですが、こんな子を見るのは初めてですね。ですが、似たような格好をした方が、ジャングルで暮らしているって聞いた事があります。」


キュルル「ホントに⁉︎」


カラカル「相変わらず凄い情報通よね。」


ロバ「いえそんな。こうして沢山のフレンズさん達と接していると、自然と耳に入ってくるものですから。」


するとサーバルが、両手いっぱいに食べ物を抱えながらやってきた。

サーバル「難しい事は後にして、食べながら話そうよ!」


そして3人は席に着きご飯を食べた。キュルルはそれらを美味しそうに頬張っている。どうやら好き嫌いはないらしい。


その様子をロバは嬉しそうに眺めていたが、しだいに表情が曇っていった。

ロバ「あの…、私これから引っ越そうと思うんです。いつまたヌシが現れるかと思うと、怖くて眠れなくて…。」


サーバル「そっか…、今までありがとう、元気でね。」


ロバ「はい…。ああ、ビーストだけじゃなくセルリアンまで…、パークはどうなっちゃうんでしょう…。」


キュルル「ビースト?」


ロバ「あ、やはりご存知ないのですね。ちょうどみんなが野生解放できなくなって、セルリアンが多くなってきた頃に噂になり始めたフレンズです。フラッと現れて、どんなセルリアンでも一瞬で倒してしまう、ものすごく強い子らしいんです。」


それを聞いたキュルルは目を輝かせた。

キュルル「そうなの?凄い‼︎会ってみたいなぁ…、どんな子なの⁉︎」


ロバ「それが…、事が済んだらすぐ立ち去ってしまうし、お話しした子もいないので、よく分からないんです。どうやらオレンジ色で、大きな体をしているらしいのですが。」


キュルル「大きい体…、どれくらいだろう、おっきなセルリアンくらいかな?」


サーバル「あはっ、それならどんなセルリアンも怖くないね!」


カラカル「アンタ達ねぇ…、そんな目立つ子なら、見た目がよく分かんないなんてありえないでしょ!…それにある意味、セルリアンより危ないかもね。」


キュルル「え、どういう事?」


ロバ「ビーストはフレンズにも見境なく襲いかかる乱暴者だって噂もあるんです。もちろん噂ですから、いろいろと話が大きくなっている可能性もありますし、そもそも誰かの作り話で、本当はビーストなんていないのかもしれません。」


カラカル「これだけ長い間噂になってるんだから、いないって事はないでしょ。どれだけ強いかは分かんないけど、もしかしたら野生解放が使える特別な子なのかもしれないわ。」


キュルル「野生解放?特別?」


カラカル「野生解放ってのは、一時的にフレンズの力を引き上げる能力の事。前はたくさんのフレンズが使えたんだけど、ある日急に使えなくなったの。」


サーバル「特別っていうのは、その子にしかない力を持ってるって事だよ。キュルルちゃんにも、きっとすぐ見つかるよ!」


キュルル「僕だけの、力…。」

そう言われても、キュルルは半信半疑だった。自分は戦う事も跳ぶ事もできないし、ロバの様に記憶力が良いわけでもない。

するとカラカルが、片目をつむりながらこう言った。


カラカル「ビーストって聞いて、あんなに嬉しそうな顔したのはアンタが初めてよ。」


ロバ「ですね。この話を聞いた子は、大抵怖がるのですが。」


サーバル「きっとキュルルちゃんにとってビーストは、特別な子なんだね!」


そう言って3人が笑っているのを、キュルルはキョトンとしながら眺めていた。



食事が終わると、3人は旅立つロバを見送った。

ロバ「それではこれで。食料はこのまま置いてゆきますので、ご自由に食べて下さい。」


カラカル「悪いわね、ありがとう。じゃあ、気をつけてね。」


そしてみんなでさよならを言ってお別れをした。


ロバの姿が見えなくなった後、2人はキュルルにどこから来たのか聞いてみた。すると彼は、森の向こうの建物を指差しながら、「あそこ…。」と言った。


何かキュルルの手がかりが見つかるかもしれない。3人は森の奥にある、白くて大きな四角い建物へとやってきた。それは長い年月の間に外壁は煤けていて、窓もあちこちヒビが入ったり割れたりしている。また分厚い壁のいたるところに穴が空いていて、中の鉄筋がむき出しになっていた。


ギィィィィッ…

キュルルが大きな扉の細いドアノブを捻ると、軋んだ音と共に重たい扉が開いた。薄暗い部屋の中でまず目につくのは、頑丈そうな檻だった。掛けられたプレートには何か文字のような痕跡があるが、読み取ることはできない。その鉄格子の一部は、まるで内側からこじ開けられたかのようにグニャリと曲がっている。隣にはモニターや計器などが置かれているが、表示やランプなどは消えていて、何をするものだったのかは分からない。


もう一つは、ヒト1人が入れるくらいの大きさの黒くて丸いものだった。とても硬いものだが、何でできているのかは分からない。表面に大きな丸い穴が空いていて、破片が周りに散らばっている。中には四角いキラキラしたものがたくさん敷き詰められている。

なんでも、キュルルはこの中でずっと眠っていたらしい。そして怯えながら外に出て、カラカル達と出会ったのだという。


改めて声に出した事で心細くなったのだろう、しだいにキュルルの目から涙が溢れ始めた。

キュルル「…おうちに帰りたい。」


カラカル「おうち?そこから来たの?巣みたいなものかしら?」


サーバルがあたりを見回しながらこう言った。

サーバル「え?ここがキュルルちゃんのおうちじゃないの?」


キュルル「ううん…。僕のおうちは、もっと明るくて…、優しくて…、あったかかった…。」


それを聞いたサーバルとカラカルは、キュルルと一緒におうちを探してあげる事にした。しかし手がかりが何もない。

そこで球体の中をよく調べて見ると、キュルルの匂いのするものが見つかった。


それは水色のショルダーバッグだった。その中には水筒と沢山のペン、そしてスケッチブックが入っていた。キュルルによると、これは絵を描くものなのだそうだ。キュルルがページを1枚めくってみると、そこにはサーバル達が知っている場所の絵が描かれていた。


サーバル「それじゃあ、さっそくここにいってみよう!しゅっぱー…。」

カラカル「待ちなさいサーバル!」

サーバル「つっ⁉︎」


すぐさま駆け出そうとしたサーバルを、カラカルが引き止めた。

その視線の先には、サーバルの腰くらいの大きさの、羽のついたキノコのような形をしたセルリアンがいた。そいつは崩れた壁の隙間から、じっとこちらを見ている。

3人は身構えたが、なぜかセルリアンは建物の中に入ってこようとしない。そしてしばらくすると立ち去っていった。


キュルル「びっくりしたぁ…。」


サーバル「なんで入ってこなかったんだろう?私達に気づかなかったのかな?」


カラカル「あんだけじっと見ててそれはないわ。入りたくても入れないって感じだった。キュルルはここでずっと寝てたのに、よく襲われなかったわね。」


サーバル「もしかしてここ、セルリアンが入ってこれないんじゃないかな?」


カラカル「そんな夢みたいな事…、でも、ありうるかも…。」


そして3人は、用心しながら外へ出て歩き出した。しばらくして、変わった形をした石のある泉にたどり着いた。そこは確かに絵とそっくりな場所だったが、どうやらキュルルのおうちではないらしい。

それから一通りスケッチブックに描かれた絵を見てみたが、サーバル達が思い当たる場所はなかった。


サーバル「サバンナはとっても広くて私達が知らない場所もたっくさんあるから、明日また別の所に行ってみようよ。」


カラカル「そうね、一旦引き返しましょ。」


そしてあの建物の近くに差し掛かった時、一体の小さなセルリアンを見つけた。


カラカル「もう一度、あの建物で試してみましょ。うまくいかなくても、あれならすぐ倒せるわ。」


そしてそのセルリアンを建物まで誘導してみると、やはり入ってこなかった。どういう仕組みなのかは分からないが、どうやらここは安全な場所らしい。そこで3人はここを寝床とし、毎日少しずつサバンナ各地を回る事にした。

しかし絵に描かれた場所らしき所は見つからず、キュルルが何かを思い出すこともなかった。その間もセルリアンと戦ったりやり過ごしたりしたが、他のフレンズと出会う事はなかった。


こうして何日も一緒に過ごしているうちに、3人の意識は変わっていった。キュルルにとって、2人はとても頼りになるお友達(フレンズ)だった。特に何かと気にかけてくれるカラカルは、キュルルの中でとても大きな存在となっていった。

おうちが見つかったら、そこで3人仲良く平和に暮らしていけたらいいな、そんなふうに考えたりする事もあった。


そしてカラカルのキュルルに対する思いも変わっていった。キュルルは戦う事はできないが、2人が気が付かないような事を思いついたり見つけたりする。また思いやりがあって、いつも2人の助けになろうと努力していた。少々危なっかしいところもあるが、日に日にたくましくなってゆく彼に、いつしかカラカルは恋心を抱くようになった。


しかしそれとなくアプローチしてみても、キュルルの反応は今ひとつだった。おまけにしばしばビーストの事を口にする。

ヒトなら『他人の好意に鈍感なのも強いものに憧れるのも、子供だから仕方ない。』で片付ける所だが、成長の概念のないフレンズであるカラカルはヤキモキしていた。

一方サーバルは、そんな2人の様子をニコニコしながら見守っていた。

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